IT業界で大きく注目を集めるクラウド・コンピューティング。従業員数千人規模の大企業が、業務システムをクラウドに移行する事例は珍しくない。中小企業ではどうだろうか。多くのITベンダーが攻めあぐねているのが実状だ。そんななか、気になる動きがみられるようになってきた。会計事務所がクラウドサービスに並々ならぬ関心を抱いているのだ。この動きは、クラウドのビジネスにどんな影響を及ぼすのだろうか。(取材・文/信澤健太)
クラウド市場に新たな局面
会計事務所が新参プレーヤーに
中小企業向けのクラウドサービスの多くが伸び悩んでいる。いち早くクラウドサービスの提供に着手して導入1000社超えを果たしたピー・シー・エー(PCA)など、特筆すべき動きもあるが、まだ少数の展開にとどまっている。
そんななか、クラウド市場の新たなプレーヤーとして急浮上しているのが会計事務所だ。従来、会計事務所の多くは、TKC、日本デジタル研究所(JDL)、ミロク情報サービス(MJS)などの会計専用機や専用サーバーにある財務・税務の業務ソフトを利用してきた。専用機ベンダーが提供する顧問先向けシステムやPCアプリを中小企業に推奨し、会計・給与業務のIT化を推進している。
会計事務所の分野では、TKCなど大手3社による寡占状態が長く続いており、新規参入が難しいことから、クラウド普及の機運がなかなか高まらなかった。ある税理士は、「会計事務所はTKCなどの大手に囲い込まれており、システムを変えることに抵抗を感じてしまう」と語る。
だが、少しずつではあるが状況は変わりつつある。会計事務所業界は、景気低迷を受けて、顧問先が減ったり報酬が減ったりして、経営状況は厳しさを増している。その打開策として、クラウドを武器に差異化やコスト削減を図る動きが一部で目立つようになってきた。会計・給与システムはもちろん、グループウェアやチャットツールに至るまで、顧問先に推奨するクラウドサービスの幅を拡大。ITベンダーとの接点が多くなっている。リアルタイムの会計データの共有などが中小企業の自計化や経営改善にも一役買い、ITの活用をさらに推進することになる。
会計事務所は、中小企業の経営に近い立場にいて、大きな影響力をもつ。クラウド普及の一つのエンジンとなる可能性を秘めている。この特集では、“会計事務所クラウド”の最前線を探る。
新興勢力「A-SaaS」
独自モデルで業界に風穴を開ける

アカウンティング・
サース・ジャパン
森崎利直社長 会計事務所は、会計専用機や財務・税務の業務ソフトに多額の投資をしてきた。景気の低迷や顧客獲得競争の激化を受けて、会計事務所の懐事情は厳しさを増しているが、慣れ親しんできたメーカーに依存する関係が続いている。
「会計事務所のIT予算は、収入に比して高すぎる」。新興のクラウドベンダー、アカウンティング・サース・ジャパン(A-SaaS)の森崎利直社長はこう指摘する。専門のシステムを導入する必要があり、法令・税制改正などのたびにシステムの再構築作業が発生し、IT投資が避けられない。A-SaaSは、こうした状況に風穴を開けようとしているのだ。森崎社長は、「会計事務所業界がコンピュータ化に取り組んできた40年の歴史をいったん白紙に戻して、会計事務所にベストなシステムを提供する」と、鼻息が荒い。
同社は、2009年6月、JDL元取締役の経歴をもつ森崎社長や米国で活躍するIT技術者ら12人で設立。会計事務所から会員を募って、会員と同社が共同でSaaSシステムを構築している。「米国の最新技術を駆使して、会計事務所向けの最先端の本格的なクラウドを日本で一番最初に開発した」(森崎社長)。アマゾンやマイクロソフトなどのクラウド基盤を用いずに、独自に基盤やデータベース構造を開発しているのが特徴だ。
今年5月末までに、資産税関連や特殊法人などを除いて、会計事務所が日常的に使用する財務・税務ソフトのリリースを完了した。現在、機能追加や不具合、使い勝手の改善に取り組んでおり、「来年の1月までには、会計事務所業界の既存専用システムベンダーに負けないシステムになる」(森崎社長)と意気込む。同社の試算によると、「A-SaaS」を5年間利用した場合、ハードウェア、ソフト、保守の合計で、コストは会計専用機の5分の1にまで減らせるという。
会員数は、すでに1200事務所を数える。これまで何らかのシステムを導入していた会計事務所ばかりだ。つまり、会員のほとんどが他社からのリプレースで、会計専用機ベンダーからのリプレース比率は全体の75%を占める。残りは、弥生やエプソンなどのPCアプリだ。
なお、「A-SaaS」をすでに利用している会計事務所は現在400。買い替え時期などに関係なく、「A-SaaS」の理念に賛同して入会している事務所が多いという。5年以内にはリプレースを迎えるので、利用会員は急激に増える見込みだ。
料金体系が特徴の一つで、会計事務所が「A-SaaS」を導入すると、その顧問先で使用する会計システムと給与システムは無償で提供される。「A-SaaS」で処理している顧問先1万4000社のうち、無償提供の会計システムを使用している顧問先は2300社、給与システムの場合で4000社を超えている。
販売は直接販売のみ。全国5か所に営業拠点を設けている。森崎社長が講師を務める「研修会」や税理士が認定した「認定研修会」、税理士会の支部からの要請を受けて講師を務める「支部研修」などにも並行して取り組んでおり、研修の開催は250回を超えた。
「A-SaaS」事業に先行投資したため、年間収支はマイナスが続くが、来年半ばまでには月次の収支をプラスに転じさせるという。創業8年目で、会員数5000事務所を獲得したいとしている。
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