地理的条件が有利にも不利にも働く
割高な回線料金がネック
整備が着々と進む沖縄クラウド事業だが、課題もある。最大の障壁は、通信回線が割高なことだ。通信回線は需要に応じて価格が決まってくるので、東京・大阪、東京・北米などのメジャー回線に比べれば、どうしても割高になってしまう。解決策は需要を増やすことで、「通信トラフィックが増えれば、市場原理が働いて価格も下がる」(通信に詳しいSIer幹部)とみられる。
●外部環境の変化が後押し 
リウコム
宮里勝美
常務 沖縄クラウドの最大のメリットは、首都圏と1500km以上離れていて、国内主要都市ではアジアの成長市場に最も近いことにあるが、その一方で、首都圏との距離がデメリットとなっている部分もある。沖縄クラウドの課題は主に二つで、一つは通信回線費用が割高であること。DCを運営する大手SIer幹部によれば、国内で最も需要が大きい東京・大阪間に比べて2倍ほどになり、国際回線でメジャーな東京・北米間に比べても割高という指摘がある。
二つ目の課題が電気代が首都圏や関西圏に比べて1~2割高いことだ。沖縄県は離島が多く、設備が分散してしまうことから電気代が割高だったが、皮肉なことに福島原発の事故をきっかけに本州大都市圏の電気代が上がる傾向にあることから「原発のない沖縄の電気代は相対的に高くなくなった」(別のSIer幹部)という状況にある。よって、最大にしてほとんど唯一の課題が割高な通信回線であり、ここのコストを下げるには、どれだけ通信トラフィック需要を高めて、通信キャリアからみた客単価を市場原理によって下げられるかにかかっている。
通信トラフィック需要拡大の傾向を強めるきっかけの一つになったのが2011年3月の東日本大震災だった。想定外ではあるが、このときの原発事故が巡り巡って首都圏と沖縄の電気料金の差を縮めることにつながっている。琉球銀行系のSIerで沖縄クラウド事業に参画するリウコムでは、「震災以降、沖縄を活用した事業継続計画(BCP)や災害復旧(DR)が増え、さらに2012年9月の中国との政治摩擦や中国の人件費の高騰を受けて、沖縄を活用したニアショアのニーズも目に見えて増えた」(宮里勝美常務)と、外部環境の変化が結果的に沖縄クラウド事業への追い風になっていると話す。
●注目集める「沖縄GIX」 
沖縄クロス・ヘッド
渡嘉敷唯昭
社長 テクマトリックスグループの沖縄クロス・ヘッドは、NTTデータビジネスシステムズと組んで、沖縄DCを活用したバックアップサービスの拡充に取り組んでいる。両社はバックアップ専門ベンダーの米ファルコンストアの技術を活用して、最小限度の通信量で確実にバックアップを取る仕組みを開発した。「通信料金を抑えながらバックアップができ、障害発生時に沖縄DCで本番稼働させることも可能」(沖縄クロス・ヘッドの渡嘉敷唯昭社長)と胸を張る。
もう一つ、沖縄クロス・ヘッドグループは、沖縄と香港を結ぶGIX(グローバル・インターネット・エクスチェンジ)を運営している。この回線を使えば、沖縄・アジア間の汎用的な回線のおよそ5倍は速い。さらに沖縄に設置したサーバーに香港のIPアドレスを割り当てることも可能で、論理的に香港にサーバーを設置してあるようにみせることも可能になる。アジアでビジネスを展開するユーザーからは、情報セキュリティの観点から基幹業務システムは日本国内に置きたいというニーズが根強く、沖縄クロス・ヘッドグループではこうしたニーズにも対応していくことでビジネス拡大を狙う(図2参照)。
渡嘉敷社長は、「ビジネスが広域化すればするほどリスクは高まる」と話す。心配だからといって首都圏に基幹業務システムを集約しすぎると、いずれ必ず起こるであろう首都圏大震災の発生時にDCや通信回線が途切れ、中国やASEANに展開したグループ会社のビジネスも止まってしまう。先の震災で例でいえば、千葉のDCのデータを神奈川でバックアップするのが意味をなさないことはすでに証明されており、大手町のようなIXが集中している通信設備が被災すると通信網そのものがダウンする可能性も否定できない。もし、沖縄にバックアップを取っておけば、首都圏がダウンしても沖縄でシステムの本番稼働を行い、沖縄・香港のGIX回線を活用して少なくとも海外法人のビジネスは継続できる。
