宮城県情報サービス産業協会の穴沢芳郎事務局長に県内ITの現況を聞く
首都圏の受託案件増え、人不足
宮城県情報サービス産業協会(MISA)の会員(正会員・賛助会員)数は、現在222社。震災直後に比べ約50社も増えている。穴沢事務局長は、「首都圏や近県のITベンダーの加盟が目立つ。開発拠点や人材確保を目的として宮城県に注目している」と分析する。景気回復で受託ソフトウェア開発案件が増加傾向にあるものの、全国的に慢性的なIT技術者が不足しているようだ。
ただ、県内のITビジネスは停滞気味とみる。地域のIT投資が一巡する一方で、大規模なIT投資は首都圏に一極集中している。MISAの調査では、「県内企業の大半がIT投資にかける費用が年間10万円が限度」と答えている。それでも、2016年度のITベンダーの業績見通しは、増収増益が45.2%と減収減益の19.2%を大きく上回った。東北電力関係と首都圏の金融機関などによる大型投資が支えている状況だ。
MISAは昨年、首都圏の同業者からの案件獲得を確実にするため、「ニアショア開発」事業として仙台市内に「仙台開発センター」を開設した。「金融機関のソフト開発に耐え得る設備を揃え、人材の技術力アップもねらって会員同士での共同利用が始まった」(穴沢事務局長)。一方で、下請け体質脱却に向け、各種委員会でIoTなどの新しい技術の研究を開始しているという。
テセラクトの小泉勝志郎社長に東北の若手IT人材の現況を聞く
若手IT技術者のスタートアップ増加
小泉社長は実弟の家屋が被災したのを機に地元ソフトウェア会社から独立。現在、大学やIT企業などで、スマートフォンや新しいデジタル技術などのIT技術教育の講師として活躍する。また、東北地方の若手技術者約500人で構成する「東北デベロッパーズコミュニティ」の中心人物でもあり、地元でハッカソンなどを運営する。
若手IT技術者と接するなかで、震災後の変化をこう感じている。「フリーランスの技術者は首都圏に行った。一方で、大手総合ITベンダーなどの支局にいた人が独立し、地元でスタートアップとして起業する数が増えた」。人材が流出する一方で、地元への貢献の一環で起業する機運が高まっているという。
自身の地元、塩竃市では「Code for Shiogama」を立ち上げ、地域課題をITを使って解決するコミュニティを主宰している。震災後には、クラウドファンディングで資金を集め、「海の子Net.オンラインショップ」を開設し、松島湾の海産物のネット販売を支援している。地元で有名な海藻「アカモク」などを提供。全国にこの名を知らしめた。「購入者のほとんどは、資金集めの協力者だ」という。
地元の課題を洗い出し、ITでこれらを解決し復興に貢献する。異業種交流が進み、地域貢献にITが使われ出した。
ITで地域支援するITベンダー
トライポッドワークス
ドローンの空撮で多産業を支援

佐々木賢一
社長 セキュリティアプライアンス製品「GIGAPOD」などの開発・販売で全国的に知られる仙台発のITベンダー、トライポッドワークス(佐々木賢一社長)は最近、ドローンの撮影技術を使った事業を開始した。地元の農業や観光、土木、災害対策などの領域で、行政機関などと連携しドローンの活用用途を拡大している。GPSやジャイロ、カメラで撮影した動画や画像などをクラウド上に収集し、スマートフォンなどで確認できるソリューションとして売り出し中だ。震災前後に東北大学と連携し研究開発していた画像解析やセンシング技術を生かし、セキュリティに次ぐビジネスに成長させることをねらう。
佐々木社長は「ドローンは単なる飛行ロボットではない。先端のIT技術が詰め込まれたIoTデバイスだ」と、ドローンに搭載されたITだけでなく、クラウドなどの技術を融合し、地域産業の生産性向上などへの貢献を目指す。
現在、土木関連では案件が出始めている。映像すべてを保存・収集すると容量が膨大になり、通信速度も遅滞する。画像解析は、スマートフォンに搭載のタイムラプスのように映像の一部を省き鮮明化。「農業分野でも食物の生育状況を分析できる」(佐々木社長)と、利用範囲が拡大しそうだ。
アンデックス
水産×ITで津波被災の漁業を救う

三嶋 順
社長 ソフトウェア開発のアンデックス(三嶋順社長)は、震災で打撃を受けた地元一次産業のうち、水産業に特化した「水産×IT」という水産業向けの実証を行っている。はこだて未来大学の和田雅昭教授が開発した水温測定の海洋観測ブイ「ユビキタスブイ」などを海に浮かべ、スマートフォンで水温やクロロフィル、塩分濃度、流速などを確認するシステムの構築を急いでいる。震災前までは、「経験や勘で、どれだけ採れるか判断できた」(三嶋社長)。だが震災後は、「漁師が『海の様子が変化し予測できない』と吐露するほど、津波で地形が変化した」(同)という悩みを受け、ブイから得たセンサデータを収集・分析するクラウドやデータ受信できるスマートフォンアプリなどを開発している。
クラウドやIoT、ビッグデータなど、最近のキーワードを盛り込んだ技術開発で、水産業の支援を推進する。現在、ユビキタスブイは宮城県沖に18基が浮かぶ。「宮城県だけでなく、全国に波及させたい。漁業は苦しんでいる」(三嶋社長)と、まだまだハードルが高いが鼻息は荒い。
同社は依然として売上高の半数が受託ソフト開発の下請けだ。だが、震災後に本格化したスマートフォン向けアプリなどが徐々に成長し、粗利率を高めている。
トレック
中小農家向けにIoT実証開始

