既存のITベンダーにとって、ソーシャル、モバイル、クラウド、ビッグデータなどの新たなITトレンドへの対応は死活問題となりつつある。マイクロソフト、IBM、オラクルなど、グローバル市場のリーダー企業は、近年、一様にこれらの言葉を事業戦略のなかに散りばめている。しかし、国内の中堅・中小ベンダーは、こうした新たなトレンドをビジネスにしっかり結びつけている例は多くない。長年成果を出し続けてきた事業の方向性を大きく転換する必要があるわけだから、当然といえば当然だろう。その点、既存ビジネスのしがらみのないベンチャー企業は、初めから新たなトレンドに対応したIT商材を指向し、時代の波に乗って成長を目指している。この特集では、注目のITベンチャーのビジネスモデルにスポットを当てて、新時代のIT市場を生き抜くヒントを探る。(取材・文/本多和幸、ゼンフ・ミシャ、真鍋武)
【IT VENTURE】大手ソフトベンダーと協業・資本提携
クラウドキャスト
キラーアプリの「経費精算」で世界市場を視野に
●弥生のアプリコンテストで優勝 
星川高志
代表取締役 スマートフォンアプリ、クラウドサービスベンダーであるクラウドキャスト(星川高志代表取締役)は、1月28日、小規模事業者向けの経費精算アプリ「bizNote Expense」と、クラウドサービスによる管理ツールの提供を開始した。「経費申請・承認」の業務フローをスマートフォンで手軽かつシンプルに実行できる。この商材を足がかりに、国内のB2B市場でのビジネス拡大、さらには世界展開も狙う。
2011年創業の同社は、中小企業向け業務ソフト大手の弥生から出資を受け、業務提携も行っている。弥生は、クラウドやモバイルなどのトレンドの広がりに合わせて、自社だけでなく他社も巻き込んでソリューションのエコシステムを構築する「オープン・イノベーション」戦略を打ち出している。その一環として、自社製品を補完するスマートフォンアプリを対象に、「弥生スマートフォンアプリコンテスト」を開催し、グランプリを獲得したのが、スマートフォンから弥生会計への取引入力ができるクラウドキャストの「bizNote for 弥生会計」だ。

弥生との提携が大きなターニングポイントに これが縁となり、昨年5月、クラウドキャストは弥生から2500万円の出資を受け、弥生の岡本浩一郎社長が社外取締役に就任するなど、協業を進めた。ただし、この2500万円の出資は、マイノリティ出資であることが、クラウドキャストにとっては重要だった。星川代表取締役は「資本政策は事業の根幹なので、自社の事業の舵を手放さないために、ここは譲れなかった。岡本社長にはこちらの思いを汲んでいただき、リスクを取って出資してもらった」と話す。
同社の製品開発の特徴は、「スマートフォンファースト」であることだ。従来の主力製品である会計業務支援アプリ「bizNote」も、新たにリリースした「bizNote Expense」も、既存の業務アプリをベースにしているわけではなく、ユーザーインターフェースをゼロから構築した。また、「bizNote Expense」は、これまで経営側・管理側のツールだった「bizNote」製品のユーザー層を、従業員側まで拡大した戦略製品でもある。星川代表取締役は、「機能を絞り込んで、ITリテラシーが低い人でも容易に使えることにこだわった。結果的に、コスト低減効果も大きくなった。既存製品は、初期費用数万円、月額費用も1万円以上になってしまうが、『bizNote Expense』は、管理ツールも含めて月額390円から使える」と、商品力に自信をみせる。
●マネタイズはB2Bで 「bizNote」はすでに2万社以上のユーザーを抱えているが、後発の「bizNote Expense」については、2014年中に1万ダウンロードを目指す。また、弥生が提供するクラウドサービス「やよいの白色申告」や、今夏リリースする予定のクラウド版青色申告との連携アプリも、「bizNote Expense」をベースに開発する。「弥生の製品ロードマップに沿ってスピーディな製品開発ができるのは、提携の大きな成果」(星川代表取締役)だと評価している。

