ユーザー企業の要求にシステム開発(SI)で応えるSIer。どの産業においても不可欠な存在だが、「従来型のシステム構築のニーズは減っていく」「SIerは淘汰されていく」といった厳しい声が、SI業界に向けられることが多い。なかでもピラミッド構造の底辺を支える下請けのSIerは、元請けのSIerの業績に左右されやすいため、“脱下請け”を模索するケースが多い。とはいえ、SI案件は依然として多くあり、下請けが安定した収益をもたらすのも事実だ。産業構造としても、下請けのSIerは必要とされている。一方で、元請けに徹する小規模SIerも多い。単純ではない。SIerの数だけ、ビジネス戦略がある。
まずは下請けについて考える
起業時のSIerは、SES(System Engineering Service)やエンジニア派遣など、SI案件の下請けとして事業を始めるケースが多い。起業後の会社経営が安定しやすいからだ。「案件よりも人が欲しい」という慢性的なエンジニア不足が続いていることも、新規参入の障壁を下げている。
大手SIerにとっても、必要に応じてエンジニアを確保できるという点で下請けのSIerの存在はありがたく、何かと依存関係にある。ただ、大手SIerが実績のない新興SIerと契約を結ぶことはほとんどないため、下請けの下請けと続くピラミッド構造の底辺を支えることになる。
マーケティング事業を柱としてスタートした夢香(東京・墨田区、藤生香織代表取締役)は、新たな事業として未経験のSESに参入する。当初は社員としてエンジニアを確保できないなどの失敗があったが、中堅SIerの営業職としての修業を経て、再スタート。「募集をかけて、優秀な人材を待つ余裕はない。やる気を重視して採用している」と、藤生代表取締役。未経験者の採用でエンジニアを確保し、徐々に業績を伸ばしている。まったくの未経験者は、大手SIerにはまず採用されない。エンジニアの裾野を広げるという意味においても、夢香のようなSESに注力する企業がIT業界を支えているといえる。
「受託開発は、いかに効率的に短期間で開発するかが重要。派遣は長期間で開発したほうが売り上げにつながる。その狭間で悩んだこともあった」元請けの受託開発と派遣の違いについて語るシジャム・ビーティービーの加藤大吾代表取締役
ソアレスト(東京・新宿区、可知淳一代表取締役)も、SESを事業の柱としている。2013年12月の起業から間もないが、エンジニア不足で案件過多の状態が続いていることから、ソアレストにおいても最大の課題は人材の確保になっている。可知代表取締役は、「募集の条件を下げて、若い人や未経験者を採用しなければならない」と状況を語る。ただ、問題となるのは、元請けSIerが即戦力を求めていて、下請けSIerのエンジニアを育てるという意識がないこと。当然とも思えるが、以前は元請けSIerにそういった余裕があった。コスト意識が強くなった現在では、「未経験者が育つ環境にない」と可知代表取締役は嘆く。エンジニアの高齢化が進む原因の一つにもなっている。
下請けと“何か”の両輪
下請けはエンジニアさえ確保できれば安定した収益が見込めるものの、エンジニアの人数分の売り上げにとどまることから、企業としての成長が限られてしまう。そこで、次のステップとして新たな事業を模索するSIerは多い。ソアレストの可知代表取締役も、いつまでもSES中心のままでいいとは考えていない。受託開発をこなしながら、アイデアを蓄積して、いずれは自社でパッケージ製品やSaaSなどのサービスを提供したいと考えている。
シジャム・ビーティービー(名古屋市、加藤大吾代表取締役)は、名古屋で起業したときは元請け志向だったが、東京に進出する際にエンジニア派遣を始めた。東京進出を確実なものにするには派遣が最適だったからだ。とはいえ、もともと起業するにあたって「派遣をやりたかったわけではない」との思いが強い加藤代表取締役は、脱派遣を目指して自社製品の開発に注力している。
