情報サービス業の転換点
受託ソフト開発の伸び悩みが影響及ぼす
日中の情報サービス業は、日本の主に受託ソフト開発とオフショア開発の取引で結びつきを深めてきた。受託ソフト開発が伸び悩み、日本の情報サービス市場そのものが大きな転換点を迎えている今、必然的に中国オフショア開発ベンダーとの関係も見直さざるを得なくなる。この現実を中国有力SIerはどう分析し、日系SIerはいかに動こうとしているのか──。
●悲観しない中国地場SIer 
中訊軟件集団
時崇明・副総裁 日本と中国のSIerはオフショアソフト開発などで裏づけられた信頼関係で成り立っている。実は、日系SIerにとって、こうした地場ベンダーとの結びつきは中国市場において大きなアドバンテージとなる可能性が大きい。日本向けオフショア開発を手がける中国SIerも、この点をよく分析しており、日本で受託ソフト開発が悲観視されるほどには、対日オフショア開発が先細りになるとは考えていない。
かつてのコーディング(製造工程)中心の作業では立ち行かなくなるという認識ではほぼ一致するものの、一部設計やテスト工程まで業務範囲を広げつつ、新たにBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)業務領域にビジネスを広げれば、依然として伸びしろは大きいとみているのだ。
まず、日本の中国へのオフショアソフト開発の発注金額が約3000億円であることを念頭に置いてみよう。この金額は、日本のソフト開発やサービス運用、BPOまで含めた10兆円規模とみられる情報サービス市場全体のごく一部を占めているに過ぎず、伸びる余地は大きい。さらには日系SIerが中国市場への進出を見据えたとき、対日オフショアを長らく手がけてきて親しい関係にある中国地場SIerの存在は重要となる。しかもガバナンスを考えれば、日系SIerはオフショアの発注量をおいそれとは減らせない事情もある。
野村総合研究所(NRI)をはじめ十数社の有力日系SIerと深い関係にある中国有力SIerの中訊軟件(サイノコム)集団の時崇明・董事高級副総裁は、「日系SIerが中国地場でシェアを伸ばすには、当社のような地場ベンダーと組んで優位性を打ち出すこと。そうでないと勝ち残れない」と、地場SIerと組む必要性を語る。
中訊軟件集団の本社は北京にあるが、開発拠点として内陸部の成都に百数十人、BPO拠点として大連にも同様の百数十人規模の人員を配置。ほかに山東省の済南や上海周辺の無錫や杭州にも拠点を展開するなど、北京・上海の巨大都市以外への進出を加速しており、開発コストの低減やBPO事業の拡大に取り組んでいる。「日系SIerが中国地場市場への進出を拡大するというのであれば、全力で協力していきたい」(時董事)と、パートナーシップをより深めていく意向を示す。
●カギを握る大連のBPO事業 
海輝軟件集団
李勁松・執行副総裁 日本向けオフショアソフト開発を手がける中国地場SIerの大きな関心事の一つにBPOが挙げられる。東芝ソリューションは、資生堂の国内店舗向けヘルプデスク業務を中国大連に移管し、2012年4月に本番稼働を開始した。NRIも信託銀行業関連業務のBPOなどを大連で手がけている。BPOはユーザー企業の複雑な業務を深く理解しなければこなせない仕事であり、ここが脱従来型オフショアソフト開発の糸口になるとみる中国SIerは多い。プログラムのコーディングだけであれば、より安い人件費を求めて将来的にASEANやインドへ移っていく可能性はあるものの、業務が密接に絡んでくるBPOはおいそれと中国以外へは移せなくなるからだ。
BPO事業にいち早く着目し、大連を本拠地としてビジネスを伸ばしている海輝軟件集団の李勁松・執行副総裁は、「日本向けのBPOで中国に勝てる国はまだ存在していない」と言い切る。ここでいうBPOは、単に伝票を入力するキーパンチャーのような仕事を指すのではなく、DCやコールセンター、情報システムの遠隔監視センターといった最新鋭のセンター設備を駆使し、難易度の高い業務をこなす高度なBPOサービスを想定したものだ。センター設備を使ったBPOサービスのノウハウは、そのまま中国国内向けのビジネスにも応用できるので、日系SIerの中国進出の強力な差異化策としても活用できる。
対日オフショアソフト開発の一大都市である大連を情報サービスのセンター拠点に位置づける動きも活発化している。日立システムズなど、日立グループと組んで地場有力SIerの大連創盛科技が今年11月をめどに大連で開設準備を進める約2000ラック相当の大型DCや、JBCCホールディングス(JBグループ)が大連百易軟件と組んで今年秋をめどに開設する予定のクラウドビジネスのサービス拠点。ほかにも、NECグループやNTTデータ、日立ソリューションズ、新日鉄ソリューションズなど、複数の日本の有力SIerがマイナー出資する大連華信計算機技術も、来年に向けてセンターを開設する意向だ。
●センター設備は特色の一つ 
NRI北京
山本明雄・董事総経理 DCをはじめとするセンター設備は、情報サービス業における数少ない“目に見える”商材である。ソフト・サービスの重要性を早い段階から認識している中国情報サービス業ではあるが、中国の一般ユーザーレベルでは、なかなか価値を見出してもらえないのが実情だ。NRI北京の山本明雄・董事総経理は「当社が提供するソフト・サービスの価値や、中国に最適化することによって生まれる付加価値をユーザー企業にどう認めてもらうのかが成否の分かれ目」とみる。
センターというハードウェア設備をもつことで、よりわかりやすいかたちで情報サービス商材を中国地場のユーザーに提案することが可能になる。ITホールディングスグループのTISは、天津に1200ラック相当の大型DCを開設した。このことで、地場有力顧客のみならず、地場の有力ビジネスパートナーとも次々と業務提携を結ぶことに成功している。
具体的には、DC事業の合弁パートナーである天津海泰控股集団から始まり、アジア地域に強みをもつ通信事業者のパックネットと協業、地場スパコンメーカーの曙光信息産業と協業して独自のクラウドサービス「飛翔雲」を立ち上げ、さらには今年3月、中国最大手のCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)事業者の藍?網絡科技(チャイナ・キャッシュ)グループとの提携にこぎ着けた。
TISの中国事業を総括する宮下昌平・執行役員コーポレート本部副本部長は、「システムインフラからしっかり手がけるTISらしさがようやく出てきた。あとはこれに知名度の高いコンテンツやアプリケーションをどれだけ載せられるかだ」と、ビジネス拡大に強い手応えを感じている。天津DCの立ち上げに3年間従事してきたTISの丸井崇・海外事業企画室長は、「DC設備という巨大なハードウェア設備を目の当たりにしたユーザー企業やビジネスパートナーは、内心『ああ、もうこの人たちは逃げられないな』と、半ば担保を得たような安心感を感じ取ってくれたのだろう」と話す。巨大設備はリスクは高いものの、軌道に乗ればそのリスクに見合ったリターンも得られるという実例である。
[次のページ]