●渇望されるクラウド基盤 
琉球ネットワークサービス
上原啓司
CEO 独立系組み込みソフト開発ベンダーで県内最大手の琉球ネットワークサービスは、精密機器メーカーの日本精機グループのSIer、NS・コンピュータサービス(新潟県長岡市)と連携して、沖縄クラウドを活用した海外進出企業支援サービスを手がけている。製造業の多くは中国/ASEAN地域に進出しており、こうした製造業向けの情報システム基盤を沖縄で請け負うわけだ。製造業向けの組み込みソフト開発を手がける琉球ネットワークサービス、機器メーカーグループのNS・コンピュータサービスは、ともに製造業の情報システムに関するノウハウを蓄積しているが、残念ながら製造業の業務システムを支えるほどの大規模なDC設備は沖縄にはなく、「いつも歯がゆい思いをしてきた」(琉球ネットワークサービスの上原啓司CEO)という経緯がある。
しかし、沖縄クラウドが本格的に立ち上がりはじめ、大規模DC設備をもたないベンダーでも、クラウドを活用した情報サービスが提供できる道筋が開けたわけだ。組み込みソフトは、大口発注元だった従来型携帯電話やデジタルテレビといった情報家電の不振で、需要が大きく落ち込んでいる。これを打開するためには、組み込みソフト技術を活用したM2M(マシン・トゥ・マシン)システムの開発など、クラウドをベースとした新システムの開発が欠かせない。県内ベンダーが単独でこうした新システムの大型インフラを構築するのは難しく、琉球銀行系のリウコムですら「グループでDCは保有しているが、最新鋭のクラウドネイティブ対応の設備や技術を自前ですべて揃えるのは厳しいものがある」(宮里勝美常務)という。
沖縄県では、うるま(兼箇段)地区に新設する最新鋭クラウドネイティブ対応の第3世代DCの竣工を起爆剤として、県外や海外から情報システム運用の受注を目指すとともに、地場ベンダーの新規ビジネス創出にも役立ててもらう。こうすることで、沖縄の情報サービス業全体の底上げと振興につなげる考えだ。
【記者の眼】
「ニワトリが先か、タマゴが先か」 国際情報ハブを目指す

グローバル
ネットワークサービス北井吉隆
代表取締役 首都圏DCのデータバックアップ拠点や、アジア成長市場と日本を結ぶ国際情報ハブ化、沖縄クラウドを活用した情報サービス業の振興が軌道に乗ってくれば、沖縄の通信回線トラフィックは劇的に増える。通信量が増えれば市場原理が働いて回線料金が安くなり、さらにニーズが増える好循環にもち込めるはずだ。まさに「ニワトリが先か、タマゴが先か」の理屈だが、一般的なインターネット回線でも需要の拡大とともに、安く、速くなってきたことを考えれば、需要さえつかめば回線問題は解決できる。
目下の課題は、沖縄クラウドを中核としたビジネスを、いかにして軌道に乗せるかである。沖縄県の仲里和之・情報産業振興課主査は「沖縄クラウドを富士山登頂にたとえれば、まだ3合目。軌道に乗せるにはこれからが正念場」と気を引き締める。このための起爆剤として、50億円近い予算を投じて最新鋭のDCを公設民営方式で建設し、2014年中にも開業にこぎ着ける予定だ。これによって、沖縄クラウド事業を一気に軌道に乗せようとしている。
DCや回線が安くなれば、沖縄の地場ベンダーにとってもメリットが多い。iPadなどスマートデバイスを活用したPOSシステムなどを開発するグローバルネットワークサービス(石垣市)の北井吉隆代表取締役は「DCや通信回線に割安感が出てくれば、スマートデバイスを活用したPOSシステムとクラウドを組み合わせたビッグデータサービスなどのサービスが展開しやすくなる」と期待を膨らませる。このタイミングで集中的に国内外から投資や需要を呼び込むことで、沖縄クラウド事業を一気に軌道に乗せたいところだ。