あらゆるビジネスでITが不可欠になったことで、IT活用のあり方が多様化している。コモディティ化による低価格化が進んだとしても、IT活用の市場は拡大していく。それゆえに、異業種が参入したり、さらなる成長を目指すITベンダーが新たな商流を模索したり、IT分野にはまだまだ成長の余地がありそうだ。IT流通に大きな変革を起こし得る新たなプレーヤーの動向や、既存ベンダーの成長に向けた取り組みを探る。(取材・文/本多和幸、安藤章司、ゼンフ ミシャ、佐相彰彦)
強力なニュープレーヤーの出現
非IT系企業がIT流通を担う
1.リクルートライフスタイル
圧倒的な営業力でIT分野に参入
ITベンダーにはできなかった人手を介すSMB向けクラウドの提供
●営業が5万ユーザーを獲得 リクルートライフスタイルが提供するPOSレジアプリケーション「Airレジ」は、アップルの「App Store」やグーグルの「Google Play」からダウンロードして使う無料アプリである。2013年11月のリリース以来、1年で登録アカウント数は10万件を超えた。インターネット環境と対応デバイスさえあればいいという手軽さに加え、無料アプリらしからぬ機能の充実ぶりで評価が高い。注文入力・会計機能は当然として、売上管理や座席管理、予約管理、顧客管理、在庫管理、バーコード読み取り機能なども備える。飲食業やサービス業、小売業など、小規模店舗を中心に幅広いユーザーの支持を得たかたちだ。
リクルートライフスタイルといえば、「じゃらん」や「ホットペッパーグルメ」など、自社メディアを使った広告事業が収益の柱。Airレジは誰でも無料で使えるが、基本的には、広告クライアントの業務を支援するツールとして開発された。いわば同社にとって、既存の主力事業に付加価値を与えるものだった。
注目に値するのは、10万件を超えるユーザー数にもかかわらず、およそ半数は同社の営業部隊がアプローチして獲得したということだ。Airレジ関連の事業を率いる大宮英紀・執行役員ネットビジネス本部クライアントソリューションユニット長は、「Airレジのサービス内容に自信をもっているが、飲食、美容、旅行などの分野でリクルートが培ってきたクライアント接点は、普及拡大の大きな武器になっている」と話す。

Airレジの利用イメージ ●クラウドベンダーと協業 Airレジのビジネスモデルは、単に広告クライアントへの付加価値サービスという範囲を超えて、企業向けITの新しいビジネスモデルへと発展する可能性を秘める。同社は、Airレジだけでなく、順番待ち管理アプリ「Airウェイト」や、より簡単に使える予約管理システム「Airリザーブ」など、「Air」シリーズのラインアップを随時拡充している。最終的には、Airブランド単独でのマネタイズ、黒字化を当然視野に入れている。その過程で、同社のビジネスが巨大なプラットフォームに成長していくかもしれない。
ポイントの一つが、現在注目を集めている中堅・中小企業(SMB)向けのクラウド型業務アプリケーションとの連携を加速させていることだ。現時点で、freeeやマネーフォワード、弥生、スクエアが提供するサービスとの連携を実現している。いずれも注目度が高いSMB向けクラウド商材で、弥生以外は、人が介在する販路をもっていない。彼らにとっては、約1500人のリクルートの営業部隊を通して、ネット上だけでなく、現実世界でも顧客接点をもつことが大きな魅力となっている。

大宮英紀執行役員 大宮執行役員は、他ベンダーのアプリと連携することの価値を次のように説明する。「いろいろなアプリケーションとつながり、トランザクションが増えるほど、連携するアプリケーション同士の価値も上がり、クライアントとの粘着性が高まる。日本では、人が売るというビジネスモデルは非常に重要。実は、Airレジもすでにキャズムに到達していると感じていて、これを乗り越えるには、営業部隊が連携アプリを組み合わせたソリューションを提案することも重要になる」。クラウドベンダーにとっても、自社にはない圧倒的な営業力を得られるという点でメリットは大きい。異業種から参入した企業の強みは脅威でもあるが、協業によって新たな販路にもなり得るのである。
●圧倒的な資本力も強み SMB向けの商材は単価が低く、客先を個別に訪問するという営業手法はなじまないとされてきた。しかし、IT以外の商材も組み合わせて総合的な業務支援を提案できる同社に、その前提はあてはまらない。
ただし、「現在はマネタイズに取りかかる段階ではなく、とにかく使ってくれる人を増やすことに力を注ぐ」というのが大宮執行役員の方針。その背景には、リクルートグループの巨大な資本力もあるだろう。さらに同社には、自社既存メディアのウェブサイトや関連ウェブサービスを運用するために、自社で大規模なデータセンター(DC)も保有しているという強みもある。「Airレジのユーザーがいくら増えても、国内だけなら自社DCで需要を賄うことができる」(大宮執行役員)ほど、クラウドサービスのインフラは充実している。これを活用して新しいIT商材を生み出し、SMB市場にとどまらない影響力を発揮する可能性もあるだろう。
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