イノベーションは波及する
不確実性を前提に取り組む
前ページでレポートしたNTTデータは、オープンイノベーションを促進させる“アクセラレーター”の手法を駆使することで、新技術をもったスタートアップ企業とNTTデータの事業部門、ユーザーの三者連携による新ビジネスの創出につなげてきた。新ビジネスによる波及効果も含めた売上規模は2020年までの累計で1100億円規模になる見込みだが、その一方で、オープンイノベーションにはさまざまな不確実性やリスクを内包していることも忘れてはならない。
●プロジェクトは空中分解── 日本システムウエア(NSW)は、現在、主力商材の一つであるIoTプラットフォーム「Toami(トアミ)」の成立過程で、オープンイノベーション手法を積極的に活用してきたSIerである。IoTは「モノのインターネット」と呼ばれるように、あらゆるデバイスをインターネットにつなぎ、その情報をビッグデータやAIで分析させ、これまでなかったような新しいサービスを生みだしていく考え方だ。
組み込みソフト開発に強いNSWは、IoTの領域で自社の強みを生かせると判断して参入を決めるが、この考えをユーザー企業に伝えるのは容易ではなかった。NSWは、ある製造業ユーザーとでIoTを使ったさまざまな商品開発を試みたところ、大きな障壁となったのが「売り上げの規模感の違い」(NSWの竹村大助・ビジネスイノベーション事業部事業部長兼M2M/IoTビジネス部部長)だった。つまり、製品を売れば1000万円の売り上げが立つのに、これを「サービスとして提供すると月額10万円くらいの値付けになってしまう」(同)ことが障壁となり、プロジェクトは空中分解してしまう。
竹村事業部長は、ドコモの従来型携帯電話「iモード」向けアプリの開発ベンチャー企業からキャリアをスタートさせ、その後NSWに転職してからは受託ソフト開発のSE職に10年近く従事してきた。ベンチャー時代は、経営資源の乏しさからドコモをはじめ同業者や顧客企業と、「とにかく何らかの協業をしないとビジネスが立ち上がらない」ことを経験してきたが、受託ソフト開発では一転して、「手堅く売り上げや利益が確保できることに驚いた」という。しかし、2008年のリーマン・ショックを境に、受託ソフト開発が大打撃を受けてしまい、NSWも会社としてサービス事業への転換を図ろうとしていた矢先だった。

NSWの竹村大助事業部長(左)と清水久視プロデューサー
●思わぬ副次効果も! SaaS/クラウド方式に代表されるIT業界の“サービス化”の波は、実はあらゆる業界で起きている変革──“ビジネス・トランスフォーメーション”の一つに過ぎない。サービス化はIT業界特有のものではなく、NSWが取り組んでいるIoTも、製造業ユーザーからしてみると“サービス化”へのビジネスモデルの変換にほかならない。
これまで「売り切り」だった製品をインターネットで結び、顧客体験やストーリーを重視した「サービスモデル」に変えていくことは、自動車や電気電子、機械設備などあらゆる業界で起こり得ることだ。「IT業界はたまたまその移行が早く、サービス化に必要な要素技術を多くもっているに過ぎない」と、竹村事業部長とともにIoTを活用したオープンイノベーションに臨むNSWの清水久視・事業戦略担当プロデューサーは話している。
その後、いくつかの挫折や失敗を経験しながら米IoTプラットフォームベンダーのシングワークス(現PTCグループ)と業務提携し、2013年にNSW独自のクラウドベースのIoTプラットフォームToamiの開発につなげる。
現在、Toamiを活用して、大手電機メーカーや設備メーカーなどと実証実験を複数を行っており、事業化する案件も出始めている段階だ。オープンイノベーション手法による試行錯誤がなければ、「Toamiの開発につなげることはできないかった」(清水プロデューサー)と振り返る。実証実験を進めている大手メーカーのなかには、受託ソフト開発のアプローチでは、元請けとして取り引きをしてもらえないところも多く含まれており、「サービス事業の創出」だけでなく、「プライム(元請け)案件の規模を拡大させる」副次効果も出ている。
●医療とスパコンを組み合わせ サービス化を巡っては、NECソリューションイノベータも興味深いオープンイノベーションの取り組みを行っている。同社は科学技術計算用のスパコンを活用したサービス事業で、スタートアップ企業と協業。この企業が開発するスパコン活用サービスが成功すれば、それがそのままNECソリューションイノベータのスパコン活用サービスの売上増に直結する構図である。
NECソリューションイノベータが組んだパートナーは心臓の血流解析シミュレーションに挑戦するCardio Flow Design(カーディオ・フロー・デザイン=CFD社)だ。CFDは2人の医師が2015年8月に共同で立ち上げたスタートアップ企業。これまで可視化が難しいとされてきた血流を、主に流体力学をもちいて解析するサービスを開発している。この血流解析に使うコンピュータとして、NECソリューションイノベータが提供する計算科学振興財団スーパーコンピュータ(通称:FOCUSスパコン)を使うわけだが、起業して間もないCFD単独では、スパコンを活用した高度なシミュレーションソフトを開発するには、少々荷が重い。

そこで、NECソリューションイノベータは、CFDから流体解析のソフト開発を受託し、CFDに自社のSEも常駐させる形をとりながら、実態としてはCFDとNECソリューションイノベータとの共同で開発する方式を採用した。開発に失敗すればスパコン活用サービスにつながらず、成功すればNECソリューションイノベータのスパコン活用サービスの売り上げが立つという、ある種の“レベニューシェア(収益配分)”モデルである。
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