●札幌のSIerは不景気に強い 北海道のIT産業は順調に売上規模を拡大させてきているが、景気には波がつきもの。いずれは不景気の波が押し寄せることになる。ところが、いずれくるであろう不景気を危惧する声は、意外と少ない。
HISAの中村会長は、「2020年に経済不況になるという話もあるが、エンジニアが余るような自体は想定していない。確かに、リーマン・ショックでは一時的にエンジニアが余った。でも、2年で回復した。同様のことは今後もあるだろうが、北海道のIT産業は30年の歴史のなかで、ほぼ右肩上がりで拡大している。一時期、開発案件がオフショアに出ていったが、大きな影響を受けていない。日本人エンジニアの需要は確実にある」と語る。
HICTAの菅野副会長は「不景気は感じない。これだけ普及したITは、今後も必ず必要とされるので、システム開発がなくなることはない。例えば自動車は、自動運転化が進めば、新たな開発案件が出てくるはず。道路のメンテナンスが不要になっても、システムのメンテナンスは必要とされる。農業でも、有効なソリューションがあるにもかかわらず、IT化が進んでいない。ほかの産業でも、IT化を進める余地はまだまだたくさんある。しかも、札幌のSIerは、小規模な企業でも技術力をもっている。だから、不景気になったとしても、その影響は少ないとみている」と語る。
JIETの横田理事は「客先常駐は顧客に近いため、IT投資を控えるモードになっても、切られるのが遅い。つまり、不況に強く安定している。不景気には、外出しの案件から切られる。つまり、ニアショアから仕事がなくなる」ことから、不景気に対する不安感はもっていない。むしろ、今後の人口減時代では、エンジニアが余ることはなく、「ベテランの活躍する機会が増える。一時はプログラマ30歳定年説などとも言われたが、今では50代でもエンジニアの仕事が得られる。エンジニアの将来は明るい。長くエンジニアをして生き残っていける」(横山理事)ことから、エンジニア優位の時代になるとしている。
AI(人工知能)やIoTが注目されたことで、IT産業自体の注目度も変わってきている。「ITは人間の欲望を満足させるためにある。欲望は無限に拡大する。要求はエンドレス。それがITの歴史を支えてきた。だから、絶対に右肩上がりになる」とHISAの中村会長はIT産業の継続的な発展に自信をもっている。
●札幌をソフトウェア製造基地に 「大手SIerは大きなビルの一部を建築する。札幌のSIerは一戸建て」と、HICTAの菅野副会長は札幌のSIerの特徴を説明する。札幌のSIerは小回りが利いて、すべての工程で一気通貫のノウハウをもっているのが強みというわけだ。また、菅野副会長は「ITは小が大を兼ねる。ハードウェアの性能が上がっていくので、小規模案件のノウハウが大規模案件でも通用しやすくなっていく」とも考えている。
札幌IT産業をさらに発展させるために、「札幌を一大ソフトウェア製造基地」にすることをHISAの中村会長は構想している。「IT産業は、日本の大事な仕事。何千人、何万人と集まると、日本中の仕事ができる。そうなるための環境が札幌にはある。札幌のエンジニアは約2万5000人。それが20万人になったら、仕事量が絶対的に増える。北海道の観光、農業、そしてIT。そういう位置づけにIT産業をもっていきたい」。
IT産業では、社会に変革をもたらすようなスタートアップ企業の登場や、イノベーションを起こすテクノロジーの誕生に対する期待も大きい。北海道には、そのテストケースを提供できる広大な土地や豊かな自然がある。「IT産業としては、既存技術の現場への適用をしっかり地道にやっていく。みんなが実験室では産業が成り立たない。ムリはしない。ただ、エンジニアが20万人いれば、20人のイノベータが出てくると期待できる。そのイノベータを応援したい。結果、札幌がIT産業の中心地“札幌バレー”として発展していくことになる」(中村会長)。
札幌が全国のシステム開発の受け皿となり、エンジニアを集める。「福井県の鯖江市に行けば、メガネ職人がいる。札幌には“IT職人”が集まっている」という状況を中村会長は描いている。派手なスタートアップ企業が乱立するシリコンバレーとは違い、札幌が目指すのはSIerを中心とする“IT職人の街”というわけだ。
ゲームとエンタープライズの
オープンイノベーション!
札幌は、ゲーム開発で実績のある企業も数多い。近年のゲームは、専用機よりもスマートフォン向けが多く、その技術がさまざまなモバイルソリューションに適用されていることから、モバイルコンテンツ関連企業の団体として、2010年に発足したのが北海道モバイルコンテンツ・ビジネス協議会(HMCC)である。会員企業には、ゲーム開発会社のほか、企業向けのソフトウェアベンダーやSIerなど、144の企業・団体が参加している。

北海道モバイルコンテンツ・ビジネス協議会(HMCC)
里見英樹
代表幹事 HMCCの里見英樹・代表幹事は「札幌は国内有数のゲーム開発会社集積地だが、大手ゲームメーカーの下請けが多い。システム開発でいうところのニアショア開発のような立ち位置。技術力はあるが、自社のタイトルとしてゲームをリリースすることは少ない」と語る。そこでHMCCは、モバイルにかかわる企業の協業による脱下請けの支援をしている。
「下請けに徹すると技術や変化に対して受け身になってしまう。やはり、リスクを取って世の中のニーズにあった商品やサービスを提供できるようにしたい。それが各社のブランド価値、北海道としてのブランド価値を上げることにつながる」と、里見代表幹事は考えている。国内では、札幌と福岡がゲーム開発企業の2大集積地とされる。HMCCとしては、「福岡に対抗するというのではなく、技術力をつけて、独自性を磨く」ことを目標としている。
HMCCにはゲーム関連以外の企業も参加しているが、そこでは異業種との交流によるイノベーションを期待する面もある。「スマートフォン向けのアプリは、2010年頃までは収益を上げやすかったが、現在ではマネタイズが非常に難しい。ただ、アプリのよさは、アイデアを形にしやすいところにある。HMCCには、SIerなども会員企業に名を連ねているので、オープンイノベーションのような形態で、札幌全体を活性化させたい。アプリなら実現しやすいと考えている。また、今はAR(拡張現実)やVR(仮想現実)、ロボットなど、モバイルと親和性の高いものがでてきた。会員が協業して、それら次世代の技術を活用した新たなビジネスをつくり上げていきたい」。ゲームの世界で培ったノウハウや技術が、ビジネスの世界でも適用されていく。札幌発のオープンイノベーションが、モバイルコンテンツを中心に起きようとしている。