HUEのキーテクノロジー
「脱RDB」が起こす革命
次は、従来のERPとは一線を画すユーザビリティを実現したHUEのキーテクノロジーを探ってみよう。ひと言でいえば、リレーショナルデータベース(RDB)への依存から脱却し、NoSQLの一種である分散キーバリューストア(KVS)をDBに採用したということになる。ERPを含め、既存のエンタープライズITシステムは、RDBを軸に構築するのが当然になっているといっていい。SE経験のある識者によれば、「RDBのテーブルをいかにリレーションさせるかがシステム設計のカギといわれるほど、RDBをコア技術として扱ってきた」というから、HUEがいかに異質かがわかる。牧野CEOは、「まず間違いなく世界初の試み」と胸を張る。
近年のERPのイノベーションは、トップベンダーの独SAPをはじめ、インメモリDBの採用などにより処理の高速化を図る方法論が一般的になっている。しかし、これはあくまでもRDBを高速化するという発想。HUEの屋台骨となる分散KVSは、グーグル検索のコア技術としても知られる、文字通り分散型のスケーラブルなDBで、RDBと比べると格段に低コストで負荷分散と高可用性を実現できる技術だ。これが、「圧倒的な高速化」につながっている。
牧野CEOは、「インメモリ技術は悪くはないが、あくまでも集中型の処理技術。HUEでもインメモリ技術やRDBは一部使うが、処理の大半は分散KVSで行う。RDBにすべての処理を集中させてしまうと、分散できなくなり、レスポンスが落ちる」と説明する。
HUEは、パブリッククラウド上での稼働を前提とするクラウドネイティブなERPであることも特徴だ。しかし牧野CEOは、「そこが本質ではない。“ハイユーザビリティのためのハイスピード”を実現するためには、クラウドネイティブである必要があったに過ぎない」と話す。つまりは、アプリケーションのレスポンスを現実的なコストで圧倒的に高速化するには、スケーラブルな分散処理が可能なKVSを、同じくスケーラブルな運用が手軽にできるパブリッククラウド上で動かすのが最適だと判断したということになる。
他方で、基幹システムにはデータ処理の確実性が求められる。とくにRDBは、トランザクション処理に求められる「ACID特性」を担保するが、これは分散KVSが苦手な分野。HUEではこうした課題をどうクリアしたのだろうか。開発者にインタビューした。
キーワード_1
ACID特性
ACIDは、トランザクション処理に必要とされる四つの特性。「Atomicity(原子性)」「Consistency(一貫性)」「Isolation(独立性)」「Durability(耐久性)」の頭文字を取ったものだ。トランザクションに含まれるプロセスがすべて実行されるかまったく実行されないかのいずれかで処理が終わり、トランザクションの前後でデータの整合性がとれていること、さらには他のトランザクション処理から影響されず、システム障害などが発生しても更新結果が失われないことを表す。キーワード_2
分散キーバリューストア
クラウド時代のデータベースとも目される、NoSQLの代表格。インメモリ技術などとは異なる発想で大規模データの高速処理を実現する。グーグルが開発した「Bigtable」や、アマゾン・ドット・コムが大規模データ管理用に開発・活用している「Amazon Dynamo」などが有名。RDBに比べて機能はシンプルだが、低コストでどんどんスケールアウトしてアプリケーションのレスポンスを高めることができるため、こうした先進企業のビジネスモデルを支えるコア技術となっている。Interview
開発者に聞くHUEの課題をどう乗り越えたのか
ERPを熟知するからこそ脱RDBが可能に
──分散KVSを採用したのがHUEの大きなトピックですが、基幹システムとしての信頼性をどう担保するのか。
井上 まず誤解しないでほしいのは、脱RDBとは言っているが、トランザクション管理が要らないとは言っていないということ。いくら処理が速くても、データが壊れてしまっては意味がないし、ERPではそれは絶対に許されない。 一方で、RDBのACID特性がトランザクション管理のすべてではない。ACIDを緩めるかたちでトランザクション管理を実現しているのがHUEのポイントだ。
──ACIDを緩めるとは?
井上 ACID特性を満足させるというのは、非常にざっくり説明すると、複数の処理があってもすべてを直列に並べるというのが本質。しかし、そういうやり方でなくても、例えばアプリケーションレベルでもある程度トランザクション管理をするとか、さまざまな方法できちんとデータの保護ができるということは実証されている。これは別に当社が発明したということではなく、グーグルやフェイスブック、アマゾン・ドット・コムなどが手がける分散トランザクション分野の論文などでも明らかになっている。
──とはいっても、そうした技術を基幹系のアプリケーションであるERPに導入しようという発想は大胆だ。
井上 アプリケーション側のデータコードやその使われ方を知らないと、こうした手法は実装できなかっただろう。RDBは、ACID特性を確保できるのが長所だが、安全側に振れた仕組みであり、レスポンスは落ちる。
われわれはCOMPANYシリーズを通してERPシステムを完全に理解していて、従来のRDBのテーブル設計も知っている。その弱点や改善点に関する知見もかなりある。だからこそACIDではないかたちのトランザクション管理ができているという実感がある。

ワークスアプリケーションズ
井上誠一郎
アドバンスト・テクノロジー&エンジニアリング本部ゲストフェローHUEのビジネスモデルはどうなる?
