SIerの“伸びしろ”ギャップを埋める力量で決まる
2017年は、SIerのビジネスの転換点となるような新しい技術が普及期を迎える年になる見込みだ。その代表格がIoTやAIである。新しい技術をユーザー企業の実ビジネスにより深く落とし込み、SIerが目指す価値創造型システムのビジネスとして結実させられるかどうかが、腕の見せどころとなる。新しい技術とユーザーの実ビジネスとは、ギャップが発生しがち。その溝をどう埋めていくかでSIerの成長の“伸びしろ”が決まってくる。
転換を象徴するIoT/AI
SIerのビジネススタイルの転換を象徴する技術の筆頭に挙げられるのがIoTである。各種センサから得た情報をビッグデータ分析やAIの判断材料にするベースとなるのがIoTであるとともに、これまでアナログだった業務をデジタル化するという意味において、新領域を開拓するアイテムと位置づけられている。
当然、アナログ業務とのギャップは大きく、SIerがそのギャップを埋めていくことで、新しい価値を創り出していくプロセスが必要になってくる。SIer幹部のなかには、「かつてのERPやグループウェア以来の大きな業務改革の波がきている」と指摘する声もある。IoTの適用領域は、従来の主にバックエンドの定型業務でメインのERPや、情報共有系のアプリケーションと大きく異なる。しかも業種・業態を問わず、あらゆる領域に適用できる汎用性があり、さらにはビッグデータ分析やAIと組み合わせることで、業務革新にもつなげられる潜在力をもつ。
IoTを巡って、17年は大きな動きがある。「IoTのラストワンマイル」と呼ばれるLPWA(低消費電力/広域無線通信)サービスが国内でも本格的に始まるからだ。IoTを野外の電源のないところで使う場合、低消費電力で広域をカバーする無線通信ネットワークが欠かせない。LPWAはIoTの利用を前提とした新しい無線通信網で、通信速度は遅いものの、低消費電力で1デバイスあたりの通信料金が安いのが特徴だ。
IoTは日本と相性がいい
SIerの京セラコミュニケーションシステム(KCCS)は、17年2月から、順次LPWAのサービスを始める。フランスのSIGFOXが世界に展開している方式を国内に導入するもので、サービスの提供や無線基地局のインフラ構築をKCCSが手がける。通信量にもよるが、1デバイスあたりの通信料金は年額100円から、電池駆動で最大5年間使える仕様だ。
図2で示した通り、LPWAは通信速度が速く、電力消費も大きいWi-FiやLTEとは対極に位置すると同時に、ICカードなどで使われる非接触通信(NFC)やZigBeeのような近距離無線通信よりもはるかに広域で通信が可能になる点が、従来の無線通信方式とは大きく違う点である。
KCCSは、システム構築(SI)部門と、携帯電話の無線基地局の維持運営などを手がけるエンジニアリング部門の両方を擁しており、今回のSIGFOX事業では、基地局の整備をエンジニアリング部門が担い、IoTのアプリケーション部分をSI部門が担当する布陣で、KCCSのもてる強みをフルに生かしていく。17年度末までに、まずは全国の主要都市でSIGFOXサービスを利用できるよう環境整備を急ぐ方針だ。
SIGFOX事業を手がける過程で、KCCSの黒瀬善仁社長は「IoTと日本の産業は、案外相性がいいのではないか」と感じるようになったという。温度、湿度、花粉、水位、加速度、振動といった無数のセンサをビジネスに活用するのがIoTだが、京セラを含めて国内の電気電子産業は、こうしたセンサをたくさんつくっている。「センサ単体で売れば50円かもしれないが、IoTと組み合わせてサービスに仕立てれば付加価値が高まる」(黒瀬社長)と考える。例えば、単品販売で50円だとしても、サービス化によって年間50円で5年の契約にすれば250円になることをイメージするとわかりやすい。
製造業のサービス業化や、それによってユーザーのビジネスも活性化する効果が得られる構図だ。
継続課金型で手堅い収益に
