●民間市場はまさにこれから 一方で、民間企業のIT投資に関しては、「正直、これからの市場」と山元・Assistant General Manager。日立のICT領域では、グループ企業のHitachi Data Systems製のサーバーやストレージを中心に、「初歩的なシステムを提供している」。現地の民間企業では、まだ会計ソフトが普及し始めたくらいで、ERPもほとんど導入されていない状況という。新興国では、IT市場の大部分をサーバー、PCなどのハードウェアが占めることが多く、ミャンマーもその例外ではない。ソフトウェアに対価を払う文化も浸透していない。また、現地最大手といわれるIT企業のACE Data SystemsやKMDも、まだ従業員数が1000人に満たない規模にある。
そこで日立アジアミャンマー支店では、積極的なIT投資が期待できる財閥系などの大企業を、現地ビジネスのターゲットに選定。とくに、ERPに関しては、ミャンマー国内のIT企業に導入の実績が乏しいため、過去に蓄積してきた経験・ノウハウを強みとして提案している。
ミャンマー国内での日系企業マーケットも、ローカル市場と同じく、まだ育っていない。ミャンマー日本商工会議所(JCMM)によると、16年6月時点の会員数は約320社。非会員も含めると現在、約800社が進出しているとみられる。民政化以降、日系企業数は急激に増えており、日本貿易振興機構(Jetro)ヤンゴン支店には、いまも毎月400人程度が訪問がしている状況だ。しかし、日系企業の海外現地法人では、情報システム担当者がいないことが多く、IT環境の整備は後回しにされることが多い。また、JCMM会員企業では、駐在員が一人、もしくはゼロの企業が6割を占め、まだ調査段階で本格的な事業展開に至っていない企業が相当数あるとみられる。そのため、現在のITビジネスは、PC販売やサーバー、ネットワーク構築、会計システム導入などの初歩案件が中心だ。KDDIミャンマーでは、こうした日系企業を中心に法人ITビジネスを展開。サーバーやネットワークなどのSIに加え、オフィス内装や24時間ヘルプデスク、通信サービスまで、オフィス環境に必要なサービスをワンストップで提供している。

KDDIミャンマー
福田浩喜
Managing Director 特徴的なのは、レンタルオフィスサービスとして、25部屋の「ビジネスセンター」を提供していることだ。13年の拠点設立当初から手がけているものだが、KDDIグループの海外ビジネスでも初の試み。ミャンマーの日系企業は小規模な事業体が多く、多額のコストを捻出することは難しいため、レンタルオフィスのニーズは大きい。ビジネスセンターは、大容量の発電機を完備するほか、10Mbps程度の高速インターネットに対応。福田浩喜・Managing Directorは、「ウェブ会議のためだけに利用する顧客もある」と話す。KDDIミャンマーでは、レンタルオフィスで新規進出の企業と関係を構築し、顧客が本格的に事業規模を拡大する際には、サーバー構築やSIなどのITトータルサービスに結びつける戦略だ。福田・Managing Directorは、「ミャンマーでNo.1のITゼネコンを目指している」と意欲を示す。
●市場変化は速い 初期段階にあるミャンマーのIT市場だが、ビジネス環境は日々変化しており、今後は非常に速いペースで成長していく可能性がある。

ミライト・テクノロジーズ
ミャンマー
小木曽克
Managing Director
DIR-ACE TECHNOLOGY(DAT)
佐藤勇介・Head of
System Management
Division Director 大和総研と現地企業の合弁会社であるDIR-ACE TECHNOLOGY(DAT)の佐藤勇介・Head of System Management Division Directorは、「12年頃の民間企業では、システムが止まっても業務が止まることはなかった。しかし、現在は、システムが止まると業務が停止するようになってきている」と数年でIT導入が進んできたことを実感している。DATでは、ミャンマーの資本化に関するIT市場の育成事業として、証券取引所のシステムや業務支援、現地証券会社に対するシステム提供に力を注いでいる。佐藤・Directorによると、「とくに金融機関のIT化は進んでいる。ミャンマーには現在、5つの証券会社があるが、どこも外資企業のシステムを導入している」という。
また、携帯の普及も著しい。14年に10%程度だった携帯電話の普及率は、政府が携帯通信ライセンスを解禁し、ミャンマー国営郵便・電気通信事業体(MPT)、Ooredoo、Telenorの3社による安価なSIMカードが販売されるようになってから急速に普及。国際電気通信連合(ITU)によれば、たった2年で普及率は77%を超えた。このうちMPTは、KDDIと住友商事との共同事業として携帯通信を推進している。実際には、若者一人につき、複数のSIMカードを購入しているという実態はあるのだが、それでも急速に市場が拡大していることに変わりはない。通信工事大手のミライト・テクノロジーズは、こうした状況を商機と捉えて、今年2月にヤンゴンに現地法人を設立。モバイル通信の無線基地局ネットワークの通信幹線の建設に力を注いでおり、初年度は約20億円の売上高を見込んでいる。同社は100人弱のスタッフを抱えるが、そのうちの約30人はフィリピン拠点から派遣されてきたサポート人員。早期に現地スタッフを育成し、モバイル通信の無線基地局の設置が一段落したのちには、建設が進むビルやDCなどを対象にビジネスを拡大していく方針だ。小木曽克・Managing Directorは「いつでも飛躍できるように、準備を進めている」と話す。
●米国の制裁解除の影響も さらに、米国がミャンマーへの経済制裁を解除したことは、IT市場に大きな影響を与えそうだ。投資拡大を背景に、米国がグローバル標準に近い形でミャンマーに法制度の整備を促せば、外資企業が活動しやすくなる可能性がある。「本来あるべき市場競争の形が整う」と、現地の日系IT企業でも制裁解除を前向きに受け取る幹部層は多い。実際、法制度は未熟で、改善の余地が大きい。例えば、外資規制だ。同国では外資企業が輸入販売を行うことは禁止されている。日本のIT企業が、ハードウェアやソフトウェアをミャンマーで販売したい場合、現地企業を通してのみ販売が許される状況だ。実際、日立アジア ミャンマー支店では、「基本的に、すべての輸入品は現地のミャンマー国内企業の販売代理店を経由して販売している」(山元・Assistant General Manager)という。日系IT企業のなかには、コンサルティングを含めた“サービス”としてIT製品を提供することで、規制のグレーゾーンをかいくぐっているケースもあるが、このやり方ではリスクがゼロだとはいえない。しかし、法整備が進み、外資規制が緩和されれば正面からビジネスができる。
一方、米国の大手企業がミャンマー市場に参入することで、顧客の獲得争いは白熱する可能性が高い。例えば、マイクロソフトは制裁解除に先立ち、9月7日に駐在員事務所を設立した。
競合という観点では、他のアジア地域のIT企業も見過ごせない。とくに、中国系・シンガポール系は勢いがある。実際、ファーウェイは現在、ヤンゴンで大規模なオフィス拡張を進めている。ミャンマー国家計画・経済開発省投資企業管理局(DICA)によると、15年4月~16年3月のミャンマーへの直接投資額は、シンガポールと中国で約80%を占めており、一方の日本はほんの2.31%と、ほんの一部に過ぎない。
ミャンマーのIT市場は現時点では初期段階。しかし、成長の速度は速く、競争激化が予想される。この市場で商機をつかむには、早い段階で準備を整えておく必要がありそうだ。