水平分業型のエコシステムがカギ
巨大市場はまだ水面下に隠れたまま
SIerのIoTビジネスは、いまだ潜在的な市場のほうが圧倒的に大きい。SIerはさまざまな業種業態のユーザーと「水平分業型」のエコシステムを形成したり、こうしたエコシステムに参加することで潜在ニーズの顕在化に努めている。
●自動車とIoTが熱い 組み込みソフト開発に強い富士ソフトでも自動車向けのIoTビジネスを最優先に位置づけている。いくつかプロジェクトが進んでいるもののなかに老人介護の送迎車の「事故予防」と「巡回ルートの最適化」の二つをテーマとした実証実験を進めている(図2参照)。この5月末に実験結果を出す予定で「相当な投資対効果が得られる見通し」(富士ソフトの松本和也・IoT推進部部長)と手応えを感じている。

富士ソフト
松本和也
部長 「事故予防」は、介護のデーサービス(通所介護)の自動車による送迎の安全運転をIoTで支援するもので、自動車の急ブレーキや急ハンドルなどの情報と、GPSによる位置情報を富士ソフトのデータセンター(DC)に集約。ビッグデータ解析のアプローチで危険箇所を浮き彫りにする。自動車のエンジンやブレーキ、ハンドル操作などの制御を行う車載通信ネットワーク(移動機械用バス)に通信端末とGPSアンテナを接続。3G回線でDCにデータを送信する仕組みで、例えば「児童公園の横を通るときに急ブレーキが多い」などの傾向を統計的にあぶり出す。そして、危険箇所に近づいたらスマートフォンのスピーカーを通じて「子どもがよく飛び出す公園で危険です」などと音声で注意を呼びかける。
「巡回ルートの最適化」では、「事故予防」で集めたデータを別の切り口で解析することで最適な送迎ルートを割り出す。介護事業者は複数の事業所を展開し、かつ利用者の増減が加わることで複雑なルート設計が必要になる。これを「事故予防」の観点も加味し、「安全で、高効率な送迎ルートの選定支援をする」(富士ソフトの松本部長)と、自動車とIoT技術の組み合わせで新しい介護事業者向け商材の開発に取り組む。
富士ソフトは、車載向け組み込みソフト開発で実績を積んできた知見とノウハウを生かし、エンジンやブレーキなどを制御する車載通信ネットワークから情報を得て、GPS情報などと組み合わせて解析する“車載IoT”を、自動車保険会社向けのサービスとして開発している。自動車の細かな操作記録を集めてビッグデータ解析することで運転の安全度/危険度を仔細に解析し、保険料金に反映するという。自動車保険会社向けへの売り込みに力を入れる。
●オープンイノベーションを堅持 同じく組み込みソフト開発に強いコアは、「原子時計」や「準天頂衛星」「IoT特化型DC」など、先端技術の活用に意欲的に取り組んでいる。原子時計は大型で組み込みソフトとは無縁の存在だったが、近年では数センチ角ほどの大きさまで小型化。原子時計をセンサなどに組み込むことで、例えば「橋梁やビルの揺れを解析して耐震強度を調べる精度が飛躍的に高まる」(コアの山本・技術主任技師)と話す(図3参照)。日本が打ち上げを進めている準天頂衛星の活用では、農業機械の自動運転支援などへの応用を目指す。
すでに顕在化しつつあるIoT活用ニーズがある一方、「まだ見えていない潜在的な市場のほうが圧倒的に大きい」(コアの利根川・営業統括部ソリューション担当主任)とみている。ITの活用シーンで、純粋なコスト削減狙いであるならば、既存の業務フローをユーザー企業からじっくり聞き込んでシステム化すべき点をまとめて要件定義を進めていく。IoTは既存の業務をシステムに落とし込む従来型ではなく、これまでにない新しいビジネスをつくり出していくタイプ。さらにインターネット技術だけに、GPSや各種センサ類、3G/4Gなどの無線といった要素技術はすべてオープンであり、技術的囲い込みが難しいため、すべてのSlerにチャンスがある。
営業のスタイルも、“商品ありき”ではなく、さまざまな業種業態のユーザー企業との実証実験を通じて、お互いの強みをもち寄り、場合によっては個別企業による単独の事業形態ではなく、業界団体やコンソーシアム方式で協業していく“仲間づくり”や“エコシステムの形成”といったアプローチが求められる。
ITホールディングスグループのインテックは、IoTビジネスで欠かせない位置情報を切り口に事業拡大を狙う。いくつかの独自技術も加味して位置情報プラットフォーム「i-LOP(アイロップ)」サービスを今年2月に立ち上げているが、「IoTビジネスでは、どこか特定ベンダー1社で囲い込むのではなく、オープンイノベーション手法によるエコシステムの形成がビジネス成功への近道」(インテックの平井日出美・先端技術企画部副参事)と指摘する。
●IT×異業種×ユーザー インテックの「i-LOP」はGPSやWi-Fi、非可聴音、省電力型のBluetooth無線標識(BLEビーコン)など位置情報を得る要素技術を組み合わせた位置情報プラットフォームで、ほかにもIoTから集めたデータをビッグデータ的手法で解析するバックオフィスも揃えている。これまでならば、フロントエンドからバッグエンドまでの“トータルソリューション”として売り出すところだが、ことIoT絡みのビジネスにおいては、「当社の強みの部分はもちろん前面に出すが、同時にユーザーや同業他社とのエコシステムの形成、エコシステムへの参加も重視する」(インテックの堀雅和・プラットフォーム事業開発部部長)と話す。
ここでいう「エコシステム」とは、メーカーと販売代理店といった垂直型の関係ではなく、水平分業型の関係である点も特徴的だ。インテックが建設会社の大成建設と進めている案件のなかには、病院で医師や看護師といった医療従事者の位置情報管理がある。例えば大規模病院で伝染病患者の治療区画へいつ誰が出入りしたかなどを管理したり、建築物の元請け業者が、協力会社の納品物を管理するなどの使い方が想定されているという。前者は二次感染の予防に役立ち、後者は壁や窓、床といった施工がしっかりなされているか元請けの担当者がチェックする際、ほんとうにその建物や部屋に行って、担当者が直接チェックしたかどうかの“証跡”として位置情報をチェックリストに紐づけて建築物の品質管理に役立てる。
ITベンダー×異業種会社×ユーザー企業などといった水平分業型のエコシステムを形成したり、そうしたエコシステムに参加することで、「ITベンダーだけ、あるいは異業者やユーザーだけでは気づかなかった市場をともにつくる営業手法」(堀部長)がIoTでは有効に働く。インテックでは建設、工場、病院・介護、設備保守、流通・サービスなどの業種に着目し、異業種やユーザーなどと直近だけですでに12件の実証実験に取り組みんでいる。「実証への引き合いは日増しに増えている」(堀部長)と、本格的な事業化に向けた確かな手応えを感じている。

