ディザスタ・リカバリ(DR)、節電対策──。東日本大震災の影響で、「スマートIT」を駆使したソリューションの需要が急拡大している。この特集では、「スマートIT」とは何なのかを改めて検証するとともに、IBMがグローバルで推進している「Smarter Planet」をはじめ、スマートITの事業展開を本格化している大手ベンダーの最新の取り組みを探っていく。
そもそも「スマートIT」とは何か 「スマートIT」とは、IT自体が賢い(=スマート)というわけではなく、ITをインテリジェントに活用することによって、都市インフラを改善したり、業務プロセスを効率化したりするソリューションを指す。スマートITは、もともとネットワークを介して施設の間で電力需給を自律的に調整する次世代電力網「スマートグリッド」(16面の『いまさら聞けないキーワード』を参照)をベースとしており、スマートグリッドにもとづいて都市単位で物流や交通などの効率化を図るコンセプト「スマートシティ」に変化したという経緯がある。さらにここ数年は、スマートITは、ネットワークによってあらゆる端末やセンサーなどの機器同士をつなぐ「モノのインターネット(Internet of Things)」へとすそ野を広げている。
スマートITの草分けともいわれるIBMは、2008年から、都市にとどまらず、ITを使って地球全体を賢くする事業コンセプト「Smarter Planet」を提唱している。IBMの積極的な取り組みを受け、多くの大手ベンダーが「スマート○○」を採用するようになった。ただ、IBMが使う「スマート」は定義があいまいで、スマートグリッド関連だけではなく、複数のソフトウェアを組み合わせた企業向けソリューションなども含まれるので、IBMの「スマート」と、主にエネルギー使用の効率化を目指したソリューションを提供するベンダーの「スマート」とは、定義が少し異なる。
この特集では、まずIBMのスマートITの動きを追い、次に「スマートグリッド」「スマートシティ」「モノのインターネット」に取り組んでいるITベンダーの事例を紹介する。
国内・海外とも需要が急拡大
IBMの対抗馬、続々と登場 IBM
2011年、スマート事業の回収を狙う
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日本IBM 橋本孝之 社長 |
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米IBM ジム・コージェル ゼネラルマネージャ |
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日本IBM 山口明夫 執行役員 |
IBMは、2004年にPC事業を中国大手メーカーのレノボに売却して以来、全社のリソースを「Smarter Planet」に集約している「スマートIT」のパイオニアだ。2008年に、地球規模でITソリューションを展開するスマートの大型プロジェクトを打ち出して以降、都市向けの「Smarter Cities」や企業向けの「Smarter Enterprise」など、「スマート」を冠した事業コンセプトを次々と提唱しながら、一方では開発や営業の地道な活動を進めて、スマートITの具現化・事業化を推進している。
地域の力でスマートを実現 日本IBMの橋本孝之社長は、「Smarter Planet」を発表してから3年目の今年を、「スマートの事業化の元年」と捉えている。IBM中国などが「Smarter Cities」の公共案件の獲得を急いでいるなかで、日本IBMも、北九州市八幡東区で政府が支援するスマート・コミュニティの実証実験に参加している。だが、今や売り上げに反映するような取り組みが求められる段階に入っているのだ。
同社は、スマートITの事業拡大に向けて幅広いパートナー網の強化・拡充に注力し、ソフトウェア開発などの分野で新しい提携先を獲得するために、パートナープログラムを強化している。企業のニーズに明るい地域の有力独立系ソフトベンダー(ISV)の力を借りるために、支援金制度やIBMとの共同販売を実施するプログラムを今年2月に開始した。
米IBMでISV&デベロッパーリレーションズのトップを務めるジム・コージェル ゼネラルマネージャは、「今年中に、日本の各都市・地域で最も影響力をもっているISV/SIerの約50社を新規パートナーとして獲得していく」としており、医療や製造、金融、公共などの分野において、業種特化型のソリューション(インダストリー・ソリューション)を開発・展開しているところだ。
次は「スマーター・コマース」 日本IBMは、スマート事業の最新の取り組みとして、6月1日、商取引を効率化する「スマーター・コマース」のサービス提供を開始した。米IBMが、マーケティング管理ソフトウェアを展開するユニカ社などソフトベンダー4社を約25億ドルを投資して買収し、購買、マーケティング、販売、サービスの四つの分野で、各社のソフトウェアをIBM製品としてサービスメニューに融合した(図2参照)。日本IBMは、例えば物流業と飲食店の間のコミュニケーション向上を図り、流通プロセスの改善を目指したソリューションを商材にして、「スマーター・コマース」を展開していく。
「スマーター・コマース」の指揮を執っているグローバル・ビジネス・サービス事業アプリケーション開発事業担当の山口明夫執行役員は、「企業をターゲットにした『スマーター・コマース』は、市場のポテンシャルが非常に大きい」と、販売に意欲を示している。今後の展開に向け、7月中に、パートナー連携に基づいた新たなビジネスモデルを発表するという。
DRや節電対策がスマートITの刺激剤に
確かな手応えを感じるベンダー各社 他社に先駆け、スマートIT市場の開拓をリードしてきたIBMだが、需要拡大が明確になっている今、スマートITに踏み切った“IBMの対抗馬”が増えてきている。最前線でビジネスを展開しているベンダー3社の事例を紹介する。
スマートグリッドの事例
SAPジャパン
ハウスメーカーなどにターゲットを拡大
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SAPジャパン 松尾康男 室長 |
大手ソフトベンダーのSAPは、福島の原発事故を受け、スマートグリッドソリューションの展開を加速している。4月にドイツのマンハイム市で開いた「SAP国際公益会議」では、基調講演者のほとんどが「Fukushima」に言及。国際公益会議で同社は、原子力発電が世界規模で縮小するにつれて、再生可能エネルギーを活用するためにスマートグリッドの需要が増大し、スマートグリッド向けのソリューション展開に商機があるとの結論を共有した。
SAPはこれまでにも、主にヨーロッパの国々で、エネルギーの管理・節約を支援する「AMI Integration for Utilities」などを商材にして、スマートグリッドの案件獲得に取り組んできたが、日本では、ソリューションを有しながらもスマートグリッド事業がなかなか立ち上がらなかった。SAPジャパンの松尾康男・サステナビリティ推進室室長は、「日本では、これまで電力会社だけをターゲットにしたので、スマートグリッドを展開する市場領域が非常に限られていた」と、不活性の理由を語る。
日本は需要が旺盛 しかし、東日本大震災によって、この状況は一変した。SAPジャパンは、ここにきて、日本のスマートグリッド市場を本腰を入れて開拓する姿勢をみせている。これからは、電力業界だけでなく、自動車メーカーやハウスメーカーなどの新しいターゲットに着目して、2012年をめどに「AMI Integration for Utilities」のグリッド(電力網)分析機能を強化するなど、スマートグリッドソリューションの開発・実証プロジェクトに注力していく。
松尾室長は、「震災を受け、今最もスマートグリッドの需要があるのは、電力不足の問題に直面している日本なのだ」と、市場拡大への期待を隠さない。SAPジャパンは今後、自動車メーカーやハウスメーカーを重点ターゲットに据え、いよいよスマートグリッドソリューションの展開を本格化していく。
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