ITベンチャーキャピタルが2011年に設置したファンドのうち、ITベンチャーを対象とするものは22を数え、2009年に激減する前の水準にまで回復した。このところ、起業バブルが再来している。クラウドコンピューティングの普及が進み、モバイルやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などのアプリケーション開発プラットフォームが充実して、起業のハードルが低くなっているのだ。こうしたなかで誕生した多くのITベンチャーは、積極的に海外展開の道を探っている。(取材・文/信澤健太)
ベンチャー投資ブーム再び
2000年頃、渋谷に“ビットバレー”と呼ばれるネットITベンチャーの集積地が誕生した。ITベンチャーに対する投資ブームが加熱したが、ネットバブルはあっけなく崩壊。あれから10年あまりが経った今、スタートアップ(起業)バブルともいえる状況が再来している。
ITベンチャーへの資本調達支援などを事業とするジャパンベンチャーリサーチによれば、スマートフォン+GPS+SNSの組み合わせでニュービジネスの発案が身近になったことに加え、クラウドコンピューティングの普及で初期コストが低くなったことが、起業のハードルを下げているという。さらには、就職難という経済環境も、若者が起業の道を選択する要因となっているとみる。
ジャパンベンチャーリサーチのレポートにある「ビジネスコンテストやインキュベーション、出資をセットとするスタートアップ支援を行う独立系ITベンチャーキャピタル(VC)が現れている」という指摘も見逃せない。「スタートアップラウンドと呼ばれる会社設立からの投資や、投資先を募るコンテストの開催、あるいはより多くの起業家を生み出し育成するビジネスコンテストの開催や支援プログラムの企画、一人から入居できるインキュベーションオフィスの併設などを組み合わせて資金面・経営面で総合的な支援を行うのが特徴だ」としている。
近年のスタートアップが2000年当時と異なるのは、海外ビジネスの捉え方だ。海外進出ありきで起業し、まずは英語版の製品からリリースを始めるITベンチャーが少なくない。単にビジネスプランをアピールするのではなく、起業した段階で独自サービスを揃えているのも、従来にはみられなかった点だ。こうしたなかで、グローバル化をテーマに支援するプログラムが増えている。
加えて、かつて投資を受けて成功した起業家が、今度はエンジェルやベンチャーキャピタリストとして、後に続くITベンチャー支援の枠組みをつくっていることが新しい動きだ。
クラウドの専業事業者に変貌
1996年に創業し、中堅SIerからの受託で銀行向けリスク管理製品を企画・開発してきたデジタルコースト。創業者である荻島浩司代表取締役は、ソフトハウスのオープンシステム事業部で営業を担当した後、現在の会社を起こした。「もともと独立志向が強かった。ウェブ制作などを手がけたが、すぐに行き詰まって、フリーの立場で東芝の仕事に関わった」(荻島代表取締役)。
これだけをみれば、今も日本全国に数多く存在する下請けベンダーのうちの一社に過ぎない。しかし、2011年にクラウドサービスの専業事業者に生まれ変わり、“第二の創業”を果たした。一からのスタートアップとは置かれていた状況が異なるが、まったく新しい収益モデルをつくり上げたことになる。受託ビジネスに甘んじ、活路を見出せずに四苦八苦するベンダーが多いなかで、思い切った決断だった。
荻島代表取締役は、「市場を取り巻く状況が変化し、サービス化が求められるようになってきた。2008年には、リーマン・ショックが起きて不況の波に襲われた。こうしたことがあって、ゼネコン構造から抜け出し、自前の製品をつくりたいという思いを強くした」と当時を語る。2007年頃、欧州のベンダーがSaaS型リスク管理システムを東芝に売り込んできた時に、クラウドの可能性を感じたという。
転機は、2009年7月に訪れた。セールスフォース・ドットコムの担当者に会い、翌々月に同社のイベントに出展することが決まった。そのイベントでアピールしたのは、入札管理システム。しかし、「まったく反響がなかった」(荻島代表取締役)という残念な結果に終わった。
次に着目したのが、人事評価システムである。まず2010年5月、クラウドプラットフォーム「Force.com」上で動作する勤怠管理システム「アッと@勤務 Free」の提供を開始。2011年、これを拡張し、効果的な人材活用を目指す“ワークフォース・マネジメントソリューション”「チームスピリット」を発表した。
「EPM(企業パフォーマンス管理)に発展させるための土台としていく。小さく産んで大きく育てるために、勤怠管理から始めた」と荻島代表取締役。「一般的に勤怠管理というのは、従業員が怠けていないかどうかを管理するもの。でも当社がやりたいのはそういうことではない」と強調する。
「チームスピリット」にはコラボレーション機能の「Chatter」を組み込んでおり、出社時に自分の行動をつぶやくことで、簡単に行動管理ができるようになっている。退社打刻のタイミングでは、スケジュール表を確認しながらプロジェクト工数を登録。標準装備されているワークフローを使って、休暇や経費精算などの承認申請も可能だ。
2011年10月、デジタルコーストはセールスフォースとのさらなる関係強化に踏み切った。資本提携し、国内ITベンチャーキャピタルなどと合わせて総額約1億円の資金を調達したのだ。ソーシャルエンタープライズの実現に向けた機能強化を進め、3年後には500社以上への導入を目指している。
荻島代表取締役は、「まずは、成功事例を増やしていく。海外展開を見据えて、近々多言語・多通貨対応する予定だ」と将来の展望を語る。
製品の方向性は、(1)スマートフォンやタブレットに対応する利用シーンの拡大、(2)コラボレーションや分析・ダッシュボードなどの機能強化、(3)財務会計や給与計算、位置情報の連携による利用業種の拡大――の三つだ。
デジタルコーストは、パートナーに依存せずに販売していく方針だが、統合基幹業務システムを開発するベンダーとの協業を通じて、連携を深めることも考えられるとしている。
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