●新しい資金調達サービスに進出 freeeやマネーフォワードは、銀行などの既存金融機関との連携体制も急ピッチで整備しており、クラウド会計ソフトのユーザーに新しい資金調達サービスを提供する方針であることも明らかにしている。
実際にマネーフォワードは9月7日、「MFクラウドファイナンス」の提供を始めた。ユーザーの承認を得たうえで自社のクラウド業務ソフト群のデータを提携金融機関と共有することにより、融資の審査にかかる労力、コスト、時間を圧縮し、新しい資金調達のサービスを実現するというコンセプトだ。
同社の金坂直哉・執行役員CFOは、まず提携金融機関のメリットについて、「リアルタイム性や粒度の高いデータを手間なく入手でき、融資の審査に活用できるようになる。とくに銀行はこれまで費用対効果が見合わなかった短期かつ少額の融資など、ノンバンク系が先行していた市場に踏み出す推進力にもなる」と説明する。一方、同社のクラウド業務ソフトユーザーについては、「既存の資金調達に比べて事務手続きの手間が省けるとともに、資金繰りのギャップを埋めるような新しい資金調達サービスの選択肢をもつことができるようになる可能性がある」と話す。
MFクラウドファイナンスの第一弾は銀行との協業ではないが、GMOペイメントゲートウェイのグループ会社でEC事業者に決済サービスを提供しているGMOイプシロン(GMO-EP)と提携し、「請求書データと会計データなどを活用したレンディング」を始める。GMO-EPはもともとEC事業者向けに、日次の売上実績をもとに月々の売り上げと自動相殺できると予測される範囲で金額を設定して融資する「GMOイプシロン トランザクションレンディング」を提供している。両社は、GMO-EPの同事業におけるノウハウと、マネーフォワードのクラウド業務ソフトから得られるデータを融合した新しい与信モデルを共同で開発。将来の売り上げ見込みが把握できる請求データ、日次の会計データなどを活用し、中小企業の資金調達を支援するレンディングサービスのリリースにこぎ着けたという。
freeeも類似の取り組みを進めており、金融機関専用アカウントのβ版を提供している。金融機関ユーザーは、クラウド会計をはじめとする同社のクラウド業務ソフトユーザーのデータをユーザーの同意を得て取得することができるもので、メガバンク、ネット銀行、地銀などの金融機関と連携し、新しい融資スキームを検討している。
A-SaaS 「税務」の強み生かしたFinTech クラウド会計ベンチャーにはない独自の価値を示す
freeeやマネーフォワードと並んで、主要クラウド会計ベンチャーの1社と目されることも多いのがアカウンティング・サース・ジャパン(A-SaaS)だ。しかしA-SaaSとほかの2社には明確なビジネスモデルの違いがある。A-SaaSは税理士のためのクラウドネイティブな会計・税務システムを提供しているベンダーであり、本来直接競合するのは、TKC、日本デジタル研究所(JDL)、ミロク情報サービス(MJS)などの会計事務所専用機ベンダーだ。彼らにとって税理士はユーザーであるとともにパートナーでもあり、税理士を通じて顧問先企業向けの基幹業務ソフトも提供している。
A-SaaSは近年、経営陣も代替わりし、より“FinTech的”な新しいサービスを指向するようになった印象がある。今年7月には、その象徴ともいえそうな「A-SaaSコネクト」という新サービスを発表した。これまでA-SaaSは、顧問先企業向けのクラウド会計・給与計算ソフトについては無償で提供してきたが、付加価値サービス群を有償で提供するという新しい戦略を打ち出した。
まずは第一弾として、記帳の自動化機能をリリースした。マネーツリーのデータアグリゲーションサービス「MT LINK」を活用して銀行口座明細やクレジットカードなどの取引データを自動で取得し、これを自動的に仕訳形式に変換する。A-SaaSコネクトではさらに、ユーザーの同意のもとに、彼らの財務データを金融機関とオンラインで共有することで実現できる、新しい資金調達支援サービスなども提供していく計画だ。すでに、横浜銀行、東京大学などと、トランザクションレンディングの新しい審査モデル構築を目指すコンソーシアムを結成するなど、具体的な活動も活発化している。
