東日本大震災は、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の広範囲にわたって甚大な被害をもたらした。東北大学で教鞭をとってきた宮崎正俊名誉教授は、仙台市内の自宅にいたが、幸いにも難を逃れた。被災の体験を通して、大地震に見舞われた後の日本はどういう方向に向かい、IT業界はどんな役割を果たすべきか、持論を展開していただいた。(週刊BCN編集部)
 | 宮崎正俊 東北大学名誉教授(情報科学) アルゴソリューションズ株式会社 代表取締役社長 | |
東日本大震災のニュースは一瞬にして世界を駆け巡った。諸外国の放送メディアはこぞって被災地のニュースを連日連夜流し続け、その様子は的確に世界中の人々に伝わった。それはよかったのだが、一方では、日本の地理に詳しくない外国人のなかには、東京から北の地域全体が壊滅状態になったと勘違いした人も多かったようだ。海外の友人や留学生だった教え子たちが仙台の内陸部に住む私の安否を確認しようとしたが、電子メールは返信がないし電話もつながらないので、数日間は相当心配したらしい。メディアによる情報発信は誤解を招かない配慮も必要だろう。
日本は総合力を磨け
この大震災では一瞬にして通信機能が麻痺した。停電のため、電源を必要とする多機能電話は使えなくなくなり、携帯電話は基地局の破壊や輻輳あるいは電池切れなどにより役立たなくなった。パソコンは動作せず電子メールの送受信ができなくなった。ある被災地では陸の孤島となって1週間近く通信が途絶え、衛星通信電話をもった役場の人が巡回してきて、やっとわずかな時間だけ無事を伝える通話ができたという。高度に情報技術(IT)が発達した現代社会で、これほど簡単に通信機能が失われるのは信じがたい。災害時の通信機能の確保は今後の災害対策の重要な課題の一つである。
この数十年の間で地震によるこれほどの災害に見舞われた先進国の例はあまりない。日本は先進国であるがゆえに失った資産も膨大である。高い技術をもつ経済大国の日本がこれからどうやって復興を進めていくか世界は注目しているはずだ。国は先進国の誇りと威信をかけて、巨大災害の復興モデルをつくるくらいの気構えで復興に取り組んでほしい。
今回の原発事故は天災と人災が合わさった複合災害だ。原発の保有国にとって対岸の火事ではなく、いつ自分たちにも火の粉が降りかかってくるか知れないので、注目度は高い。この複合災害の原因はリスク管理の甘さにあるようだ。日本は個々の技術はすぐれていても、それらを総合的にまとめ上げていく力、つまり総合力に弱い。例えば、とくに総合力が要求される有人宇宙ロケットをいまだに自前で打ち上げられないのはその証拠である。リスク管理にはこの総合力が要求される。何とか早期に原発事故を収束させたうえで、今後はさまざまな分野のリスク管理に国として取り組む必要がある。
今回の大地震では沿岸部の多数の住宅が大津波により流失した。また、企業は設備や装置の流失あるいは破壊などで甚大な被害を受け、活動停止に追い込まれた。復興に当たっては、まず被災者の住居の確保が焦眉の急である。あわせて職場の確保のための地域産業の早期復活も重要な課題である。また、東日本の発電所が被災したことにより、今夏には計画停電が取り沙汰されているが、日本の産業のためにこれは何としても回避しなければならない。
クラウド、スマートグリッドを生かす
さて、IT業界であるが、東北の中核都市である仙台のIT企業には大きな被害はなく、多くは地震発生の翌週から業務を始めている。だが、仙台を中心とする東北のIT企業には今後大きな影響が出そうである。なぜなら東北のIT企業の顧客は直接的にも間接的にも、電力や通信などのインフラ系企業、銀行、自治体などが多く、これらはいずれも大きな被害に見舞われたため当面は復興に資金を投入なければならず、IT投資はしばらく抑制すると考えられるからである。東北のIT企業は需要の減少による厳しい状況がしばらく続くことを覚悟しなければならないだろう。この災害復興には全国のIT企業も協力する必要があるが、東北のIT企業も持てる能力の総力をあげて復興に貢献するという姿勢が必要である。以下にIT業界が貢献できる分野の例をいくつか挙げる。
今回被災した多くの企業では、情報システムの流失、冠水、落下による破損などで大きな被害を受けた。その結果、重要なデータが失われて復元が困難という事態が起きた。これらの企業は早急に設備や装置はもとより情報システムを再構築しなければならない。その際、とくに留意しなければならないのは災害対策である。近年、ソフトウェアやデータを遠隔地のデータセンター(DC)に置いて利用するいわゆるクラウドコンピューティングが注目されているが、これは重要な情報資産を手元に置かないという点でまさに災害に強い利用方式であり、ほかにも省電力化が可能、初期投資が少なくてすむといった利点がある。IT業界としてクラウドコンピューティングの利用を推奨していく必要がある。
先進国での計画停電は前例がないように思う。これを回避するにはあらゆる発電を組み合わせて効果的に電力を供給するスマートグリッドが有効である。発電は大がかりなものでなくても小規模な風力や水力発電でもよい。太陽光、太陽熱、波力、潮汐、温度差、地熱、バイオマスなどの発電もある。個々の発電量が少なくても数が揃えば十分な量となる。スマートグリッドは電力の品質低下をもたらすと危惧する向きもあるが、もともと日本の電力品質は高いので有名であり、それが多少低下しても多くの機器に影響を与えるとは考えにくい。スマートグリッドの実現には先端的なITが必要であり、ここにもIT業界が貢献できる場がある。
原発事故や津波に襲われた海底の調査にロボットが投入されたが、それらのロボットはいずれも米国製である。日本の産業用ロボットは世界から高い評価を受けているのになぜ災害用ロボットが造れないのか不思議である。ロボットはメカが重要であるが、実は高度なロボットになればなるほどITが果たす役割が大きい。災害用ロボットのような特殊用途のロボットはビジネスとして成り立たないので開発が敬遠されるのかもしれないが、リスク管理の観点からは開発を進めるべきである。その開発にIT業界も参画すればよい。
“夢と希望”は海洋資源にある
復興への取り組みが急ピッチで進められている被災地の多くは、従来からさまざまな課題を抱えてきた。それを一言で表現するなら、夢と希望をもてる職場が少ないため若者が地元に定着しないことである。その結果として、過疎化と高齢化が進んでしまった。復興あるいは復旧という言葉は元に戻すという意味が強い。元に戻すだけではなく、この機会に課題の解決を含めた新しい地域の創造を目指したらどうか。そのためには水産業という枠組みを超えた若者にとって未来を託せる魅力ある新しい産業の創出が欠かせない。その候補として先端技術やITを駆使した海洋産業が考えられる。海洋からは従来の水産資源のほかに鉱物資源やエネルギー資源などを得ることができるし、その活用には大きな可能性が秘められている。資源のない日本はこれからもっと海洋資源に注目すべきである。
ゼロからのスタートであれば、思い切った構想を打ち出すのは容易だ。海洋産業を軸にした新しい地域はこれからの日本とって重要な存在となるはずである。