●即戦力に乏しいIT人材 
ビーイング
津田能成
代表取締役会長 言語力のほかにも、ミャンマーでのオフショア開発には、体制整備に時間がかかる要因がある。土木工事積算ソフトウェア「Gaia」を手がけるISVのビーイングは、13年にミャンマーに進出した。目的は、自社製品の新たな開発リソースとしての活用。同社の津田能成代表取締役会長は、「国民性がすばらしい。仏教国で真面目な人柄が多く、日本古来の気質とも合う」とミャンマーの人材を高く評価する。一方で、設立から3年が経った現在も、「まだ実験段階にある。周辺機能の開発を行っている程度だ。実務段階に移って本格的な開発を行うのはこれからだ」と話す。
時間を要しているのは、言語の問題に加え、IT技術者にシステム開発の経験やノウハウが乏しいためだ。ミャンマーのIT人材は、優秀な層が集まっていて潜在力こそ高いものの、実は大学では教科書ベースの座学が中心で、実際にコンピュータに触れてプログラミングをしたり、システムを構築したりといった訓練を十分に積んでいない。そのため、入社後に即戦力として現場に投入することは難しい。これには、同国のPC普及率が低いことが影響している。大学には、一人1台のPCが用意されていない。家庭で購入しようにも、同国の1人あたりGDPは1300ドル程度のため、PCは高価で簡単に手を出せないという事情がある。
大量に技術者を採用したところで、すぐに実務にあてることは現実的ではない。津田会長は、「まずは、現地スタッフで中心的な役割を果たすメンバーを育成する必要がある。(ミャンマーでのオフショア開発は)時間軸を長めに設定しなければうまくいかない。本格的な実務段階までに、後2~3年かかるだろう」と説明する。
●学生レベルの底上げに期待 一方、こうした事情を考慮し、最近ではIT人材の能力底上げを図る動きが活発化している。
例えば、コンピュータ大学への支援だ。ビーイングでは、ミャンマー科学技術省を通じて、複数のコンピュータ大学にノートPC計100台を寄贈した。これには、大学との関係を構築し、学生の認知度を向上して採用をしやすくする狙いもあるが、主な目的は、在学中の実践的な技術教育を強化させることだ。
NTTデータミャンマーでは今年、社内や外部の人材に向けた研修事業として、トレーニングセンター「NTT DATA Myanmar Professional SE Academy」を開校した。日本国内外でNTTデータグループが社員向けに実施してきた研修カリキュラムや教育プログラム、実践的なプログラミング技術研究やシステム開発知識、ビジネスマナーの研修を提供している。
また、大学側も教育強化に向けて動いている。例えば、ヤンゴン情報技術大学(UIT)だ。同校は、ミャンマーの政府高官や民間企業のCIO候補となる高度IT人材の育成を行うコンピュータ研究教育機関・中核的研究拠点(COE=Center of Excellence)として12年12月に創立。学部5年、修士課程2年、博士課程3年の一貫教育を行っている。
UITには、40台のPCを備えたラボが6つあるが、現時点で学生が実際にPCを使うことができるのは週14時間のみ。そこで、海外の大学や富士通、日立製作所などのIT企業と提携し、学内にラボを設けてもらい、最新のIT設備を導入している。例えば、日立製作所が15年12月にUIT内に設立した「日立ミャンマーラボラトリ」では、日本から技術者を派遣し、学生だけでなく教員も対象に講座を開校している。

ヤンゴン情報技術大学
Saw Sanda Aye
学長 またUITでは、17年から卒業生を輩出することになるが、来年からは4か月間のインターンシップを導入する予定だ。Saw Sanda Aye学長は、「(ミャンマー国内だけでなく)海外にも学生を送る方針。現在は、富士通と話しを進めており、20人程度を受け入れてもらう予定だ」と話す。現状、ミャンマーでのオフショア開発には、日本語の教育、技術者の育成、会社の組織づくりに多大な時間と労力がかかる。しかし、教育現場でレベルが底上げされれば、状況は変わりそうだ。
ミャンマー現地ビジネス ODA案件に期待、民間IT環境は初期段階
5000万人超の人口を有することから、潜在力を秘めた市場としても注目されるミャンマー。しかし、まだ社会の根幹をなすインフラが十分に整備されていないうえ、産業が育っていない。いまだ東南アジア地域で最貧国といってよい水準にある。また、民政化から5年しか経っておらず、法制度も十分に整備されていない。IT市場も未熟だ。日本と同じように高度なITビジネスはまだ主流になっていない。
●安心の日本のODA案件 ミャンマーでは、縫製業を除き、主だった産業が育っていない。これは、同国の貿易額をみても明らかだ。ミャンマー中央統計局によると、15年度の貿易額では、輸入の上位3位が一般・輸送機械、石油製品、卑金属・同製品であるのに対し、輸出は天然ガス、豆類、縫製品。消費財は海外輸入に依存している一方で、輸出は一次産品が中心と、国内産業の工業化が進んでいない。これに加えて、社会の根幹をなすインフラが十分に整備されていない。前述の通り、電力供給量は慢性的に不足。オフィスビルも足りていない。また、通信ネットワークも不安定で、上り下り回線ともに1Mbps以下が標準速度だ。
そこで現在、大手の日系IT企業では、ミャンマーの社会インフラ整備に向けたICT関連の政府開発援助(ODA)の案件に力を入れている。日本政府は、ミャンマーの民政化以降、農業、医療、電力、鉄道、通信など、多岐にわたる分野でODAを展開。ODA案件は、請け負う企業にとっては金額の規模が大きく、日本式のビジネスで対応できるので比較的やりやすい。実際、この5年間に日本のIT企業が発表したミャンマー関連の発表をみると、その多くがODA案件で占められている。

日立アジア
ミャンマー支店
山元大輔
Assistant General Manager 日立製作所は、日本のODA案件に力を注いでいる1社だ。同社は2012年、日立アジアの支店を開設。現在、グループ全体で同国に約600人の社員を抱え、昇降機や鉄道システム、物流、ICTなど、社会インフラを中心とした事業を展開している。山元大輔・Assistant General Managerは、「ミャンマーは、インフラ整備の真っただ中にあることから、基礎的な設備を中心とした事業を展開している」と話す。
現在、ミャンマー支店では、売上高の半分程度が日本のODA案件。ICT関連では、港湾の行政手続きを電子的に処理するシステムの開発を受注したほか、ミャンマー郵便が運営する送金サービス業務の電子化支援も請け負った。山元・Assistant General Managerは、「今後もODA案件には期待している」と説明。11月2日には、安倍晋三首相がアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相と会談し、ミャンマーへの包括的な経済協力として、ODAや民間投資をあわせて今後5年間で8000億円を支援すると表明している。
[次のページ]