ただし、記帳の自動化はfreeeやマネーフォワードがこれまで率先して開発・実装してきた機能だ。また、前述したとおり、ユーザーの財務データをクラウド上で金融機関と共有して新しい資金調達サービスを開発するという発想も同様だ。A-SaaSのサービスは、二番煎じなのか、それとも独自の強みがあるのか。プロダクトグループプロダクトマーケティングチームの依田勇生・マネージャーは、次のように説明する。

依田勇生
マネージャー 「ほとんどの中小企業は、税理士を税務や会計の専門家、さらには経営そのものの相談相手として頼っている。A-SaaSは、パートナー税理士との連携で、税務申告までクラウドで完結できるワンストップのサービスを提供するわけで、非常に大きな強みをもっていると自負している。freeeやマネーフォワードは税務申告の機能をもっていないし、会計の専門家でない人が使いやすいようにということを重視したUIになっているため、彼らのアプリケーションを使っている企業の財務データを税理士がチェックしようとすると、逆に使いにくいという指摘もある。A-SaaSは税理士向けにUIも徹底的に改良していて、一般的なクラウド会計や会計事務所専用機と比べて、会計記帳から税務申告までの業務のスピードと精度を圧倒的に高められると自負している」。
新しい資金調達サービスの開発についても、税務申告のデータをもっていることがA-SaaSの大きな強みになると考えているようだ。依田マネージャーは、「財務会計と税務会計というのは考え方が違う。財務会計は、粉飾して利益をみせようという力学が働きがちだが、税務申告は逆。金融機関からみると、決算書は粉飾のリスクがあるが、税務申告はそのリスクがずっと少ない。税理士の目を介したクリーンな財務・税務データを適時提供できるというのは、金融機関側にとっても大きな価値がある」と自信をみせる。
老舗・TKCが指摘するFinTechブームの 課題
●データの信頼性こそが最も重要
新しい融資モデルより現在の課題解決が優先 会計事務所専用機の大手・老舗ベンダーであるTKCも、「金融機関向けFinTechサービス」を10月にリリースする予定だ。おおまかなコンセプトはこれまで説明したクラウド会計ソフトベンダーなどと一見近く、TKCのユーザーでありパートナーでもあるTKC全国会会員(1万人超の税理士・公認会計士で構成)の顧問先企業の財務・税務データを、彼らの許諾のもとに金融機関に提供するという内容だ。最新業績をオンラインで閲覧できるようにするほか、月次試算表、決算書や税務申告書などのデータも提供する。すでに全国で213金融機関が採用の意思を示しており、サービス開始時には220程度まで伸びる見込みだ。

飯塚真規
代表取締役
専務執行役員 ただしTKCは、これまで出てきたクラウド会計ベンチャーとは違い、これがすぐに新しい融資モデルの開発に役立てられるとは考えていない。飯塚真規・代表取締役専務執行役員営業本部長は、次のように指摘する。「まずはデフォルトしないようにすることがいまの金融機関が最優先している課題で、融資の審査に用いるデータの正確性が何よりも求められている。TKCのシステムは、月次処理を閉めると遡及的処理ができないため、非常に信頼性が高い会計の専門家であるTKC全国会会員が月次でチェックしている。決算書と税務申告書の数字が一致しない企業も相当あるなかで、信頼できるデータを適時入手できるようになることに大きな価値を見出してくれた金融機関が多いということだろう」。
デフォルト率が下がれば、金融機関側は融資の利率を下げやすくなる。飯塚代表取締役専務は、「米国を中心にFinTechの波とともに新しいモデルの融資サービスが広がっているのは確かだが、伝統的な与信管理にもとづく融資に比べてデフォルト率が高く、その分非常に高い利率を設定している。日本で本当にそういうサービスが直近で求められているのかは慎重に考えたほうがいいし、TKCとしては、現在の金融機関の課題に応えるサービスを提供し、真面目に経営して、管理会計もしっかりやっている企業が資金調達しやすい環境をつくっていくことが大事だと考えている」と話す。
他の先進国と比べても、日本は既存の与信管理モデルで非常に幅広い資金調達ニーズをすでにカバーできていると指摘する声は根強い。優先順位として、まずは既存の与信管理を効率化し、精度を高めることこそが日本のFinTechには求められているというのが飯塚代表取締役専務の考えのようだ。