エンタープライズの未来
ソーマのスタートアップ企業は、コンシューマ向けアプリを事業とするケースがほとんどで、エンタープライズ分野は相手にしていない。では、エンタープライズ分野は今後、どうなってしまうのか。
その答えは「コンシューマ向けで成功したものは、いずれエンタープライズに向かう」という現象にみられる。BYOD(Bring Your Own Device)に代表されるように、コンシューマで受け入れられたものは、エンタープライズにも展開される傾向にある。そのため、市場の傾向を判断してエンタープライズ分野に向かうスタートアップ企業も少なからずある。エンタープライズ向けソーシャルメディアのYammer(昨年7月にMicrosoftが買収)を転職先として選んだ松原シニアストラテジックアカウントマネージャーも、「コンシューマ向けのサービスは、マーケットがないところで挑戦する。それは魅力だがリスクも大きい。コンシューマの流れを受けて、エンタープライズ市場で勝負するスタートアップ企業は成功する可能性が高いのではないか」と考えたという。
若手起業家によるスタートアップ企業が集まるソーマ、老舗IT企業が多いシリコンバレー。そう単純ではないものの、現状のイメージとしては決して遠くはない。期待されるのは、ソーマで成功した企業がシリコンバレーに影響を与えるということだ。サンフランシスコからサンノゼへ。今はまだ、その序章が開いたばかりだ。
【KEY PERSON in the ”San”】
Evernote Japan 会長 外村 仁
日本にはいい人、いいもの、いいアイデアがある
Evernote本社の社員が毎週楽しみにしている「水曜お寿司の日」。ランチルームに並ぶ寿司は、日本人の寿司職人がその場で握る。カリフォルニアロールではなく、江戸前寿司だ。本場の寿司を知ってしまった同社社員は、もはや味に妥協を許さないという。仕掛け人は、Evernote Japanの会長でありながら米国本社勤務の外村 仁氏。ベイエリアに日本文化を広めているキーパーソンでもある。
プロフィール
外村 仁(ほかむら ひとし)
Evernote Japanの会長でありながら、シリコンバレーにある本社に勤務。日本における経営戦略を担っている。日本びいきで知られるフィル・リービンCEOも、外村氏に影響された。また、シリコンバレー日本人起業家ネットワーク(SVJEN)の初代代表を務めたほか、IT分野以外の日本企業も巻き込み、人脈形成に注力している。愛車は、スポーツタイプの電気自動車で知られる米テスラモーターズの「Tesla model S」。
Evernote本社の社員が毎週楽しみにしている「水曜お寿司の日」。ランチルームに並ぶ寿司は、日本人の寿司職人がその場で握る。カリフォルニアロールではなく、江戸前寿司だ。本場の寿司を知ってしまった同社社員は、もはや味に妥協を許さないという。仕掛け人は、Evernote Japanの会長でありながら米国本社勤務の外村 仁氏。ベイエリアに日本文化を広めているキーパーソンでもある。
── ベイエリアは空前の好景気に沸いているといわれていますが、日本ではあまり知られていません。むしろ、日本の大手ITベンダーの拠点は縮小イメージですし、研究拠点という割にはシェアードオフィスを借りているだけとか、小粒な感じがします。 外村 いや、それでいいんですよ。以前の日本の大企業はシリコンバレーに進出する際、立派なオフィスを構えがちでした。快適なものだからオフィスにこもってしまい、外部の人との出会いが少なくなってしまう。だから、シェアードオフィスやコワーキングスペースのように、パーティションがなくて自由に意見交換できるオフィスがいいんです。そこに若い社員を派遣して、外部との交流を避けられない環境にさらすべきです。引きこもっていては、ビジネスはできません。
それと、名刺は持つなと言いたい。立派な企業に所属しているという意識が、邪魔になるからです。スタートアップ企業と同じ目線でやり取りすることが重要ですから。
── スマートフォンのアプリを開発するスタートアップ企業が乱立し、それがエコシステムの起点となって好景気を支えているともいわれています。 外村 以前のIT業界は、いいものをつくった人が勝者とは限りませんでした。宣伝方法や価格設定、サポート力の有無といった総合力で勝敗が決まっていました。それがApp Storeなどの流通サイトやソーシャルメディアによるクチコミの普及もあり、いいものをつくっていれば勝てるという環境が整ったのではないでしょうか。
シリコンバレーには日本人が少ないのですが、ここ2年くらいは若い人が増えてきています。日本の現状に対する危機感の現れなのか、若い人の意識はグローバルへと向いてきていると思います。
── Evernoteは、先日、「コンシューマとエンタープライズの境界は急速に消えていく」と発表しました。コンシューマ向けが多いベイエリアのスタートアップ企業も、いずれはエンタープライズに向かうのでしょうか。 外村 コンシューマで流行ったものがエンタープライズに波及するという流れは確かにあります。ただ、今はスタートアップ企業の数が多すぎて、動向を把握するのが難しいですね。少し様子をみたいと思っています。
