警戒心を最高レベルに
組み込みソフトベンダーの戦略を追う
急速に存在感を増すAUTOSARを巡って、日本の組み込みソフト開発ベンダーは一様に警戒心を高めている。車載ECU向け組み込みソフト開発ビジネスの事業環境が大きく変わろうとしているなか、組み込みソフト開発ベンダーの戦略を追った。
●看過できず、読み切れず 
富士ソフト
三木誠一郎
執行役員 独立系SIerで組み込みソフト開発最大手の富士ソフトは、業界に先駆けてAUTOSARの研究に取り組んでいる。同社では、リアルタイムOSの研究で有名な高田広章・名古屋大学教授が会長を務め、日本のAUTOSAR研究の中心的な役割を担っているTOPPERSプロジェクトに自社の技術者を常駐させ、日々進化する技術動向を追ってきた。
富士ソフトで自動車向け組み込みソフト事業を担当し、自らもTOPPERSプロジェクトの理事を務める三木誠一郎・執行役員ASI事業部長は「まずは日本においてAUTOSAR技術者の母数を増やすことが欠かせない」と判断。今年4月に車載ソフトウェア技術者向けの「AUTOSAR開発体験キット」の販売をスタート。富士ソフトの技術者らがAUTOSARを学ぶうえで制作してきたAUTOSAR関連ソフトや教材、評価用のマイコンボードなどを、広く業界内外に販売することで、技術者のすそ野を広げることから始めている。
一方で、富士ソフト自身のAUTOSARビジネスについては、「企業秘密。今は話せない」(三木執行役員)と急に口が重くなる。それもそのはず、組み込みソフト業界を見渡すと、SCSKをはじめ複数の企業がAUTOSARの開発に名乗りを上げており、「将来的にAUTOSARに準拠したOS・ミドルウェアのナンバーワンベンダーになる」(SCSKの中井戸信英会長)とし、AUTOSAR関連で2000億~3000億円のビジネスに育てていく方針を打ち出している。
組み込みソフトの“王者”を自負してきた富士ソフトとしては、当然、看過できるものではない。しかし、AUTOSARを自社で開発してどれだけの見返りがあるのか読み切れていない部分もあることがうかがえる。

コアの田村謙太郎統括課長(右)と松村竜之介技術部長 ●AUTOSARと“協調制御” 独立系SIerで組み込みソフト事業に力を入れるコアの田村謙太郎・営業統括部ソリューション担当統括課長は、あくまで一般論と前置きしたうえで、「欧州の自動車メーカーにECU関連製品を納入している日本の部品メーカーはAUTOSARを意識せざるを得ない」とみている。松村竜之介・デバイスソリューション部技術部長は「AUTOSARはOSS(オープンソースソフト)のようにソースコードこそ開示していないが、仕様は公開されているオープンアーキテクチャ系のOSと理解している」と、従来のプロプライエタリなECUの設計思想とはまったく異質なものだと指摘する。
そのうえで、コアがこれまで培ってきた機能性の高い組み込みソフト開発に力を入れていく方針を示す。車載ECUはエンジンやハンドル、ブレーキの制御といった個別の機能を割り当てられた分散システムであり、ベーシックソフトであるAUTOSARだけですべてのECUの制御をカバーできるわけではない。この点が、ほぼすべてのスマートフォンの制御が可能なAndroidとは大きく異なる点である。組み込みソフトに強みをもつコアは、AUTOSAR上で動作するアプリケーションではなく、AUTOSARと協調して制御を担う組み込み領域でビジネスの可能性を積極的に探っていく方針を示している。
●「商機はまだ十分にある」 前述したように、AUTOSARは仕様が公開されているオープンアーキテクチャなので、理論的には誰でもAUTOSAR準拠のOSを開発できる。ただ、日本のソフト開発ベンダーが実際にAUTOSARを開発するかといえば、意見が分かれるところだ。AUTOSAR準拠の組み込み系コンポーネントの開発はしても、「ベクターなど先行するベンダーがいるのに、いまさらOSを開発するなんてあり得ない」(ある組み込みソフト開発ベンダー幹部)と消極的な見方があるのも実際のところだ。
こうした見方に対して、ソフト開発の豆蔵は、SCSKなどと組んでAUTOSARのOSを含むベーシックソフト開発を表明している。豆蔵の担当領域はベーシックソフトウェアや開発支援ツールのアーキテクチャ設計で、同社の福富三雄取締役は、「事業化に向けて取り組んでいる最中」という。

