世界中の開発者がiOS向けの「AppStore」を活用して多くのiOS対応アプリケーションを生んだ結果、iOSのプラットフォームとしての魅力が高まっていった。こうしたコンシューマ向けアプリストアのビジネスモデルは、企業にも広がろうとしている。ITベンダー各社は、自社アプリに加えて、パートナー企業が開発した認定アプリをアプリストアで販売。多くの企業担当者に目を向けさせようとしている。(取材・文/信澤健太)
●ウェブを活用して企業を活性化
個人から企業に広がる用途 企業向けアプリケーションストア(アプリストア)への関心が高まっている。アプリストアといえば、従来はアップルやアンドロイドなどのコンシューマ向けという認識が一般的だった。そうした状況が変わりつつあり、個人から企業に利用の幅は広がっている。
アプリストアは、ソフトの開発者にとってもユーザーにとっても利便性が高いと認められている。開発者が作成したアプリを公開して、ユーザーは数クリックでそのアプリを自分のデバイスにダウンロードすることができる。セールスフォース・ドットコムは、クラウドアプリのマーケットプレース「AppExchange」について、自社のウェブサイトで「Amazon.comで商品を購入したり、iTunesで音楽をダウンロードするのと同じように、簡単に探せて、実際に試した後に購入できる」と説明している。
最近になって、ベンダーの間でアプリストアを立ち上げる動きが本格化し始めた背景には、企業がスマートフォンやタブレットなどのデバイスをビジネスで使い始めたことがある。私物のデバイスを業務に使う「BYOD(Bring Your Own Device)」の広がりや基幹システムと連携して外出先からでも情報を入手したり参照したりできるモバイルアプリの需要の高まりが、企業向けモバイルアプリ市場を急成長させている。
独SAPの予測では、2015年には、企業向けモバイルアプリ市場が全世界で77億ドルの規模にまで膨らむ。こうした状況に目をつけたSAPが始めた「SAP Store」では、自社アプリだけでなくパートナー企業のモバイルアプリも販売している。
企業向けアプリストアが登場したことで、業務アプリの商流が変わって新たな商機が訪れる。コンシューマの世界では、世界中の開発者がiOS向けの「AppStore」を活用して多くのiOS対応アプリを提供し、爆発的な人気を呼んだ。
だが、企業向けアプリストアでも同じような成功シナリオを描けるのだろうか。多くの業務アプリの場合、コンシューマ向けのアプリのように、購入してすぐに使えるという手軽さがない。企業内アプリストアが謳う“インストールしてすぐに使える”には但し書きが必要で、実際には設定作業が伴う。したがって、SIerにとっては提案の幅が広がるともいえる。ITベンダーへの取材を通じて、実情がみえてきた。まずは、ベンダーが展開するアプリストアの特徴からみていく。
●【セールスフォース・ドットコムの場合】
先駆者の強みでパートナーが充実
「モバイルアプリが花咲く年にする」 
2006年、他社に先駆けて開設された法人向けアプリストアの「AppExchange」
セールスフォースのマーケットプレース「AppExchange」は、企業向けアプリのなかでは比較的長い歴史をもつ。米国では、すでにインストール数が120万を超えている。日本での実績は非公開だが、タイトル数は170ほどを数える。
「AppExchange」では、パートナー企業向けにアプリケーションパートナープログラムが用意されている。ISVforceとOEMである。
御代茂樹・アライアンス本部ISVアライアンス部シニアディレクターは、「OEMパートナーの数は増えてきているが、ISVforceパートナーの数の伸びのほうがすごい。パートナーになれば、ISV(独立系ソフトウェアベンダー)はアプリをつくるだけで、アプリの配布やメンテナンス、セキュリティなどインフラ面で心配する必要がないという利便性がある」と説明する。
アプリを購入している企業層は、大手企業から中小企業まで幅広い。御代シニアディレクターは、「ウェビナー(ウェブとセミナーの組み合わせ)やセミナーを積極的に開催して、パートナーと一緒になって顧客との接点をつくっている」という。
