自社を「コグニティブとクラウドの会社」と定義し、クラウド事業に不退転の決意で臨むIBM。現状ではAWS、Azureの2強勢力には水をあけられているが、ハイブリッド環境の充実したサポートや、「Watson」をはじめとする付加価値部分が今後の大きな競争力になるとし、“クラウドネイティブ”ではない一般企業の需要に応える戦略でクラウド市場を勝ち抜こうとしている。(取材・文/日高 彰)
本格化する既存システムのクラウド化需要をカバーする
「IBMはコグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社」──米IBMのバージニア ・ロメッティCEOは、今年2月に行ったパートナーイベントの講演で自社をこのように定義し、クラウドこそIBMの中核事業であるという方針を明確化した。同社は10月、「SoftLayer」のブランドで提供していたIaaSを「Bluemix Infrastructure」に名称変更し、それまでPaaSのサービス名だった「Bluemix」を同社クラウドプラットフォームの統一ブランドに格上げした。すでにBluemixのアカウントから旧SoftLayerのインフラ系サービスが使用可能となっており、PaaSレイヤとIaaSレイヤを一体のサービスとして提供できるようになっている。

三澤智光
取締役専務執行役員 クラウド市場における存在感ではAWSやAzureの一歩後を行くIBMのクラウドだが、今年7月に日本IBMの取締役専務執行役員・IBMクラウド事業本部長に就任した三澤智光氏は「これまでのパブリッククラウドは、主にクラウドネイティブカンパニーのインフラとして成長してきた」と指摘し、ウェブサービスなどの特定領域ではすでに各社のクラウドが目覚ましい実績を上げているものの、IBMは旧来の業務システムをもつ一般企業のクラウド需要にフォーカスしており、狙う市場や戦略が異なっていると説明する。「既存システムのクラウド移行や、既存システムとクラウド上のデータやアプリケーションとの連携には、ハイブリッド環境が絶対に必要。ブリック(マルチテナント)、デディケイテッド(シングルテナント)、ローカルと、ユーザーが好きな場所にアプリケーションを展開し、つなぎ込める、真のハイブリッド環境はIBMのクラウドだけではないか」(三澤取締役専務執行役員)。
今年2月にはVMwareとの戦略的提携を発表した。VMware上で仮想化済みのアプリケーションであれば、IBMのクラウド上へそのまま移行できる。VMwareはAWSとも提携を結んだが、その成果が利用できるのは来年半ば以降とされるのに対し、IBMクラウドはすでにVMware環境と統合的に利用可能となっていることを強調する。「クラウド化にあたってアーキテクチャの変更が不要なのは大きな強み。また、一度東京のIBMクラウドに乗せてもらえれば、それをグローバルのどの地域にでも無償で移していただける」(三澤取締役専務執行役員)。Bluemix Infrastructureではデータセンター間を結ぶプライベートネットワークの使用料が無料なので、とくに日本の製造業の顧客には、グローバルでのシステム統一などでメリットが大きいとしている。また、後発である分、サービスの構築にはオープンソースや業界標準の技術を積極的に採用しており、ユーザーが特定のクラウド基盤にロックインされないことも優位な点としてIBMは挙げている。

クラウド市場の競争はインフラからバリュー領域へ
ただし、三澤取締役専務執行役員は「インフラ部分のコストは、各社ともあまり変わらなくなっていくのではないか」とも話し、各クラウドのIaaSレイヤの差異は時間とともに収束し、インフラの上に乗せる「バリュー」部分が今後の主戦場になるとの見方を示す。IBMがクラウドを通じて提供する代表的なバリューがWatsonだが、それ以外にもモバイルアプリ向けの機能や、ブロックチェーン、動画処理、あるいは全世界の気象情報など、ビジネスのデジタル化を支援する機能やデータソースを充実させている。
これらの機能の多くは、APIを介して他のクラウドからも利用できるが、展開のスピードやセキュリティを考えれば、同じIBMクラウド上で扱うほうがシンプルだ。三澤取締役専務執行役員は、「インフラの部分で手を抜くことは絶対にない。しかし、これからはバリューの部分に魅力を感じて、IBMのクラウドを選択いただくというケースが増えるのではないか」と述べ、単体のITインフラとしてクラウドの導入が決まるのではなく、Watsonのようなコグニティブ技術と既存システムのかけ橋となる基盤が求められ、結果としてIBMクラウドの利用が拡大していくという図式を描く。販売パートナーにとっても、利幅の少ないIaaSの再販より、IBMクラウドの付加価値を生かした提案のほうがビジネスとして魅力的とアピールしている。