国の「日本再生戦略」で重点分野の一つに位置づけられた医療・介護分野は、大きな構造変化のフェーズに差しかかっている。ITを活用して医療・介護事業の経営革新、業務改革を支援するITベンダーやSIerの“医療ITビジネス”の現状と進展の様相を取材した。(取材・文/安藤章司)
堅実な成長の背景に質的変化
地域医療ネットワークに商機あり
医療ITは、成熟度合いが増す国内情報サービス市場にあって数少ない成長株である。だが、内情を仔細にみれば、これまで医療ITビジネスをけん引してきた電子カルテや医事会計(レセコン=レセプトコンピュータ)といった単品プロダクトをベースとしたモデルに限界がみえつつある。医療・介護サービスは急速に広域化しており、地域全体をネットワーク化していくニーズが拡大している。電子カルテなどのプロダクトはその1モジュールにすぎなくなるわけだ。では、近い将来、医療ITビジネスはどのような姿になっていくのか。
●スタンドアロンでは限界 医療ITシステムとは、いったいどのようなものなのか──。医療分野に強い日立メディコの資料をもとに作成したのが図1である。電子カルテを軸とした「HIS(医療情報システム)」を中心に、レセコンや放射線部門、検査、薬局、診療所などと情報の受け渡しをしている様子がわかる。レントゲン(X線診断)やコンピュータ断層撮影(CTスキャン)、核磁気共鳴画像法(MRI)など医用画像系に強い日立メディコでは、「PACS(医療用画像管理システム)」や「RIS(放射線科部門システム)」にも力を入れている。
もう一つポイントになるのが、診療所や介護施設、調剤薬局など病院外部とのデータ連携である。外部の検査機関に検査を依頼する場合もデータ連携は有用であり、こうした地域医療連携ネットワークが、医療ITビジネスの大きな柱になりつつある。病院内で閉じたシステムでは、業務の効率化に限界があるためで、一般企業の業務システムにたとえるならば、最初はスタンドアロンのERP(統合基幹業務システム)を入れて、その後、受発注をEDI(電子データ交換)でオンライン化したり、グループウェアやスマートデバイスなどフロントエンド系のシステムと情報を連携させることで営業支援機能を高めたりするイメージだ。
ただ、医療や福祉の領域では、ITの導入動機が民間企業と異なる部分も少なくない。医療情報システムの中核的存在である電子カルテ一つ取り上げても、規模が小さい病院や診療所では、電子カルテはペーパーレス化程度の効果しかないとみられているケースもある。その証拠に、ベット数200床未満の病院における直近の電子カルテ普及率は2011年時点で約22%、診療所でも同程度の普及率でしかない(図2参照)。法律によってある程度の強制力が働いたオンライン対応のレセコンは高い普及率となったが、そうした強制力が薄い電子カルテの普及率は低いままだ。一般企業でいえば、財務会計は入れたが、販売管理や生産管理は表計算ソフトで対応するといった状態か。
●地域最適化で新産業を振興 
日立メディコ
渡部滋本部長 保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)の資料をもとに日立メディコがまとめた推計によれば、電子カルテの普及率は、2015年時点で200床未満の病院では50%、診療所では44%まで高まるとみられている。しかし、日立メディコの渡部滋・メディカルITマーケティング本部長は、「今の延長線上ではなく、もうひと工夫を凝らさなくてはならない」とみる。この工夫のカギを握るのが、地域医療連携ネットワークである。健康診断や診療所、病院、検査機関、介護施設などで日々発生するデータの共有は、これまでは病院内や特定の団体・組織内だけに閉じたものであり、いわゆる個別最適のサイロ型システムであった。これを地域全体で最適化することで、IT化による投資対効果がぐっと高まり、電子カルテの普及にも勢いがつくというわけだ。
一般的に患者は、急患でもない限り、まずは診療所にかかり、その後、手術などが必要な場合に限って病院へ行く。急性期が終わると、診療所や療養・介護型施設、自宅療養へと移る。現状では、同じ系列の病院・診療所でなければ、データの共有はされにくいので、医療施設が変わるたびに検査をやり直さなければならなかった。地域全体で医療データを共有できれば、こうした二度手間、三度手間をかけて検査を重ねる回数は減り、医療費抑制にもつながる。国全体でみても、毎年およそ1兆円ずつ増え続ける医療費は、見過ごしにできない問題となっている。ITを活用した医療の業務改革や経営革新を通じて、医療・福祉分野のシステム全体を最適化することが求められており、国も診療報酬(保険診療点数)の配分を見直すなどして医療費増を抑制するとともに、関連産業の育成に取り組む方針を打ち出している。
今年7月に国が決めた「日本再生戦略」では、医療・介護を重点分野の一つに位置づけ、2020年までに医療・介護分野で50兆円規模の新市場と、284万人の新規雇用を創出する目標を掲げている。医療・介護・健康関連サービスでこれだけの市場を創出するには、国際競争力のある医療機器の開発や、再生医療、新薬の開発といったイノベーションが不可欠だ。医療連携ネットワークには、こうしたイノベーションを促すデータベース基盤としての役割も期待されている。次ページ以降、主要ITベンダーの事業戦略をレポートする。
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