日系SIerと中国有力SIerの協業関係は今、大きく変化しようとしている。拡大する中国IT市場に向けた進出強化や高度BPO体制の整備、クラウド型サービス事業の立ち上げなどでの協業が活発化しているのだ。従来のオフショア開発とは一線を画す動きを、中国での取材をもとに探った。(取材・文/安藤章司)
日中SIerの新しい関係を追う
地場市場はパートナーとともに開拓
アジア最大の情報サービス市場に成長した中国で、日系SIerと中国地場SIerの関係が大きく変わろうとしている。日本からのオフショアソフト開発の発注量が伸び悩む一方、中国地場市場は急速に拡大。日系有力SIerの多くが中国地場市場の開拓を狙うものの、商慣習や社会制度の違い、あるいは規制の壁は予想以上に高く、単独でビジネスを立ち上げるのは難しいと言わざるを得ない。そこで頼りになるのが地場のパートナーだ。この特集では日中SIerの新しい関係構築の取り組みを追った。
●旧来の関係は曲がり角に 日本と中国のSIerの関係は深い。中国でのオフショアソフト開発は、およそ二十年来続いており、中国の北京や上海、大連といった主要都市に日中双方のSIerが数多くの拠点を展開している。
調査会社のガートナー ジャパンの調べによれば、日本から中国へのオフショア開発の発注金額は約3000億円で、日本の対外オフショア開発費用の8割以上を占める。これを原資として、中国では多くの対日オフショアソフト開発会社が業績を伸ばし、日本由来の高度な技術力と品質管理能力をもったSIerとして存在感を増している。
ところが、日本の情報サービス産業、とりわけ国内受託ソフト開発産業の伸び悩みが続いていることから、オフショアソフト開発の発注金額は、日本国内の受託ソフト開発に足を引っ張られるかたちで、ここ数年、頭打ち状態が続いている。対日オフショア開発を手がけてきたSIerの多くは、「旧来型の単純な対日オフショアソフト開発市場は、減少することはあっても大きく伸びることはない」(中国地場有力SIer幹部)という認識でほぼ一致している。
そこで、日中SIer双方が模索し始めたのが、従来とは異なる新しいパートナー関係の再構築である。まず最初に挙げられる変化が、中国地場の情報サービス市場を新たなビジネスターゲットとして双方とも強く意識し始めたことだ。しかし実際のところ、中国には地場系の有力メーカーやSIerが数多く存在しており、日系ITベンダーやSIerは苦戦を強いられている。さらに中国の場合、大型案件の少なからぬ部分は公共分野が占めており、かつての日本もそうだったように外資系単独での受注は極めてハードルが高い。そこで存在感を増すのが、オフショア開発で絆を深めてきた中国地場のビジネスパートナーたちだ。
●ガバナンス担保に再構築 中国地場市場をターゲットとして、日中双方のSIerがパートナーシップを組むにあたっては、課題も山積している。SIerを中心とする情報サービス業は、ハードウェアやパッケージソフトメーカーのような代理販売網をつくるわけにはいかない。ユーザー企業の経営課題を解決するITソリューションをサービスとして提供する役務型のビジネススタイルである点において、日中SIerは“相似形”であるといえる。仮に日本のSIerが自らのノウハウや知見を中国SIerに譲渡して、中国SIerが地場市場で多くの案件を手中にしたとする。最初のうちは収益を折半するかもしれないが、もともと相似形であるがゆえに、いずれは自立して日系SIerはお払い箱になるのではないかという懸念が根強くある。
中国SIer経営者の多くは、長きにわたってオフショア開発などを発注してくれている日系SIerに対して、不義理なことはしない。この点、中国は日本人が思う以上に人間関係を重視する文化であることは間違いないのだが、やはり現代のビジネスにおいて明文化されていない信義則に過度に依存するのは危険が大きすぎる。こうした問題を解決するために、日系SIerが着目するのはギブ・アンド・テイクにもとづく“ガバナンス(企業統治)の維持”である。
日系SIerからみたギブ・アンド・テイクの「ギブ」は、オフショアソフト開発や高度なBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)であり、「テイク」は中国地場市場の開拓に協力してもらうことだ。一般的な企業において、売り上げが2割減少すると、その年度は赤字になるといわれている。ソフト開発業のケースでは、プログラマやSEの稼働率が下がり、収益を圧迫する。つまり、少なくともオフショアパートナーの売り上げの2割以上をオフショアなどで押さえていれば、日系SIerからみたガバナンスがある程度は利くということになる。
●中国ベンダーは一挙両得 例えば、中国でクラウドサービスの中核施設となるデータセンター(DC)を建設する場合、日本側が過半数出資の子会社では原則として許認可を受けるのは難しいとされる。あるメーカー系SIerは、地場独立系SIerとの合弁でDCを運営しているが、マイナー出資なのでガバナンスが利きにくい。だが、実際にはその合弁相手の売り上げの約半分に相当するボリュームでオフショア開発を発注しているので、この発注ボリュームが担保となり、間接的にガバナンスを利かせるという仕組みを構築した。
中国地場SIerにとってみれば、従来型オフショアの売り上げは減らず、かつ地元のビジネス拡大に向けたノウハウや知見を共有でき、必要であれば合弁によって資金も得られる。日系SIerと組んでいない地場ライバルSIerよりも有利なポジションを得やすく、まさに一挙両得の好条件になるわけだ。地場ビジネスがうまく軌道に乗り、売り上げが増えるようであれば、日系SIerはガバナンスの担保を求めてオフショアなどの追加発注でバランスを取ろうとする。つまり、どちらに転んでも儲かるという中国SIerのしたたかな戦略が見え隠れする。次ページ以降では個別のケースを検証する。
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