ビーブレイクシステムズ(東京・品川区、白岩次郎代表取締役)も、派遣とパッケージ製品の両輪でビジネスを推進している。ただ、ビーブレイクシステムズはパッケージ製品が先というところが、ここまで紹介したSIerと違うところ。派遣のメリットについて、同社の高橋明取締役は、「派遣では、一人のエンジニアがさまざまな現場を経験できる。新しい技術を身につけたければ、その現場に行けばいい。むしろ、当社で取り組んでいるパッケージ開発のほうが、最初に採用した開発環境を使い続けるため、新たな技術ノウハウを身につける機会が少ない」と考えていて、派遣は受け身で仕事をするため、技術力が育たないという意見を否定している。とはいえ、「ユーザー企業のIT予算が減少傾向にある。そのため、SaaSを採用するケースが多くなり、多くの予算を必要とするSI案件が減り始めた。SI案件が減れば派遣も減ってしまう。人月商売は今後、厳しくなっていく」とみている。そこで、今後は自社パッケージのSaaS化に取り組むことで、IT予算の減少に対応しようとしている。
ノーステック(札幌市、横田靖代表取締役)はシステム開発案件が多く、SESは同社の主力事業となっている。SESを止めることはないが、いつまでも案件過多の状態が続くとは限らない。しかも、「SESは自社にノウハウをためるのが難しい」と、横田代表取締役は語る。その危機感から横田代表取締役は、景気変動の影響を受けにくい分野に注力することで、ノウハウをためて自社の強みとする考えだ。なかでも実績を上げているのが、医療分野と自治体向けGIS(地図情報システム)である。
「例えば医療機器の保守料は、他の業界で使用する機器の保守料と比較して、高い設定になっている。IT関連においても、医療業界では同様の傾向がみられる。また、景気の影響を受けにくい業界という点でも魅力がある。その分、参入を目指す企業は多いが、専門知識が必要とされるため、新規の参入は簡単ではない」と横田代表取締役。医療分野で実績を積み重ね、ノーステックの主力事業に育てていくことを目指している。
トリプルアイズ(東京・千代田区、福原智代表取締役)は創業時、少数精鋭の技術者集団を目指していた。「現実はフリーのエンジニアよりも不自由な状況だった」と、福原代表取締役は当時を振り返る。大手SIerへのSESを事業の中心としていたため、結局は指示された通りにシステムを開発することが多かった。とはいえ、SESは経営を安定させやすい。トリプルアイズは、SESを展開するなかで体力をつけ、利益をパッケージ開発にまわすなどして、新たな展開を模索し続けてきた。失敗を繰り返すも、徐々にかたちになり始めているという。「自社パッケージの芽が確実に出始めている」と福原代表取締役。現在は、ディープラーニングのプログラムを自社開発し、さまざまなシステムにAIを適用することに取り組んでいる。
AIに対する福原代表取締役の思い入れは強い。「AIはまさに本丸。スマートなシステムを構築しようとしたら、AIが不可欠。日本のIT産業は、海外勢に先を越されてばかりだが、AIだけは独占されてはいけない。AIは国産をつくらないと日本が危うい。なぜ、国産大手は切り込もうとしないのか。当社はAIの開発だけは絶対にやめない。日本を代表するAIをつくり、海外でも利益を出す」。折しも時代はAIブーム。トリプルアイズはそのトップランナーを目指す。
不景気で下請けを見直す
「リーマン・ショックでは一時的に仕事がゼロになった」と、リバティ・フィッシュ(大阪市)の石丸博士代表取締役は当時を振り返る。SESが事業の中心だったことから、不景気の影響で開発案件が滞ると、その影響をまともに受けた。仕事を失ったものの、新しいことに取り組むチャンスだと切り替えて、石丸代表取締役はオープンソースのオブジェクト指向スクリプト言語「Ruby」に取り組んだ。その結果、「Rubyは短いソースコードで開発が済むなど、Javaの7~8倍ほど生産性が高い。Rubyには、これからのオープンソースの潮流を感じた」という。
Rubyによって、リバティ・フィッシュの経営が軌道に乗ることになる。ただ、現在も売り上げの5割はSESが占めている。「Rubyをきっかけにして受託案件が増えたものの、売り上げの100%にしようとは考えていない。受託案件は、開発が終了した後に次がすぐにあるとは限らないなど、安定しない。受託案件とSESの両輪で進めるのが好ましい」と石丸代表取締役は考えている。
「日本のIT産業は、なぜ世界で通用しないのか。ムダな仕事をつくりだして利益を上げているからではないか」本当は改修で十分に対応できるのに新規開発の必要性を迫るケースが多いと指摘するトリプルアイズの福原智代表取締役
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