軍政が終焉を迎え、民政に移管してからおよそ5年が経過したミャンマー。“アジア最後のフロンティア”と呼ばれた同国では、経済開放や外国企業による投資拡大を背景に、ビジネス環境が大きく変化している。安価な人件費を活用したオフショア開発や、潜在力を秘めた現地市場の開拓を目的として、拠点を設立する日系IT企業が増加中だ。一方で、まだIT人材が十分に育っておらず、基礎的なインフラ整備が遅れているなど、課題も多い。ミャンマーに進出した日系IT企業は、ビジネスを軌道に乗せることができているのか。同国最大都市のヤンゴンを現地取材し、実際のところを探った。(取材・文/真鍋 武)
ミャンマーオフショア開発 人件費の魅力も早期体制整備は困難
東南アジア地域のなかで最貧国に位置づけられるミャンマー。その反面、同国の豊富で安価な労働力は、企業にとって大きな魅力となっている。日系IT企業からすれば、中国やベトナムに次ぐ、オフショア開発の有力な発注先としての可能性を模索したいところ。しかし、実際に現地で日本向けオフショア開発を手がける企業の声を聞いてわかったのは、ミャンマーのオフショア開発は簡単ではないという現実だ。
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日本貿易振興機構ヤンゴン事務所、外務省、ミャンマー中央統計局、
IMFの資料をもとに『週刊BCN』編集部で作成
●ITは優秀人材の宝庫 「おはようございます。それでは、10月28日の朝礼を始めます」。午前8時、始業と同時に、NTTデータミャンマーの朝礼が始まった。毎朝10分程度行われる朝礼には、全スタッフが参加。そこで使われる言語は、ビルマ語や英語ではなく日本語だ。毎日、現地スタッフが一人ずつ交代制で、自分が調べた特定のテーマについて研究内容を発表する。この日の発表者は、日本の食文化としてラーメンについて紹介。言語力は日本語検定3級(3N)程度というが、話を聞いていると、問題なく理解できるレベルだ。

NTTデータミャンマーは、グループのグローバルデリバリモデルの一端を担う日本向けオフショア開発拠点として、2012年11月に営業を開始した。同社のIT技術者の平均人月単価はプログラマ(PG)で10万円台、リーダークラスで20万円台。すでにPGレベルで35万円程度まで人件費が高騰している中国の北京・上海と比べて、格段に安い。

ミャンマーDCR
小林政彦
General Manager
NTTデータミャンマー
西村弘二
社長 現在、従業員数は約220人。西村弘二社長は、「スタッフは責任感が強く、真面目でチームワークが得意。さらに、納期が迫っている際は、残業もいとわず働いてくれる」と高く評価する。仏教国で日本人と価値観が近いため、日本式の働き方に対する理解を得やすいという。
現在、ミャンマーでもっともオフショア開発の体制整備が進んでいるのが、第一コンピュータリソースの現地法人であるミャンマーDCRだ。同社は、軍政時代の2008年に設立した先駆者。グループ会社やユーザー向けに、開発とテストセンターの役割を担っている。小林政彦・Gereral Managerは、「ミャンマーでは、優秀な人材を確保しやすい。それも、ヤンゴンコンピュータ大学(UCSY)などの一流人材だ」と話す。IT技術者は、ホワイトカラーのなかでもとくに女性に人気の高級職で、優秀な人材が集中。現在、同国には30余りのコンピュータ大学があり、毎年6000人程度の卒業者を輩出している。小林・General Managerによると、同社では毎年の新卒採用に対して、1000人以上の応募がある。
同社の最大の特徴は、日本語力だ。約210人の従業員を抱えるが、日本語検定1級(N1)が11%、2級(N2)が35%と、全体の半数近くが高度な日本語を操れる。社内の公用語は日本語で、朝礼や会議はもちろん、メールや資料まで、すべて日本語に統一する徹底ぶりだ。顧客とのやりとりも日本人が表に出ることは少ない。日本語で安心してやり取りができるため、顧客からの引き合いは多く、ここ2年間、100%の稼働率を維持している。
●実は重いコスト負担 順調にビジネスを展開しているミャンマーDCRだが、実は、ここまでの道のりは平たんではなかった。なぜなら、人材の育成に多大な時間と労力を要するからだ。ミャンマーDCRが採用しているのは大学の新卒者だけだが、コンピュータ大学の出身者は、大学で日本語を学んでおらず、入社時点ではまったく喋れない。そのため、入社後に習得させる必要がある。
そこでミャンマーDCRでは、日本語学校と提携し、専門クラスを設けて日本語を強制的に学習させている。入社後の1~2年間は、基本的には研修期間となり、新入社員は就業時間内に日本語学校に通うことになる。しかも同社では、N1を取得するまで、すべて教育費用を会社で負担している。小林・General Managerは、「コスト負担は大きく、利益を捻出することは簡単でない」と話す。人件費だけをみれば、ミャンマーIT技術者の平均的な賃金は、PGで月収170~600ドル程度。しかし、これに言語などの育成コストが加わるほか、オフィス賃料も非常に高い。とくにヤンゴンでは、ビルの建設が進んでいるものの、外資企業の進出などが増加したことでオフィスが供給不足に陥り、完全な売り手市場になっている。例えば、日系企業が多く入居するサクラタワーでは、1平方メートルあたりの月賃料が80ドル程度と、東京と比較しても劣らない相場に高騰。ローカル企業が使う安価なオフィスビルもあるが、設備が不十分だ。例えば、ミャンマーは社会インフラの整備が十分でなく、電力が慢性的に不足しており、ほぼ毎日、市街中心部でも停電が発生する。IT企業にとっては、発電機が事業活動に不可欠となるが、設備を自前で用意するには多大なコストがかかる。
さらに、今後はIT技術者の人件費高騰も予測される。今年10月7日、米国財務省が約20年間続いたミャンマーへの経済制裁を全面的に解除した。これを受けて今後、米国からのミャンマーへの投資が拡大する見込みだ。米国のIT企業の進出も増加することになり、優秀なIT技術者の獲得合戦が白熱し、人件費が高騰する。外資IT企業の給与待遇は、日系よりも高いため、人材が引き抜かれる可能性も高まる。
こうした状況を見据えて、ミャンマーDCRでは今年、まだ外資IT企業がほとんど進出していないマンダレーに支店を設立した。小林・General Managerは、「今後は2拠点をあわせて500人体制に拡大していく」と方針を語る。
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