●ユーザーとともに新天地を開拓 磁気共鳴画像(MRI)装置によって白黒の断層撮影が可能になり、この画像を連続させることでパラパラ漫画のように心臓や血管が動く様子がわかるようになった。だが、心臓疾患の治療で血液がどう流れているのか(あるいは流れにくくなっているのか)の情報は、MRIの画像をもとにコンピュータでシミュレーションを行わなければならない。
医師でCFD共同創業者である西野輝泰社長は、「シミュレーションには『流体力学』と『コンピュータ』の少なくとも二つの要素技術を組み合わせなければならない」として、共同創業者で心臓血管外科医/流体力学者である板谷慶一氏と、コンピュータ技術をもつNECソリューションイノベータと組むことにした。
NECソリューションイノベータは、電子カルテやレセコン(医事会計)などの医療向け業務システムの構築を手がけてきたが、実はこうした業務システムは「最先端技術というより、むしろ枯れた技術の応用がベースとなっていることが多い」(CFDの宮崎翔平・技術開発部長)。今回のスパコンを活用した流体シミュレーションは、同じ医療向けシステムでも最先端の技術を集約する点が大きく異なる。NECソリューションにとっても「協業によって新規領域を開拓する取り組み」(NECソリューションイノベータでプロダクトエンジニアリング事業を担当する古澤豊樹氏)となる。

写真左からCFDの宮崎翔平・技術開発部長、西野輝泰社長、
NECソリューションイノベータの古澤豊樹氏
コンピュータ技術者と流体力学に詳しい技術者、それに医師の3者によるオープンイノベーションのゴールは、心臓の血管をMRIで撮影した画像、血管にカテーテル(管)を入れる検査と並んで、CFDの血流解析シミュレーションが世界中でごく普通の検査手法として認知されるようになることだ。CFDの西野社長は「科学的な根拠にもとづく診断方法が増えることによって、診療の品質をより一段と高められる。そうすれば助けられる患者も増える」と、目を輝かせながら新技術の開発に没頭。所属組織の壁を越えて、医師や技術者らが協業してイノベーションを起こしていく。
記者の眼
●ベンダー自身も「変革」へ「場」と「イベント」で盛り上げる NTTデータ、日本システムウエア(NSW)、NECソリューションイノベータのオープンイノベーションをみてきて、注目すべきは「顧客のビジネス」を変革するだけでなく、「ITベンダー自身のビジネスも変革」している点だ。NTTデータはFinTech分野でスタートアップ企業のアイデアをうまく取り込むことで事業に勢いをつけた。受託ソフト開発が多くを占めていたNSWは、オープンイノベーションによって新たにサービス事業を立ち上げるきっかけを掴んでいる。NECソリューションイノベータはコンピュータと医学、流体力学を融合させることで、「発明」にも近い新事業に挑戦。これによって従来の電子カルテやレセコンといった伝統的な病院向けのシステム事業に加えて、スパコンを活用したサービス事業の拡大につなげようとしている。
もう一つ、留意すべきは“イノベーション”である以上、すでに軌道に乗っている既存事業とは異なり、失敗したり、モノにならないリスクが比較にならないほど高い点である。スタートアップやユーザー、SIer自身の事業部門と、さまざまな技術やアイデア、業種業務のノウハウを持ち寄っても、実際に事業化できるのは100件に1件あるかないかと考えておいたほうが現実的。そのくらいの確率でしか、ビジネスを変革するようなインパクトのあるイノベーションは起こせないし、そもそも1回や2回の失敗で挫折してしまうようでは、コストと時間の無駄でさえある。
そこでSIer各社が取り組むのが、起業家(アントレプレナー)精神旺盛な人たちが定期的に集まれるような場所を確保したり、ビジネス・コンテストの開催だ。NTTデータは前ページで触れたように年2回のペースでビジネス・コンテストを開催しており、野村総合研究所(NRI)は今年9月、第4回目となる「NRI HACKATHON(ハッカソン)」を開催。電通国際情報サービス(ISID)はイノベーションラボ「イノラボ」を常設して、起業家たちと車座になって新しいユーザー体験やストーリーづくりに邁進している。

NRI
寺田知太
グループマネージャー NRIでオープンイノベーションを担当する寺田知太・デジタルビジネス開発部グループマネージャーは、「売り上げや利益につなげるのがゴール。そのためにはコンテストなどを通じて一定規模の母数を常に維持していくことがポイント」と指摘。イノラボを運営するISIDの森田浩史・オープンイノベーションラボ部長チーフプロデューサーは、「案件の母数=アイデアの数。自分の頭のなかだけにある“妄想レベル”のアイデアも、イノラボではためらわずに話してほしい」と、斬新なアイデアであればあるほど、最初は突拍子もないことが多く、「まずは受け入れ、真剣に議論できる場づくり」(ISIDの阿部元貴・オープンイノベーションラボプロジェクトマネージャー)を心がけていると話す。

ISIDの森田浩史部長(左)と阿部元貴プロジェクトマネージャー