インストールの方法は、(1)ISVの自社ウェブサイトにリンクしてインストール、(2)「AppExchange」からインストール、(3)AppStoreやGoogle Play Storeなどのアプリストアからインストール──の三通りがある。その際に、アプリの30日間無料トライアルを提供できる。ユーザー企業がトライアル、あるいはインストールした場合、そのユーザー企業の情報がISVに通知される仕組みだ。
売れ筋アプリの一つが、コラボレーション機能の「Chatter」を組み込んで勤怠管理やプロジェクトの原価管理ができるクラウドサービス「チームスピリット」だ。セールスフォースのユーザー企業で、旅館業を営む陣屋が開発した「陣屋コネクト」は、同業者からの引き合いが多いという。これは、宿泊の予約情報や経営資料などのデータを一元管理できるアプリだ。
御代シニアディレクターは、「2013年は、モバイルアプリが花咲く年にしたい。PaaSである『Heroku』上で構築したアプリとの連携を進める」と語る。また、アプリの料金徴収の仕組みを変える意向だ。ユーザー企業は、セールスフォースとISVパートナーのサービスに対して、別々に料金を支払っている。米国では、セールスフォースに一括で料金を支払う仕組みを導入した。日本でも2013年以降に開始することを示唆する。
●【SAPジャパンの場合】
モバイルアプリを売る環境を用意
SAPのパートナーを呼び込む SAPジャパンは、2012年10月、パートナー4社による5種類のモバイルアプリを、日本で初めてのSAP認定アプリとして「SAP Store」などを通して順次提供することを発表した。CEGBが提供する「EMPIREA モバイルフィールドサービス作業報告書」のほか、クニエの「QUNIE SalesSupport」「QUNIE OrderChaser」、アイ・ピー・エスの「OneHand ERP 宗達」、東洋ビジネスエンジニアリングの「Mobile for フィールドサービス」である。
「SAP Store」では、すでにSAPのモバイルアプリを33種類揃えており、グローバルでは無償アプリを合わせると80程度のタイトルがある。国内企業の600社弱が購入しており、すでに100社程度でアプリが稼働している。
SAP認定アプリを開発するパートナーに対して、モバイルアプリ開発を支援するパートナープログラム「SAP Mobile Apps Partner Program」を用意している。このプログラムはいくつかの特典があり、そのなかでも開発に必要な「SAP Mobile Platform」のライセンスを安価に提供するのが大きな特徴だ。「通常よりも安価に開発基盤を提供するし、パートナーはSAPの“看板”を使える。実は大手SIerが様子見なのは、看板を借りる必要がないというのが理由の一つとなっている」と、SAPジャパンの井口和弘・ソリューション統括本部モバイルソリューション部部長はみる。
井口部長は、コスト削減と導入期間の短縮を次のように訴える。「コンシューマ向けアプリと同じように、ダウンロードしてすぐに使えるようにしたい。『SAP Rapid Deployment Solutions(RDS)』と組み合わて提供することで、1~2か月の短期間で導入できるようにしている」。「RDS」とは、パラメータをあらかじめ設定することで、安価な固定価格で3か月以内にSAPソリューションを導入できるパッケージだ。「SAP Business All-in-One fast-start program」という中堅企業向けERP(統合基幹業務システム)の短期間・低コスト導入プログラムの後継版である。
パートナーアプリのインストールの方法には、(1)SAP Storeからインストール、(2)App StoreやGoogle Play Storeなどのアプリストアからインストール──の二通りがある。SAP Storeからインストールする場合、ユーザー情報を登録し、利用許諾に同意することが必須となっている。同意して、送信した後にダウンロードのリンクが送付される仕組みだ。
年内に50のアプリを認定する計画だが、やや遅れ気味だ。「SAP Store」のユーザーインターフェースは日本語化を進める。なお、海外ではクラウド基盤の「SAP Business ByDesign」上で動作するクラウドサービスなども販売している。ただし、クラウドサービスの日本での取り扱い時期については未定としている。
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