SIerのビジネススタイルがIoTやAI(人工知能)によって新しいフェーズに入ろうとしている。キーワードは「市場/価値創出型への転換」である。2017年、日本の情報サービス業界は、この“転換点”に直面することになりそうだ。従来型のビジネスを維持しつつ、新しい市場や価値をユーザー企業とともに創りあげることで、自らの成長領域を広げていく動きが、より一層、活発化する見通しだ。
「関心度1割未満」の衝撃
16年12月、FinTechに関する調査レポートが情報サービス業界で話題になった。野村総合研究所(NRI)が3年に一度実施している「生活者1万人アンケート調査」の金融編で、FinTechサービスの多くは関心度が1割未満だったことが判明したからだ(図1)。関心度が最も高い項目が家計簿アプリの29%、テレマティクス保険が12%で、クラウドファンディングや仮想通貨、P2P融資などは多くの項目で一桁台だった。
NRIの此本臣吾社長は、「技術が先行してしまうと、市場の潜在力を見失ってしまう」と指摘。生活者の関心度合いや、実際に使ってみたいと思う気持ちとのギャップを埋める努力を怠ると、売り上げや利益につながらず、期待外れに終わってしまいかねない。逆にギャップを埋めることができれば、チャンスとなる。
IoTやビッグデータ、AI、FinTechなど、情報サービス業界には新しい技術が目白押しだ。しかし、実際の市場ニーズとはまた乖離している部分が多く残っている。どのようなサービスに仕立てたら受け入れられるのか、ギャップを埋める方法をユーザー企業とともに考え、新しい市場を創り出していくことが求められている。
「新しい技術」と「市場への浸透」にタイムラグがあることを示した「ハイプ曲線」をイメージし、時間軸を考えながら市場や価値の最大化につなげることで、SIerは新しい市場、新しい収益源を手にすることができる。この新しい市場、新しい価値にアクセスするための“転換点”が17年だと考えるSIer経営者が増えている。
市場とのギャップ
顕在化していない市場をどう捉えるか、どう定義していくかは、SIerが成長していく上で今後、より重要なテーマになる。
組み込みソフト開発に強いコアは、「市場定義」を巡って貴重な教訓を得ている。コアは、10年余りにわたって衛星測位システムの開発に取り組んでおり、情報サービス業界では屈指の技術力を誇るものの「過去の衛星測位関連ビジネスの評価は40点」(松浪正信社長)と、厳しい点数をつける。この背景には、衛星測位システムのビジネスターゲットをどこにするのか、潜在市場はどこにあるのかの「市場定義が十分でなかった」(同)ことを挙げる。技術はあるが、コア自身が納得できるような大きな市場を創り出せなかったと振り返る。
17年、待望の国産測位衛星「みちびき」が、追加で3基打ち上げられる予定だ。コアでは5月、7月、9月と順に打ち上げられるとの情報を得ており、順調に行けば、打ち上げからまもなく実際に新衛星からの電波をキャッチして、コアが長年積み重ねてきたセンチメートル単位の超高精度の測位システムの実証を始められる。期待が膨らむのと同時に、今度は市場を明確に定義し、「マーケティング活動も含めて、潜在需要を顕在化させ、収益の柱に育てていきたい」(同)と話している。
ITの発想だけでは限界
技術的にも大きく進歩している。当初、コアが手がけていた衛星測位は、米GPSの電波を高感度で受信する技術だった。今、取り組んでいるのは日本の「みちびき」と、米GPS、欧州ガリレオなど複数の衛星、複数の電波周波数に対応した「多周波/マルチ衛星」技術を駆使し、センチメートル級の超高精度測位を可能にするもの。「高感度測位」から「高精度測位」へと技術的にシフトするタイミングで、一気に市場を顕在化させる戦略である。
松浪社長は、「われわれITベンダーが思いつくような超高精度測位の用途程度では恐らく大きな市場はみえてこない」とし、さまざまな業種・業態のユーザーとの協業のなかでイノベーションを起こしていく必要があると話す。「こんな技術があります」と話をもっていくのではなく、多周波/マルチ衛星測位という、これまでにない新しい技術と、市場の潜在ニーズをうまく橋渡しをするマーケティング力、ユーザーのビジネスを創り出していく市場開拓能力が試されているとしている。
冒頭のNRIの調査で浮き彫りになった「FinTechサービスの多くは関心度が1割未満」の現実と、FinTechで盛り上がるIT業界とのギャップを埋めていくのも、これからのSIerのビジネスに求められていることと文脈的には同じだ。SIerの提案力の強化はもちろん必要だが、提案するだけでは、プロダクトアウトの延長線上に過ぎない。さらに一歩踏み出して、市場のニーズとのギャップを埋める、潜在市場を発掘する価値を創出していく力を養っていくことが、今後の業績の“伸びしろ”につながる。次ページからは、より多角的にSIerの新しいビジネススタイルをみていく。
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