医療ITビジネスが構造変化を遂げようとしている。電子カルテや医事会計(レセコン=レセプトコンピュータ)など単品を販売するビジネスから、地域の医療ネットワーク全体を網羅したビジネス形態へ軸足が移りつつある。富士通やNEC、日立製作所など主要ベンダーは、地域医療ネットワークをスマートコミュニティの一部と位置づけている。従来型の単品ベースのアプローチではビジネスの成長が頭打ちになる可能性が高く、地域全体を最適化するシステムやサービスを提供する総合的な力量と発想力が求められている。(安藤章司)
医療ITビジネスの構造変化を否応なく迫るのは、毎年およそ1兆円ずつ増え続ける医療費の実態だ。厚生労働省の調査によれば、2011年度の医療費は前年度よりも1.1兆円増加し、史上最高の37.8兆円に達した。少子高齢化でやむを得ない面はあるものの、医療現場での業務のあり方そのものを見直すBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を加速させなければ、医療費が際限なく増える危険性があることも事実だ。そこでBPRの有力なアプローチとして注目されているのがIT活用型の業務改革であり、主要ITベンダーはBPRに主眼を置いた商材開発に重点を置いて取り組んでいる。
医療ITシステムの中核である電子カルテでトップシェアをもつ富士通は、自社の大型データセンター(DC)を軸に、病院や診療所、介護施設向けのクラウド型サービス、在宅医療などでの活用が期待されているスマートデバイス端末に至るまで、「地域全体を網羅する商材やサービスをワンストップで提供する」(佐藤秀暢・ヘルスケア・文教システム事業本部SVP)という方針を打ち出している。病院内に閉じた個別最適型の従来の電子カルテやレセコンの仕組みを見直し、地域が一体となって医療や介護業務を連携し、全体最適を図っていく必要があるからだ。
電子カルテの直近の普及率は、ベッド数200床未満の中小の病院と診療所はほぼ同レベルの約22%、200床以上の病院でも61%に過ぎない。保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)の資料をもとに日立メディコが集計した資料によれば、2015年時点では中小病院で50%、診療所は44%と普及率は高まるものの、「最終的に100%にはならない」(IT業界関係者)との見方が有力だ。ユーザーの医療機関側からみれば、電子カルテを導入するコストメリットが見えにくいというのが最大の理由であり、電子カルテ単体でのアプローチでは突破口を見出しにくいのが実情だ。
では、どうすればいいのか──。国の方針としては、大病院は手術を必要とするような急性期の患者への対応をメインとし、中小病院や診療所は安定期を受け持ち、さらに専門施設ではない在宅での医療にも取り組むことになっている。診療報酬の配分を変えることで病院や診療所などの収益構造を段階的に変えようとしている状況にあって、「病院や診療所、介護施設、在宅医療が互いにメリットを見出すシステムづくりがカギになる」(日立メディコの渡部滋・メディカルITマーケティング本部長)とみて、地域全体で情報を共有し、活用する仕組みによって、生産性の向上や病院経営の健全化に役立つ商材づくりが重要だと話す。
地域医療連携で電子カルテなどの情報を公開する「情報公開施設(病院)」は徐々に増えており、NECでは95施設に地域医療連携サービスを提供している。全国に約8600ある病院のうち、中核医療施設の役割を担う規模の病院は1500~2000施設といわれており、NECの山田達也・医療ソリューション事業部長代理は、「感覚としては、該当施設全体の約1割が何らかのかたちで情報公開に取り組んでいる」とみる。つまり、本格的な普及はこれからということだ。この地域医療ネットワークに加盟することが、病院や診療所、介護施設、在宅医療サービスの事業にとってプラスになる構図をつくり出すことができれば、電子カルテの利用率は自ずと向上し、医療ITビジネスのより一段の活性化につながる。
病院、診療所における電子カルテの普及率
表層深層
保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)の調べでは、電子カルテやレセコンなど、医療ITビジネスの主要製品の2011年の市場規模は約5000億円。2006年の4000億円弱から堅実な成長を続けている。ある大手SIer幹部は、「医療IT市場は極端に伸びる見込みはないが、大きく落ち込むこともないだろう」と、安定収益源となり得る手堅い市場だとみている。
課題は、ベンダー側が電子カルテなどの単品売りから、医療全般のBPR、業務改革にどれだけ真剣に取り組めるかどうかだ。医療サービスを標準化して生産性を高める「クリニカルパス」の分野では、有力SIerの京セラコミュニケーションシステム(KCCS)が業界に先駆けて東京大学と共同開発に取り組んでいる。病院内に閉じたパス(作業経路、工程)にとどまらず、診療所や介護施設といった地域の複数施設にパスを通すことで「地域医療ネットワーク全体の標準化や品質、生産性の向上を目指す」(KCCSの万永正信・経営企画室研究部担当部長兼東京大学研究員)という動きである。
職人気質が強い医療現場での業務改革は並大抵ではないことは、これまでの電子カルテや地域医療ネットワークの普及率をみてもうかがい知れる。医療費が際限なく増え続ける厳しい現実が横たわるなか、地域全体の最適化を通じてユーザーの真の経営革新、業務革新を成し遂げられるかどうかが、ITベンダーやSIerにとってのビジネスチャンスになるといえそうだ。