── Evernoteは日本企業と積極的に提携したり、昼食に寿司を提供したりするほど日本びいきな感じがしますが、そこは日本戦略を担当する外村さんの成果ですか。 外村 日本には、いい人、いいもの、いいアイデアがあります。ただ宣伝がヘタなので、埋もれているものが多い。それらを紹介していくことで、Evernoteでは「日本は素晴らしい」というイメージが定着しました。こういう会社をシリコンバレーにもっと増やしたいですね。日本人が日本のよさを説明するのではなく、影響力のある人を日本ファンにして、どんどん宣伝してもらう。その流れをつくるのが、私の使命だと思っています。
【“San”eye 在米ジャーナリストが伝える現地の最新状況】シリコンバレーはしぶとい――IT技術の聖地が変わらず強い理由
プロフィール
鈴木 淳也(すずき じゅんや)
SEとして勤務の後、アスキーで複数の月刊誌編集に携わる。その後、ITプロフェッショナル向けウェブサイトの@IT(アットマークアイティ、現ITmedia)立ち上げに参加し、渡米を機に独立する。現地ではエンタープライズIT関連を中心に在米ジャーナリストとして活動するも、現在は主軸をNFCとモバイルペイメントに移し、世界中で事例取材やトレンド分析を行っている。
どの業界にも波はある。とくにシリコンバレーは何度もその危機を迎えながら、今もなお変わらず米国産業の中心であり続けている。しばらくはその状況に変化はないだろう。その力強さは、世界の後塵を拝していた「NFC(Near Field Communication)」「モバイルペイメント」の分野でもみることができる。
広義のNFCである「FeliCa」技術と、それを使った「おサイフケータイ」のサービスは、日本で広く利用されている。最初にFeliCaの技術が一般導入された香港と並んで、NFCとモバイルペイメントの世界でこの2か国は最先端グループに属していると私はみている。
日本のメーカーを除けば、スマートフォンのようなモバイル端末とNFCを組み合わせたサービスの提供は、伝統的に欧州の取り組みが早く、主導権を握っていた。NFCでセキュリティの標準仕様に採用されているType A/B(Mifare)を開発したのはオランダPhilipsの半導体部門(現NXP Semiconductors)であり、それを携帯電話に初めて組み込んだのはフィンランドのNokiaだ。このほか、フランスやイタリアなどの携帯キャリアが積極的にサービス化に取り組んでおり、少なくとも数年前までは、NFCにおいて欧州がその先導的な役割を果たしていた。
だが、欧州の文化的背景か、周りとの話し合いや調整ばかりで、欧州地域内でのサービス展開は遅々として進んでいない。政府主導で物事を進めようとした結果、企業や関連団体が補助金を目当てにする活動に力を注ぎ、サービス展開に本腰を入れられなかったという指摘もある。他方で、欧州メーカーの星だったNokiaはトレンドのキャッチアップに失敗した結果、スマートフォン市場でのシェアを激減させて経営危機に陥り、その首位の座を韓国Samsungに明け渡すこととなった。NFCと携帯を組み合わせる技術は、その後、Samsungに引き継がれ、韓国では世界最先端ともいえるNFCとモバイルペイメントサービスが開花した。欧州と同じ政府主導ではあるが、こちらは官民の連携がうまく機能したようにみえる。
では、米国はどうか。長らくNFCとモバイルペイメントでは蚊帳の外という印象だったが、ここにきて猛追をみせている。
その背景の一つとして挙げられるのが、NFCの非接触通信で必要な決済サービス対応POSが米国で急速に普及し始めているということ。大手チェーンを中心に何千から何万の単位で置き換えが進んでいる。このスピードは世界でもトップクラスだ。米国ではセキュリティチップを搭載したクレジットカード(EMV)の義務化が法律で定められ、ちょうどその機器更新タイミングにNFCが相乗りできたためである。
またモバイルペイメントのサービス開発では、Squareといった新興勢力や、伝統的なシリコンバレー企業であるPayPalがさまざまな方向性を模索しつつあり、新技術開発の面でトレンドを主導し始めている。
Appleをはじめ、シリコンバレーの企業は枯れたNFC技術よりも、より新しいBluetooth Smartなどの技術に興味を抱いているようだ。一方でNokiaの不振で同社を去ったNFCエンジニアの多くが、シリコンバレーに続々と集結し始めている。この流れのなかから新旧技術を融合させた新しいトレンドが登場すると期待されている。
企業や人が切磋琢磨し合い、トレンドをけん引していくシリコンバレー。他の地域とは異なる力の源泉がそこにある。
<ご期待ください!>
シリコンバレーで活動する現地日本人の活躍ぶりを『週刊BCN』10月21日号・28日号の2週連続で紹介します。