震災に津波、原発事故、電力事情の悪化、タイの洪水……。次から次へと押し寄せてくる憂慮の渦に揉まれながらも、主要SIerの業績はからくも最悪期を脱する兆しがみえてきた。2011年を総括するとともに、復興・再興に向けた取り組みをレポートする。(取材・文/安藤章司、信澤健太)
2011年は、情報サービス産業にとって波乱に満ちた年だった。東日本大震災と原発事故による夏の首都圏の電力危機が業界を襲ったかと思えば、タイの洪水でサプライチェーンが再び乱れ、欧州経済の混乱で先行きの不透明感が増した。
混乱のなかでの新年度 多くの企業にとって、4月は新年度がスタートする月。2011年3月に起きた東日本大震災は、新年度の事業計画を大きく狂わせた。情報サービス業界では、リーマン・ショックから3年目を迎え、低迷していた業績を回復させる年として期待が高まっていただけに、失望感が一気に広がった。実際、「震災直後の混乱で、新年度の営業活動が本格的に立ち上がったのは5月に入ってから」(JBCCホールディングスの山田隆司社長)という声も聞かれ、上半期は実質5か月弱の営業期間だったというSIerも少なくなかった。
旧住商情報システム(現SCSK)の中井戸信英社長は、2011年4月下旬の決算説明会のタイミングで、10月1日付で旧CSKと経営統合を見越した中長期の見通しを明らかにするつもりだったが、「震災の影響がまったく読めない」として、公表を半年見送っている。ほかにも、震災の影響を織り込まずに、震災前に準備できた数字を公表せざるを得ないケースや、通期見通しの公表そのものを延期するSIerやITベンダーもみられた。
さらに、東京電力福島第一原子力発電所の事故は、情報サービス業の中核施設であるデータセンター(DC)に大きな影響を与えることになった。震災直後の首都圏の計画停電対象地域にあるDCでは、いつ電気が止まるかはっきりしない状況下で、非常用電源と燃料の確保に奔走。SIerは、公式ホームページなどで非常用発電機によってサービスが継続できる旨を伝えてはいるものの、「もし、計画停電がもっと長引いたら、使用可能な時間が限られる非常用発電機だけではもたなかったかもしれない」(大手SIer幹部)と、実情はまさに綱渡りの状態だった。
夏の電力危機との死闘 電力事情の悪化に伴うDCの危機は、夏期に入って再び最悪の状況となった。国は電気事業法に基づく電力使用制限令を決め、一定規模の事業所を中心に15%の削減を求めた。電力消費が大きいDCも対象となったが、情報サービス産業協会(JISA)を中心に国や関係機関に粘り強く交渉し、一定条件を満たせば実質前年同期比0%でも節電になるという特例が認められた。5月、国が初めて開いた夏の節電に関する説明会で、「DC電力の削減余地は乏しいと訴えたが、当初はまったく聞く耳をもってもらえなかった」(JISAの岡本晋副会長=ITホールディングス社長)と振り返る。
DCの電力削減余地は掛け値なしに乏しい。追い打ちをかけるように、夏期に再び計画停電が実施されることを恐れたユーザー企業が、非常用電源を備えたSIerのDCにサーバーを持ち込む動きもみられた。「節電どころか、消費電力がさらに増えかねない」(別のSIer幹部)状況だったが、それでも、DCに付設するオフィス棟の消費電力を減らすなどして、首の皮一枚を残して夏を乗り切った。日本のDC設備は首都圏に約7割が集中しており、これがほぼ東京電力の管内にある。JISAの浜口友一会長は、「一極集中は業界として是正していく必要がある」と、情報サービス業そのもののBPC(事業継続管理)が問われた年でもあった。
普段、ほとんど意識することのない東日本と西日本の電源周波数の違いもクローズアップされた。東日本の50Hzと西日本の60Hzとの間で電力の融通が難しいことがわかっているので、万が一に備えてDCも50Hzと60Hzの地域に分散して配置することが望ましい。大手SIerは関西や北陸地区のDCを整備・拡張し、首都圏のバックアップ先としたり、システムそのものを首都圏以外へ移転させるなどした。しかし、首都圏のユーザー企業の間では、障害発生時にすぐに駆けつけられる近場のDCを希望する声が根強く、また、原発依存度の高い関西地区にサーバーを移すだけでは抜本的な解決にならないという意見も聞かれ、首都圏集中はそう簡単に是正できないということが改めて浮き彫りになった。