豆蔵の福富三雄取締役(右)と西村泰保・主幹コンサルタント また、同社の西村泰保・主幹コンサルタントは、「AUTOSARは、Bluetoothに似た普及の仕方」だと指摘する。Bluetoothの規格が決まってからすでに10年余りの年月がたつが、本格的に普及したのはiPhoneをはじめとするスマートフォンへの搭載がきっかけだった。ある有力な自動車メーカーが採用を始めると、このサプライチェーンに絡む部品メーカーがこぞってAUTOSAR採用へと動き始めていくというのが今の段階なのだという。
事実、AUTOSARを開発するベンダーは乱立している状態で、「商機はまだ十分にある」(福富取締役)とみる。
AUTOSAR開発ベンダーのベクター・ジャパン
「完成度高い」と高く評価
それでも、当初は「逡巡」があった

ベクター・ジャパン
藤崎賢一
部長 「AUTOSAR」は複数のソフトベンダーが開発しているが、そのうちで最もシェアを伸ばしているのがドイツに本社を置くベクターだ。同社は自動車の車載ネットワークの信号解析ソフトや通信制御ソフトなどを開発しているベンダーとして有名で、これまでにも同分野で数々の“デファクトスタンダード”となるベストセラーソフトを開発してきた。AUTOSARに関しても、早い段階から開発に取り組んでおり、AUTOSAR準拠のOSを含むベーシックソフトウェアで「最も高い完成度」(日系大手組み込みソフト開発ベンダー幹部)と高く評価されている。
そのベクターでさえ、AUTOSARへ本格参入するときは、社内で逡巡があったという。ベクターが強みとする自動車の車載ネットワークは、リアルタイム性が強く求められるため、遅延を極力なくす特殊な通信制御を行っている。同社はこの分野で強みをもつが、AUTOSARによって車載ECUの標準化・オープン化が進むことで、これまでベクターが独占的に優位性を発揮してきた通信制御の部分も「競争環境にさらされる」(ベクター・ジャパンの藤崎賢一・組込ソフト部部長)のではないかとの意見が社内で出てきた。
しかし、標準化、オープン化の流れは、いったん動き始めると逆戻りしない性質のものであるため、「むしろAUTOSARを誰よりも早く開発し、完成度を高めれば競争優位に立てる」と判断。AUTOSARの仕様に基づいてOSや通信制御、アプリケーションソフトの実行環境、ドライバーソフトといったベーシックソフトウェアの開発に力を入れることになる。
AUTOSARは仕様に基づいてソフトウェアが実装(開発)される方式だが、では、すべてのベンダーのAUTOSARがまったく同じかといえばそうではない。自動車用ECUはメーカーごとにハードウェアの仕様が細かく異なり、「同じ自動車メーカーでも、乗用車とトラックなどの商用車では違うこともある」(藤崎部長)という。ベクターでは、長年にわたってECUや通信向けの制御ソフトを開発してきたノウハウを生かし、AUTOSARと世界の主要な自動車メーカーのECUの仕様に合わせたドライバーソフトを開発。AUTOSARとECUをつなぐ「ドライバーソフトの種類と対応メーカー数の多さでは世界屈指」(同)を自負している。
こうした差異化要素をAUTOSARのビジネスに盛り込んでいくことで、AUTOSAR準拠のベーシックソフトウェア市場で揺るぎない地歩を固めていく方針だ。
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