佐々木卓也
社長 ウェブ系システム開発のトレック(佐々木卓也社長)は、震災前から農林水産業者と商工業者が経営資源を持ち寄り新商品・サービスをつくる「農商工連携」に積極的に関わっていた。震災後は、自社での事業化を目指し、地域の中小農業法人(株式会社)に対し、ITで支援する取り組みを本格化。
宮城県沿岸部の農家は、津波による塩害などで、大きな打撃を受けた。同社の柴崎健一・専務取締役によれば、「復旧・復興の一環で、大型農業のIT化は、大手総合ITベンダーにより普及した。一方、家族経営の中小農家は資金面でIT化が遅れた」。そのため同社は、会社組織の農家が集まる「宮城県農業法人協会」と連携し、気象データやセンサを使ったスマートフォンでの生産管理、ドローンを利用した水田の生育見回り、また、生産物流通でEC(電子商取引)サイトを立ち上げるなど、農家に貢献できる施策に向けた実証実験を開始した。

柴崎健一
専務取締役 一方、介護向けビジネスとして、デイサービス向け送迎支援「うえるなび」を開始。自社で強みのある地図システムを応用し送迎計画を自動立案する仕組みを構築した。IoTやクラウドなど先端ITを使い、ビジネスを多方面に拡大している。
SRA東北
大学向けシステムでV字回復

阿部嘉男
社長 ソフトウェア開発・販売のSRA東北(阿部嘉男社長)は、震災後に東北電力の受託ソフトウェア開発案件が激減し、売り上げが減った。だが、震災前から事業化していた大学評価データベースシステム「DBーSpiral」など大学向けソフト販売を強化し、この5年で「業績が震災前にV字回復した」(阿部社長)。2015年度(16年3月期)は売上高12億円を見込む。
同システムは“旧帝国大学”の東北、名古屋、大阪の各大学を含む、大学57校に導入。最近では、小規模大学向けに同システムのクラウドサービスを開始したほか、学内のデータを可視化する「IRーPlus」などバンドル製品を強化し横展開に成功している。
一方、依然として主力の東北電力向け案件は、「電力小売の自由化に向け、関連システムが増え、開発者が不足する状況にある」(阿部社長)と、受託案件も回復傾向にある。ただ、震災前に同案件が売り上げに占める割合が半分以上だったが、現在は3分の1まで下がったことで、粗利を逆に押し上げている。
最近、ソフトバンクのロボット「Pepper」を1台購入。「Watsonを開発者に使わせ、人工知能(AI)やロボティクスの可能性を探っている」(阿部社長)と、次の事業を視野に入れる。
東北インテリジェント通信
“見える”クラウドを次の事業に

志子田有言
営業本部
ソリューション営業部副長 東北電力グループの東北インテリジェント通信(佐久間洋社長)は、主力の通信回線に加え、震災以前から検討していた新たな収益モデルとして、2012年から自社で運用するデータセンター(DC)の一部を使ったクラウドサービスを「Serve Mall」ブランドで展開している。
完全閉域網を実現した独自の事業間ネットワークサービスと組み合わせ、安心・安全なプライベートクラウドが築ける。高セキュリティ環境を求める自治体や東北全域の企業数十社・団体が利用している。
サービスは主に三つ。一つは共有ストレージとして仮想容量が使える「レンタルサーバー」と「ネットワークストレージサービス」だ。「震災を経験したノウハウを生かしたサービス」(志子田有言・営業本部ソリューション営業部副長)と、災害対策用に利用が進む。SaaSサービスでは、ウェブ会議「VーCUBE」とグループウェア「サイボウズOffice/Garoon」を独自モデルで展開中だ。例えば、サイボウズ導入では、同社が構築から運用(監視・バックアップ)まで一括で提供する。
志子田副長は「首都圏に比べクラウドの利用に慎重だ。導入側に敷設する回線機器やソフトウェアの構築など、運用者が見える形で提供する」と話す。
スプラウトジャパン
観光ウェブで東北に外国人引き寄せる

山内和彦
社長 震災の翌年に地元中堅SIerを退職した山内和彦社長が立ち上げたITベンチャー、スプラウトジャパンは5月、インバウンド(訪日外国人)を東北に誘致する多言語対応の観光情報サイト「JPEX」をオープンする。東北各地のレポーターが新鮮な情報を発信。当初は、旅行会社や航空会社などからの広告と有料投稿で売り上げを稼ぐ。将来的には、旅行者の導線や観光地の傾向などのビッグデータを活用した分析サービスを自治体などに販売する。
山内社長は震災を体験し、地元貢献に芽生え独立。「東北に来る外国人が少ない。震災復興に“爆買い”する外国人のパワーがいる」と、15年に宮城県の「IT商品開発スタートアップ支援事業」の認定を受け、プロジェクトを開始。コンサルティング会社とも連携し収益モデルを確立する。単なる観光サイトでなく「外国人目線で情報発信するサイトにする」(同)と話す。
目標は20年までに3000万ページビューまでにし、その間、自治体などのオープンデータを生かし、ビッグデータのサービスを構築。ウイングアーク1stと協業し、同社のBI(ビジネスインテリジェンス)ツールなどを活用する。新設サイトは、こうした事業創出のためのハブサイトの役割を果たす。