「直販・ノーカスタマイズが基本線」は不変
中堅向けの間接販売網整備も視野に入れる
●すでに300社近くから引き合い ワークスアプリケーションズは、HUEを従来の主力製品であるERP「COMPANY」の後継と位置づけ、まずは既存ユーザーを中心に人事給与と財務会計モジュールを来春から販売する。牧野CEOは、「1年で、150~200社くらいの販売実績は上げられるだろう」と見込む。すでに既存顧客、新規顧客を含め、300社近くから引き合いがあるという。
しかし、日本のユーザーは保守的といわれる。とくに処理の確実性が求められる基幹システム分野で、こうした前例のないシステムを導入する気運が高まるだろうかという疑問が浮かぶ。牧野CEOは、「今回のイノベーションは、そうした負の引力をすでに乗り越えたという実感がある。少し便利になっただけでは新しいものを使おうとは思わないかもしれないが、ここまで圧倒的に便利になると、みんなが使いたいと思い始める。自社が独自に構築したシステムにHUEのアーキテクチャを使いたいというユーザーも出てきていて、エンタープライズITの技術トレンドを一変させるという手応えがある」と話す。
HUEはグローバルベンダーを含め、どのERPベンダーの製品とも異なるコンセプトを提示している。「少なくとも現時点でERPのイノベーションの先頭に立ったわけで、グローバル市場を本気で狙う」(牧野CEO)とも宣言する。そのためには、約1100社のCOMPANYユーザーにHUEを使ってもらうだけでは不十分。国内外で新規顧客を獲得し、さらにビジネスの規模を拡大する必要がある。
COMPANYと同様、HUEも直販、ノーカスタマイズで年商1000億円以上の大企業を中心に売り込むという基本方針は変わらないので、「営業担当者は倍々で増やしていく」(牧野CEO)方針だ。グローバル市場は、まず日系企業の海外ブランチなどを中心に営業し、海外ローカルでのビジネスの知見を蓄積し、海外ドメスティック企業への展開も近い将来本格化させる。
●間接販売もノーカスタマイズで 一方、顧客基盤拡大策として、中堅企業への間接販売も視野に入れる。これは従来の同社にはない新しい姿勢だ。ただし、間接販売でもノーカスタマイズで売ってもらうというポリシーは変わらない。牧野CEOは、「極めて少数のベンダーに絞って、HUEを全面的に扱ってもらうということも考えていいと思っている。ただ、SIerで営業力があるところは、ハードでは収益をもう上げられないので、何とかソフトのカスタマイズで収益を上げようとしている。しかし当社のソフトはカスタマイズがないので、ハードと同じ売り方になってしまう。カスタマイズで収益を上げるのではなく、われわれのパッケージを売ることでお客さんのIT投資コストを下げて、浮いた分でパッケージでは対応できないシステムを提案できるようなベンダーと協業することはあり得る」と話している。
また、クラウド基盤としては、Amazon Web Services(AWS)上の動作保証をするほか、IBMのSoftLayerにも対応する予定だ。国内のIaaSベンダーでも、グローバルでのサービス提供が可能なベンダーなど、ワークスアプリケーションズ側の要件を満たすベンダーには対応していく。
識者の眼
ポテンシャル、注目度のいずれも高し
HUEがユーザーにすぐに受け入れられるかどうかは、牧野CEOの強気の発言を踏まえても、現時点では未知数というべきだろう。しかし、ERP市場に詳しい調査会社ガートナー ジャパンの本好宏次・リサーチ部門エンタープライズ・アプリケーションリサーチディレクターは、「間違いなく革新的であるとはいえる。アーリーアダプタのユーザーは大きな関心をもっているだろう。本気でグローバルに出ようとしていることも含めて、個人的にも注目している」と話す。
本好リサーチディレクターは、資本政策やM&Aの効果も指摘する。「2011年にMBOで上場廃止して、R&Dに積極投資してきたこと、さらには買収したグループウェアのアリエル・ネットワークの開発者がコアメンバーに入り、フロントエンドに強みをもつ開発者がERPのユーザビリティ向上に取り組んだという意味で、非常にポテンシャルが高い製品を出してきたと感じる」。事実、開発者の井上誠一郎ゲストフェローは、アリエル・ネットワーク出身で、同社のCTOを現在も兼務している。
では、ワークスアプリケーションズがHUEでグローバル市場の主役になれるのか。「SAP、オラクルに対するアンチテーゼとして伸びてきたクラウドERPベンダーのワークデイのような存在にはなれる可能性がある」という。ワークデイは、米国内ではSAP、オラクルに次ぐグループに属する有力ベンダー。ワークデイの競合として認知されれば、グローバルの主要ベンダーに成長できるかもしれないというわけだ。
一方で、エコシステム(間接販売網)をつくった経験がないことは、ビジネスの規模拡大のためにはネックになりそうだ。本好リサーチディレクターは、「ワークデイも、大手コンサルファームなどとは積極的にパートナーリングしている。だからこそあの地位を築くことができた。直販にこだわるなら、そこで革新的な販売モデルを確立できるかどうかが大きなチャレンジになるだろう。国内はブランドができているので売りやすいだろうが、中堅企業向けの販売に関しては、同じくエコシステムをつくった経験がないのが課題にはなるだろう」と指摘している。
ワークスアプリケーションズは、このような指摘にどう応えていくのだろうか。

ガートナー ジャパン
本好宏次
リサーチディレクター