インテック
平井日出美副参事(右)と堀雅和部長 ●「位置情報」への着目相次ぐ 位置情報を巡っては日本システムウエア(NSW)がBLEビーコンに着目している。ビーコンを設置して人の動きを把握するだけでなく、組み込みタイプの超小型BLEビーコンをウェアラブル端末に実装するなど、組み込みソフト開発に強いNSWらしいアプローチをとる。さらにビーコンで集めた情報をバックエンドで解析するシステムをクラウド型で提供するBaaS(バックエンド・アズ・ア・サービス)の開発にも意欲的に取り組む(図4参照)。

NSW
立岩和人
部長 重要な機密情報を扱うオフィスでは、ICチップを埋め込んだ社員証で入退室管理を徹底しているが、これだけでは、いったん部屋の中に入ってしまえば誰がどこにいるのか正確な情報は掴みにくい。ICチップだけでなく、小型BLEビーコンも社員証に組み込めば、例えば管理責任者が機密情報を扱う端末から半径何メートル以上離れたら、システムを強制的にロックしてオペレーターが操作できなくするなどの仕組みも可能だ。常に管理責任者の目が行き届いた状態でオペレーターがシステムを操作させる担保に役立つ。
ほかにもITベンダーの発想だけではなかなか具体化できないような使い方も、さまざまな業種業態の企業と連携することで、新しいアイデアとして出てくる可能性が高い。「さまざまな実証実験にも参加しているが、今年度は実ビジネスの拡大期に入っている」(NSWの立岩和人・エンベデッドソリューション事業部モバイルコミュニケーション部部長)と自信を示している。
[次のページ]