政府はかねてより、「一人1台の情報端末配備」などの方針を掲げており、教育環境のIT化を推進している。これに伴って拡大の動きをみせる文教市場だが、かつてみせた急激な伸びは落ち着き、しばらくは堅調な推移が見込まれている。2020年まで5年を切った今、教育現場でのITの普及を図るITベンダー各社は、市場をどう眺め、どこに商機を見出しているのだろうか。(取材・文/前田幸慧)
●2009年の補正予算が市場を動かす 情報通信技術を利活用することがあたりまえとなった現在の社会において、政府は、子どもから高齢者まですべての人々がITの利便性を享受して豊かな生活を送ることのできる環境の構築を進めようとしている。なかでも、児童生徒の学力向上とITリテラシーを高めるために、これまで数々の教育の情報化に関する方針や施策を打ち出してきた。
09年4月に提唱された「スクール・ニューディール構想」では、約4900億円の補正予算を計上。電子黒板や教員の公務用コンピュータ、校内LANの整備などが大きく進んだ。とくに電子黒板の整備状況ついては、文部科学省の「平成26年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」によると、09年3月の1万6403台から11年3月には6万0478台まで増加、それまでの市場規模と比較すれば爆発的ともいえる伸びをみせた。手がけたベンダーにとっては、大きなビジネスにつながったといえるだろう。
13年6月には「第2期教育振興基本計画」「日本再興戦略」「世界最先端IT国家創造宣言」が閣議決定され、政府として教育の情報化を推進している。小中学校において10年代中に、児童・生徒一人あたり1台の情報端末の配備、電子黒板や無線LAN環境の整備、デジタル教材の活用などを実現し、教育環境をIT化することで児童生徒の学力向上、情報活用能力の育成を図ることが示されている。
●2020年に爆発的な伸びをみせる では、今後、教育現場でタブレット端末や電子黒板、デジタル教科書といった教育に必要なITツールはどれだけ普及するのだろうか。調査会社のシード・プランニングに話を聞いたところ、教育ICT市場は堅調に推移し、19年から20年にかけては前年比2倍以上の伸びが見込めるという。

シード・プランニング
原 健二
主任研究員 同社の予測では、20年に教育ICT市場規模は3120億円に達すると見込んでいる。その内訳は、教育用のタブレット端末が2120億円、電子黒板が600億円、デジタル教科書が400億円という具合だ。リサーチ&コンサルティング部エレクトロニクス・ITチーム 2Gリーダの原 健二主任研究員によると、「政府は、20年度までに一人1台のタブレット端末(情報端末)を配備するとの目標を掲げているが、教科書改訂の年と合わせて、20年に一人1台の対象となるのは小学生。21年が中学生、22年が高校生へと広げる計画になっている」という。また、高校におけるタブレット端末の配備は遅れているといい、20年時点でのタブレット端末利用者の割合は、全体の62%にとどまるとの見方を示している。
電子黒板については、09年の補正予算で爆発的に普及して以降、ほぼ横ばいで推移。今後、本格的に導入が進むのは政府の予算措置後となり、「20年には20万台出荷され、学校に1台は配備される。しかし教室すべてに入るまでにはいかないだろう」(同)と予測する。
タブレット端末や電子黒板が導入されても、実際に活用されなければ意味がない。そこでそれらをうまく利用するため、次に着目されるのがデジタル教科書だ。現在、教科書メーカーによってデジタル教科書の制作が進められているという。しかし、生徒が使う教科書には検定があり、検定で認められなければ教科書として使えない。「デジタル教科書が検定をどうクリアするのかというのが問題で、そこがまだはっきり決まっていない」としながらも、「16年中には政府で話し合いが行われ、何らかの方針が決まるだろう」(同)との見方を示している。
教育ICT市場全体としてみると、大きな伸びが見込めるのは19年以降。かつてみせた市場の伸びも落ち着き、まだしばらくは堅調に推移する見込みだ。ITベンダーにとっては、大きな伸びをみせる4年後に向けて、市場のニーズに応えられるように準備しておくことが求められているだろう。
●コスト、インフラ・教材の整備が課題 今後、市場としては堅調な推移が予想されつつも、学校への導入がすんなりいくわけではない。政府は10年度から13年度まで「フューチャースクール推進事業」(総務省)を、11年度から13年度まで「学びのイノベーション事業」(文部科学省)という二つの実証実験を行い、実際に実証校にタブレット端末や電子黒板を整備。それらを日常的に授業で用いた時のIT面での課題や、教育として児童生徒や教員に与える効果を検証した。その結果、授業にITを活用することで、児童生徒のITスキルが確かに向上し、成績の向上にもつながることが明らかになったことに加え、教員のITスキルやITを利活用して指導する力が高まることが証明された。
一方で、浮き彫りになったのがコストの問題だ。ITを活用した教育に必要となる各種デバイスやサーバーの導入・運用などにかかる費用が増大。財力に限界のある多くの自治体では、ITを利活用することは現実的に難しいという実態が明らかとなった。そのほか、同時に起こる大量のアクセスに耐え得る校内ネットワーク環境を整える必要や、デジタル教材コンテンツの不足などの課題も表れた。これらの結果を受けて、政府は14年度より「先導的教育システム実証事業」(総務省)、「先導的な教育体制構築事業」(文部科学省)を走らせ、クラウドなどの最先端技術を活用した低コストの教育ICTシステムの実証研究を行っている。どのような結果が表れるか期待されるところだ。
政府による実証実験を通して、教育環境でのIT活用における教育としての有効性や、コストをはじめとする課題が明らかになった。一方で、ITベンダー各社は実際に文教市場向けのビジネスを通して、現在の文教市場をどのように眺め、どこに商機を見出しているのか。次のページで紹介する。
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