「bizNote Expense」の画面イメージ もともとコンシューマ向けアプリを開発していたが、マネタイズにはB2Bの展開が不可欠だと考えていた星川代表取締役。「弥生のユーザーにリーチできると想定すると、最大1000万人くらいの見込み客がいることになる。弥生の強力な販売チャネルを活用して拡販することで、当社のビジネスが大きく成長する可能性があるのはもちろん、当社の商材が弥生の新規ユーザー開拓のフックになり得る。両者にとって大きな相乗効果が期待できるだろう」と強調する。クラウドキャストと弥生の提携は、既存のITベンダーとITベンチャーの連携のあり方として、一つのモデルケースを提示しているといえそうだ。
さらに、「bizNote Expense」は、世界市場での展開も見据えている。星川代表取締役は、日本マイクロソフトでSQL Serverの開発部隊を率いていた経験があり、そうしたキャリアや人脈を生かして、グローバルな開発体制を構築している。「会計ソフトはドメスティックな製品だが、経費精算はグローバルで需要があり、とくにスモールビジネス向けは有望なホワイトスペースがある」(星川代表取締役)とみている。まずは東アジアを中心に、ホワイトスペースが存在するスモールビジネス分野での展開を検討している。
【IT VENTURE】あらゆるクラウド事業者を巻き込む
サイボウズスタートアップス
クラウドのアカウント情報を一括管理
●サイボウズ色を薄める 
山本裕次
社長 グループウェア専業ベンダーであるサイボウズの子会社で、2010年に設立されたサイボウズスタートアップス(Cstap、山本裕次社長)は、クラウドを中心とする新サービスの創出を事業ミッションとしている。現在、同社はクラウドサービスのアカウント情報管理の分野で新たな挑戦をしている。
近年、クラウドサービスを提供する企業が急増し、複数のクラウドを利用するユーザー向けに、IT企業各社が認証を簡易化するサービスを提供している。しかし、ユーザーのアカウント情報の登録・更新に関しては、各クラウドサービスに応じて管理者による設定が必要で、作業負担が大きくなっている。
そこでCstapは、昨年12月18日、クラウドサービスのアカウント情報を一括で管理するサービス「Cloudum」の提供を開始した。「Cloudum」を管理するだけで、各クラウドサービスのアカウントの登録状態を把握できるというものだ。一般的に、複数のシステムのアカウント情報を管理するためには、各システムに存在する固有の項目に合わせた登録が必要だが、「Cloudum」は、利用するシステムを選択するだけで各システムに登録する固有の項目を最適に管理できる「AIOS(自動項目最適化システム)」機能を搭載しているので、管理者は手間を省くことができる。
「Cloudum」は現在、「cybozu.com」「Google Apps」「Microsoft Office 365」「安否確認サービス」の四つに対応しているが、山本社長は「今後は、アカウント管理が必要なすべてのクラウドサービスに対応することを目指す」という。その背景には、アカウント管理だけでなく、各クラウドサービス事業者と連携して、将来的に「Cloudum」上から各サービスへ一元的にライセンス登録・更新ができる機能を提供するという狙いがある。利便性をさらに高めて、クラウドの管理者にとって欠かせない基盤にすることで、新たな市場を創出しようというわけだ。
ただ、各クラウド事業者と連携するにあたって、Cstapがサイボウズの子会社であることはデメリットになりかねない。「Cloudum」の対象サービスには「cybozu.com」と競合関係にあるものも含まれているからだ。そこで山本社長は、「『Cloudum』などのクラウドプラットフォーム事業に関しては、今年2・3月にかけてCstapとは別会社にすることを検討している」という。サイボウズ色を薄めるために、別会社ではサイボウズの競合企業も含めてユーザー管理が必要なすべてのクラウドサービス事業者を対象に、出資を募っていく意向だ。山本社長は、「目標が高いので、達成するためには相当な時間がかかると覚悟している。たくさんのクラウド事業者と連携するためには、『Cloudum』の認知度を高めて、利用企業を最低でも数千社まで拡大する必要がある。まずは、キャンペーンを打つなどして、ユーザー数の拡大に努めたい」と意欲をみせる。
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