最初から元請けに注力
創業当初から元請けのSI案件を事業とするには、何らかの得意分野が必要とされる。ユーザー企業は、発注するにあたって違いがわからなければ、実績のあるSIerを選ぶからだ。とはいえ、何を得意分野とすべきか。
システム開発と自社パッケージの両輪でビジネスを展開しているSCP.SOFT(大分市、秀嶋哲郎代表取締役)は、元請けとして開発案件を受注し、保守運用までを担うことにこだわってきている。大手SIerの下請けではノウハウがたまらないとの考えからだが、ここでいうノウハウとは顧客の業務ノウハウを指す。
「テクノロジーはどんどん変わる。顧客は、最新のテクノロジーよりも、業務の最適化を求めている。顧客の業務ノウハウがなければ、いずれ干されていくことになる」と、秀嶋代表取締役は語る。業務の最適化に向けた提案をするには、顧客の業務ノウハウが欠かせない。発注側となる顧客にとっても、業務ノウハウをもっているSIerのほうが意思疎通がしやすい。つまり、仕事を頼みやすい。
多くのSIerが同様の意識を強くもっているが、エンジニアが業務ノウハウを身につけるのは簡単ではない。「業務ノウハウに関しては教育の方法がない。顧客に怒られながら納品までもっていく経験をして、初めて身につく。顧客はITのプロではない。私たちはITのプロ。立場が違うのだから、顧客に怒られるのは承知のうえで取り組んでいる」という秀嶋代表取締役の方針のもと、現場でエンジニアを教育している。
コンピューターシステムハウス(郡山市、薮内利明代表取締役社長)も、創業時から元請けにこだわっている。同社の強みは、スクラッチのシステム開発にある。「スクラッチ開発は儲かる」と薮内社長。スクラッチ開発を中心とするビジネスモデルに確固たる自信をもっていて、パッケージ製品にはまったく負ける気がしないという。
社員は15人。ユーザー企業のリピート率が高いことから、新規顧客を無理に開拓するようなことはしていない。社員15人で対応できる範囲で十分という方針である。ちなみに、薮内社長は15人という社員数がベストだと考えている。「当社が社員に要求するスキルは非常に高い。そのためには社員を伸ばすための環境が必要となる」。少数精鋭も利益確保のポイントとなっている。
ニアショアか地産地消か
「道外の案件しかやらない」。デジック(札幌市、中村真規代表取締役社長)は、地元の北海道ではなく、東京や大阪などの都市部を中心とした道外案件に注力している。いわゆるニアショア開発である。ニアショア開発のニーズは、新興国の人件費高騰、都市部のエンジニア不足などを受けて高まっている。中村社長は、道外案件への注力を「外貨を稼ぐ」と表現する。道内の案件をこなすよりも、道外に活路を見出してこそ、北海道の振興に役立つという考えだ。
一方、キューブワン情報(酒田市、芳賀吉徳代表取締役社長)は、地域産業のSI案件に注力する地産地消型のSIerである。「大手のように、ダメだったら他の地域に行って、また新しい案件にチャレンジするというわけにはいかない。私たちには逃げ場はどこにもないし、ここで信頼を勝ち取って頑張るしかない」と、芳賀社長は覚悟を語る。地元市場と徹底的に向き合う覚悟こそが、首都圏一極集中型のIT市場にあって、地方で持続的な成長を実現するために不可欠だと考えている。
海外に目を向けようとする企業も、徐々に増えてきている。アトムシステム(藤沢市、細野哲也代表取締役社長)は、約7割が客先常駐による売り上げで、残りの約3割が一括請負のシステム開発というSIerである。同社は海外に活路を見いだそうとしている。「エンジニアの派遣は、今後厳しくなる。今は景気がいいので稼ぐだけ稼いでおくということもできるが、会社の将来を考えると適切とは思えない。リーマン・ショックのときは、本当にひどかった。また、そうなるときがくるのではないか」との考えから、細野社長は現状の国内事業に関しては慎重に進めている。
国内が厳しいとなれば、海外に目を向ければいい。アトムシステムは、今年2月に東南アジアのマレーシアに駐在員事務所を開設。4月には南アジアのバングラデシュに現地法人を設立した。
まだ、現実味は薄いが、今後の日本経済の状況によっては、日本のSIerが世界のオフショア市場を担うかもしれない。アトムシステムはそこを狙っているわけではないが、SIerは今後、海外に仕事を出す、海外の仕事を受けるという双方向で将来像を描くことが求められる。
「スクラッチ開発がなければ、業務ノウハウが得られないため、パッケージ開発に着手できない。だからスクラッチ開発をやめない」両輪によるビジネス展開の必要性を語るSCP.SOFTの秀嶋哲郎代表取締役
記者の眼
階層の深い多重下請けは、中抜きをする業者が増えるだけで、末端のエンジニアにとって不幸な仕組みとなる。また、そうした底辺を担うSIerでは、社員が長く会社に貢献するとは考えにくく、実力があればもっと上の階層のSIerに転職する。大手SIerは多重下請けを規制するようになったことも、最下層のSIerに逆風となっている。やはり、最下層のSIerは長続きしない。
ただ、元請けのSIerは、下請けのSIerを必要としている。SI案件がなくならない限りは、今後も下請けのSIerが活躍する場はあるだろう。リーマン・ショックを乗り越えたSIerは、本特集で紹介したように、さまざまな対策を練っている。単純ではない。やはり、SIerの数だけ、ビジネス戦略がある。
こうした各社の戦略を知らずに、「SIerは今後厳しくなる」とするのは、もはやパフォーマンスでしかない。だめなSIerはこれまでも淘汰されてきた。しっかりとした戦略があれば、生き残ることができる。その千差万別の戦略が、日本のITを支えているのである。