大手の狭間で勝ち残る
中堅には中堅の強みがある
中堅クラウドベンダーが勝ち残るポイントは、世界大手のクラウドベンダーにはない「きめ細かなサービス」と「トータルでみた値ごろ感」、「販売パートナー重視」の3点にある。ここからは中堅クラウドベンダーの個別の取り組みについてレポートする。
●「売り方を大きく変えた」 中堅クラウドベンダーが打ち出す「きめ細かなサービス」でわかりやすいのが、GMOインターネットグループである。同グループはクラウドサービスをフルラインアップで手がける専業会社GMOクラウドに加えて、GMOインターネット本体でも、ゲーム開発者向け「GMOアプリクラウド」と、VPS(仮想専用サーバー)から発展したクラウドサービス「ConoHa(このは)」を手がけている。
一見すると同一グループで似たようなクラウドサービスを手がけているようにみえるが、ターゲットとする客層やマーケティング、売り方を少しずつ変えることで、ユーザーの多様なニーズに応えようと努めているのだ。
GMOアプリクラウドはゲーム開発者に特化したサービスで、ConoHaはクラウド基盤のOpenStack(オープンスタック)に準拠し、全面的にSSDストレージ(フラッシュメモリストレージ)を採用。従来のハードディスク・ドライブ(HDD)に比べて書き込み/読み込み(I/O)速度を大幅に速くするなどの特徴を打ち出している。
そして、ConoHa事業は、販売パートナーを非常に重視したサービス設計やマーケティングを打ち出していることも特徴の一つだ。同事業が2013年にスタートした当初は、実は直販メインで、主にシステム開発者に直接訴えかけるマーケティングを展開してきた。姉妹サービスであるゲーム開発者向けGMOアプリクラウドと並んで、今、流行りの絵柄のイメージキャラクターを添えて、開発者の関心を集めてきたのだが、ConoHaについては今年5月、サービス内容を刷新するタイミングで、「売り方を大きく変えた」(GMOインターネットの永尾泰之・ホスティング事業部マネージャー)経緯がある。
ConoHa刷新にあたっては、外部のアプリケーションやプログラムと連携する接続口「API」を充実させ、SIerやソフト開発ベンダーが自社の業務アプリケーションと接続させたり、他のクラウドサービスとの連携を容易にした。基本的なアーキテクチャは、世界標準の一つであるOpenStackであるため、「開発者は特殊な技術を覚え直す必要もない」(斉藤弘信・ホスティング事業部テクニカルエバンジェリスト)と、パートナーのビジネスに役立つよう、オープン化と標準化を推し進めたことで、5月以降の約半年間でサーバー稼働台数は1.5倍に増えた。この勢いで刷新前に比べて、「早期に3倍に事業規模を大きくしていきたい」(永尾マネージャー)と鼻息が荒い。