大手と中小の格差問題 情報サービスの中身は、DCの運営だけでなく、ソフトウェア開発やシステム構築など多岐にわたる。震災による営業面での混乱に加え、電力事情の悪化はソフト開発にまで悪影響を及ぼした。夏期の節電期間中は、残業を極力減らし、それでも残業しなければならない場合は通称“残業部屋”なる場所へ集まって作業を継続するなど、涙ぐましい努力をしたSIerも少なくない。SIer最大手のNTTデータは手元が暗くならないようLEDライトを配布したり、電力消費が少ないノートパソコンの比率を増やしたり、サーバーを東京電力の管内以外の地域へ移したりするなどの“節電対策費”として10億円弱を投じている。
多くの業界関係者が危惧したのは、業績に対する悪影響がどれだけ現れるのかだった。結論をいえば、現時点ではそれほど大きな影響は顕在化していないということになる。『週刊BCN』編集部で主要SIer50社の直近の上半期業績をまとめたところ、およそ7割が前年同期比で売り上げが増加し、約半数が営業利益ベースで増益となった(17面参照)。通期見通しについても、期初通りか若干上方修正する動きもみられ、上位グループに位置するSIerについては、今のところ震災の業績へのマイナス影響は限定的だといえる。調査会社のITRの調べでも、2011年度のIT投資指数は0.60と、予想値の1.44よりは下回ったものの、2010年度の0.04、2009年度のマイナス3.80に比べて大幅に改善している。
しかし、一方で、経済産業省の特定サービス産業動態統計調査では、リーマン・ショック以降、情報サービス業の売上高は減少傾向にあることから、上位グループと下位グループで業績の格差が広がりつつあることが推測される。日本のオフショアソフト開発の約8割を占める中国の受注量も伸び悩みが続いていることから、大手SIerが外注量を減らし、内製比率を高めることで自社内のSE稼働率を高める傾向にあることが如実に現れている。国内の中小ソフトハウスも、大手の内製化、外注費削減のあおりを受けるかたちでの地盤沈下が懸念される。
相次ぐSIerの大型再編 2011年は大型再編も相次いだ。国内市場が成熟するに伴い、規模のメリットを生かした収益力の強化や、国際競争力の向上を図る狙いがある。2011年4月1日付で、ITホールディングスグループのTISとソラン、ユーフィットが合併して新生TISが発足。同年10月1日には日立電子サービスと日立情報システムズが合併して日立システムズ、さらに住商情報システムとCSKが合併してSCSKが誕生した。
リーマン・ショック直後に大幅な業績不振に陥った日立製作所は、情報サービス系のグループ会社の再編をドラスチックに着手。3社の株式上場を廃止とし、非上場だった1社の計4社を日立ソリューションズと日立システムズの2社に統合している。日立ソリューションズの林雅博社長は、「再編しなくても、この先10年は会社を継続できたかもしれないが、恐らくその先はない」と、成熟する国内市場で事業を継続・発展していくためには再編は避けられず、そのきっかけとなったのがリーマン・ショックだったと振り返る。
市場環境だけでなく、ビジネスモデルも大きく変わろうとしている。コンピューティングの大きな潮流であるクラウド/SaaS方式は、DCをベースとした設備投資先行型のビジネスである。ユーザーがIT機器を“所有”する形態ではなく、サービスとして“利用”するクラウド/SaaS方式は、裏を返せばITベンダー側が初期投資を負担することにほかならない。現にクラウド/SaaSに対応した次世代DCの建設は盛んに行われており、こうした投資を行うにはそれ相応の企業規模が求められる。
有力SIerのDC投資をみると、北陸電力やインテックなどが出資するパワー・アンド・ITの最新鋭DCが2011年の5月に立ち上がり、11月にはさくらインターネットの石狩DCが開業。2012年には野村総合研究所(NRI)、新日鉄ソリューションズが首都圏に大型DCを開設し、日立グループは中国有力SIerの大連創盛科技とともに大連に巨大DCを2012年11月をめどに竣工する予定だ。
情報サービス業は、業績面では震災の影響を最小限にとどめることができたものの、国内市場の成熟や、クラウド/SaaSへの対応、グローバル進出はまだ道半ば。一息つく間もなく、これらの課題への対応を迫られることになる。
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