組み込みソフトウェア市場の復活が鮮明になってきた。スマートフォンの開発需要が拡大の一途であるのに加え、携帯電話以外のスマート系デバイスの市場拡大も期待される。携帯電話の組み込みソフト開発では、Android OS向けがおよそ半分を超えるまで拡大してきた有力SIerも現れており、この勢いは当面続きそうだ。ただ、従来のクローズドな組み込みソフト開発ではなく、Androidをはじめとするオープン環境へと主戦場が移行している。この変化に対応できるかどうかが次の成長を大きく左右するだろう。(安藤章司)
オープン環境でどう戦うかが課題
組み込みソフトビジネスの回復が勢いを増している。リーマン・ショック直後、組み込みソフト開発の主要ベンダーは、売り上げが前年同期比で2~3割落ちるなど、大打撃を受けた。だが、携帯電話向け組み込みソフト開発を得意とするシステナは、「リーマン・ショック直前の水準にまで回復してきた」(淵之上勝弘専務)と、手応えを感じている。同時に、Android技術者の需給ひっ迫も表面化するなど、市場拡大の流れが確固たるものになってきた。
システナの携帯電話向け組み込みソフト開発の受注構成比を見ると、スマートフォン用OSのAndroid向けの開発比率が50%を超えるまでに拡大。組み込みソフト開発業界では、Androidをきっかけにより一段の成長を目指す動きが本格化している。Androidの技術研修サービスを提供しているサートプロの近森満社長は、「満員御礼で講師が足りないほど」と、需要の大きさを実感する。サートプロは、システムカルチャーと共同でAndroid技術者研修を手がけており、「募集枠の2倍の応募をいただくときもある」(システムカルチャーの川村尚人・Android技術者研修担当マネージャー)と舌を巻く。
これまでクローズドな独自OSを駆使してきた技術者にとって、オープンなAndroid OSには不慣れな面が多い。オープン環境へ移行するにはスキル転換が不可欠。携帯電話メーカーの技術者事情も同様で、自前で技術者を養成する時間を節約するため、組み込みソフト開発を得意とするSIerに発注を増やしている。ただでさえ、日系メーカーはスマートフォンに出遅れており“時間をカネで買う”ことで、アップルをはじめとする先行ベンダーに追いつこうと必死だ。
ただ、Androidの強みであるオープンさが、逆に組み込みソフトベンダーにとっての落とし穴となる危険性もある。独自OS時代では、OSやドライバなどの膨大なカスタマイズによって、組み込みソフト業界は大いに潤ってきた。今、Android関連で潤っているとはいえ、内実をみるとAndroid OSの十分でない完成度を補うための補助的開発であったり、日本独特のワンセグや、iモード、おサイフケータイといった“ガラケー三大要素”を、Androidに継ぎ足すための開発比率が大きい。
さらに、携帯電話を取り巻く状況は、当面、不安定な状態が続くとみられる。例えば、iPhoneのSIMロックが解除されれば、Android関連の市場動向は少なからぬ影響を受ける。また、開発余地の大きいガラケー的要素が、今後も受け入れられ続けられるかどうかは不透明で、実際、iモードに相当する独自サービスは、ネット上に広く開放されたスマートフォン向けアプリケーションサービスに押され気味だ。Android搭載のスマートフォンで国内携帯電話メーカーは海外市場へ再チャレンジする構えを示すが、サムスンなど物量で勝るベンダーがひしめくなかでの勝算は、決して高いものではない。
そこで、組み込みソフト開発ベンダーが着目するのは、スマート・デバイス全体を見据えた需要である。もともと組み込みソフトは、携帯電話と情報家電、カーナビなどの車載機器の三大分野をベースに発展してきた。スマート化やオープン化は、他の情報や車載系の機器に広がり、これらのスマートデバイスは当然のように無線によってインターネット/クラウドに接続する。単なる個別製品の組み込みソフト開発に終始するのではなく、スマートデバイス、ワイヤレス、クラウド全体を俯瞰したビジネス戦略が、今後の成長につながる。
システナの携帯電話向け組み込みソフト開発の内訳推移
表層深層
携帯電話や情報家電、車載機器の多くは、日本独自に発達を遂げてきた。これらの機器を制御するのは組み込みソフトであり、その独自の開発手法は、長らく“日本のお家芸”として、門外不出の差異化要素だった。ところが、電機業界の世界的な勢力図の変化によって、組み込みソフトそのものが大きな変革を余儀なくされている。流れを変えたのは、iPhoneやiPadを開発したアップルであったことは否めない。iPhone/iPadのプラットフォームとなっているのがiOSであり、その対抗軸としてオープンなAndroidが急速に伸びている。
こうしたスマートデバイスは携帯電話の領域だけにとどまらない可能性がある。例えば、GPS機能によってカーナビを代替したり、情報家電とのインターフェースによって、家電はiPhone/iPadなどの“外付けデバイス”的な位置づけにもなりかねない。
また、Androidに代表されるオープン環境とは、それだけ激しい競争を強いられる場であり、真の意味で秀でた力がなければ勝ち残れない。主要SIerで組み込みソフト最大手の富士ソフトは、スマートデバイスのインテリジェンス性を高めるために「人型ロボット技術(RT)」の研究開発に全力を挙げる。同じく有力SIerのコアは組み込み技術とクラウド、モバイルを融合した「エンベデッド・クラウド」技術の開発に力を入れる。組み込みソフトの将来は、従来の延長線上には存在せず、新しい技術革新が強く求められている。