GMOインターネットの永尾泰之マネージャー(右)と斉藤弘信エバンジェリスト ●販社が好む商材づくり 
ビットアイル
前川和也
主任 米大手DC事業者のエクイニクスグループとなるビットアイルも、販売パートナー重視で有名なDC事業者だ。ビットアイルは、クラウドからホスティング/ハウジングまで幅広く手がける総合DCベンダーだが、販売パートナーから「根強い人気があるのはレンタルサーバー」(ビットアイルの前川和也・プロダクトマーケティング部主任)だと明かす。レンタルサーバーはインターネット黎明期からある古典的なサービスで、今どきのクラウドベンダーは恐らく見向きもしないサービスだろう。ただ、SIerにとってみるとリース感覚でIT機材を調達でき、資産をもたずに済み、かつ従量制課金が基本のクラウドとは違って、顧客への見積もりを明示しやすい点が評価されている。
また、仮想化機構を使った仮想サーバーが主役のクラウドサービスを補完する位置づけで、物理サーバーを使うベアメタル・クラウドサービスも、この10月から始めた。仮想サーバーの弱点はストレージへのI/O(データの書き込みと読み出し)が遅い点と、仮想化機構を駆動するためのオーバーヘッドロスにある。CPUの性能向上でオーバーヘッドロスは最小化できても、I/Oの遅さを解決するのは並大抵ではない。I/Oの速さを必要とするのは、データベースやアクセス数が多いウェブの運営者が渇望するところだ。だからこそ、先述のGMOインターネットConoHaでも、従来のHDDに比べてI/O速度が大幅に速いSSDをストレージに採用した。
ビットアイルのベアメタルサービスでは、さらに踏み込んでデータ転送速度が速いPCI Express(PCIe)バスに接続するタイプのSSDストレージも、上位サービスでは選択できるようにした。PCIe接続型SSDには、中国大手IT機器ベンダーのファーウェイ(華為技術)「ES3000 V2 PCIe SSDカード」を採用。同SSDは1秒間のI/O回数を示すIPOSは最大70万回に達し、仮想サーバーを使った一般的なパブリッククラウドサービスのIPOSが1万回にも達していないことに比べて、格段に速い。同社では、これを隠れたロングセラー商材であるレンタルサーバーの感覚と同じように、SIerならSIの、ソフト開発ならソフト開発のIT基盤として、エンドユーザーにたくさん売ってもらえることを期待しているのだ。
●トータルでの値頃感が重要 ベアメタル・クラウドそのものは「IBM SoftLayer」がメジャーであるし、パブリッククラウドではAWSが存在感を発揮する。OfficeなどのビジネスソフトやWindows環境との相性のよさもあって、「Microsoft Azure」も急成長している。こうした世界大手の狭間で勝ち残るには、異彩を放つ尖ったサービスをいくつも組み合わせて、なおかつトータルでみた値頃感を打ち出さなければならない。
例えば大手パブリッククラウドでは、ネットワーク通信の分量に応じて従量課金するケースが多い。ビットアイルのベアメタルサービスでは1Gbps(毎秒1ギガビット)の速度までの定額制にしており、他の中堅クラウドベンダーも大手に対抗するかたちでネットワーク料金をサーバーの使用料金に含めた実質定額制にしているケースが多い。SIerをはじめとする売り手からみれば、ユーザー企業(エンドユーザー)に向けて見積もりをしやすく、併わせて案件ごとに補完関係にあるきめ細かなサービスラインアップを組み合わせる自由度が高ければ、それだけエンドユーザーの予算や要望を反映しやすい。

PCI Express(PCIe)バスに接続するタイプのSSDストレージの製品例
これまでのSSDよりI/Oの高速化が可能になる ●SIerが抱えるDCの矛盾 
キヤノン
ITソリューションズ
中本浩二
部長 顧客の要望に応えることは、SIerにとって非常に重要であり、場合によっては、こと細かな要求も満たしていくことが求められる。大手のSIerともなれば、自前でDCをもっていることが多いものの、DC専業ではないため、どうしてもサービスに偏りがでてしまう。大手SIerは、大規模な基幹業務システムを開発する場合、ある程度のコストをかけても見合う設計をしているので自社DCを採用することができる。ところが、コストやスピードを要求するウェブ系システムの開発では、DCやクラウド専業ベンダーのサービスのほうが種類もコストパフォーマンスもすぐれていることから、「じゃあ、社内のDCよりも、外部サービスを使おう」(大手SIer幹部)となってしまう。せっかく自前でDC設備をもっていても使えない矛盾を抱えるわけだ。
中小企業から大企業まで幅広い客層を抱えるキヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)グループも、実はこうした悩みを抱えていた一社だった。2012年に最新鋭の大型DCを開設したものの、中堅・大手ユーザーからの評判はよくても、中小ユーザーのコスト要求にはなかなか合わないジレンマを抱えていた。

NHNテコラス
藤原弘之
リード そこで、これまでグループ内だけで使っていたクラウド基盤「SOLTAGE(ソルテージ)」を一般ユーザーでも使えるように刷新。外販にあたっては、価格面やかゆいところに手が届くきめ細かなメニューを整備するとともに、キヤノンMJグループが総代理店となっているスロバキアのウイルス対策ソフト「ESET」を標準装備するなどの差異化策を打ち出すことになった。SOLTAGE事業を担当するキヤノンITソリューションズの中本浩二・ITサービス事業企画部部長は、「中小・零細企業から大企業まで幅広い顧客層にマッチするサービスメニューを揃えていく」と、SIerが抱えるDC特有のジレンマ解消に強い意欲を示している。
他にも、堀江貴文氏が創業したオン・ザ・エッヂのDC事業「データホテル」にルーツをもつ韓国系のNHNテコラスも、勝ち残る方策を模索している。同社は、DC事業を中核事業としつつも、ネット通販(EC)システム開発のSAVAWAYなどと経営統合し、さらにこの10月1日付で、韓国を中心に北米や中国などグローバルにインターネット事業を展開するNHNのブランドを冠した“NHNテコラス(旧社名はテコラス)”へと社名を変更している。DC事業で培った技術力にECを加え、NHNブランドを冠して「グローバルへと進出する」(NHNテコラスの藤原弘之・EC事業部越境EC事業リード)ことで勝ち残りを目指す。
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