IoTとAIをビジネスの前面に押し出している東芝インダストリアルICTソリューション社は、工場のスマート化や、水処理装置の監視・保守、ドローンを活用した鉄塔点検、コンタクトセンターでの音声認識/同時通訳、感情認識、都市設計、スポーツに至るまで、100件を超える実証実験を手がけ、150社余りと商談を進めているという。16年11月には東芝独自のIoTアーキテクチャ「SPINEX」を発表し、「業種・業態の垣根を越えて世界規模でビジネスを推進していく」(錦織弘信カンパニー社長)と意気込む。
ポイントは、東芝のエネルギーシステムソリューション社やインフラシステムソリューション社、ストレージ&デバイスソリューション社のそれぞれのカンパニーと連携して、IoT/AIをグループ横断的にクロスセルしていく点である。よって、IoT関連ビジネスの売り上げ目標も、東芝インダストリアルICTソリューション社単体ではなく、東芝グループ全体で20年までに直近の2倍に相当する2000億円に拡大させることを掲げている(図3参照)。
その多くがクラウドサービスと同様に“継続課金”型のビジネスになる見通しで、従来型のSIに比べれば「売り上げが立つのに時間がかかる」(同)傾向にある。実証実験や概念実証(PoC)の手法で地道に事例や知見を積み上げ、いざ受注しても継続課金型であるため、5年なら5年、10年なら10年の契約期間で地道に売り上げを積み上げていくモデルが東芝のIoTビジネスの特徴ともいえる。見方を変えれば、IoTビジネスはストック型のビジネスで、増収効果が見込めるまで時間がかかるが、一旦軌道に乗れば、クラウドサービスのように安定収益を支える手堅い収益構造を構築することも容易になる可能性がある。
向こう10年の稼ぎ頭としての期待
IoTビジネスは、SIerの収益モデルを変えていくきっかけになる。年商2000億円を超えて大きく成長を続ける新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)が、過去10年を振り返って自身の収益モデルを分析したところ、過去の転換点は「クラウド」の登場にあったという。NSSOLは、07年に同社初のクラウド型ITインフラサービス「absonne(アブソンヌ)」を投入して、本格的にクラウドサービスに進出した。図4は、NSSOL自身による業績シミュレーションで、もし、クラウドビジネスに進出していなかったら、年商2000億円を超える成長は果たせなかったと推測している。
多くのSIerは、ユーザーの要望通りにソフトウェアを開発する受託仕事から始まって、その後は、ユーザーの業務を効率化したり、売り上げにつながるような提案型の営業スタイル、さらにはBPOやITOなどのアウトソーシングによってストック型ビジネスを増やすことで事業を伸ばしてきた。NSSOLでは、受託ソフト開発中心の従来型のSIビジネスを「NSSOL1.0」と呼び、クラウドや上流工程から顧客と一緒になってITシステムを考える“ITパートナーモデル”を「NSSOL2.0」と位置づけている。2000億円超は、まさに1.0と2.0の組み合わせによって達成できたといえる。
向こう10年を見据えたとき、SIerのビジネススタイルは、いま一度、大きな変化を遂げる必要があり、それが「デジタルイノベーションモデル」だと、NSSOLの謝敷宗敬社長は考えている。就労人口が減少していく国内情勢を踏まえて、生産性を高めたり、技能を伝承したり、作業の安全性を担保するような分野で、デジタルイノベーションを起こしていくことが、次の成長につながる。同社では、こうしたモデルを「NSSOL4.0」と名づけ、その基盤となる「IoX」技術を磨いていく方針を示している。
「IoX」とは、IoT(Things=モノ)やIoE(Everything=すべて)、IoH(Human=ヒト)などのあらゆるものを包含する意味で、例えば生産設備や工場、製品のスマート化に応用していくことで、ユーザー企業のビジネスの価値創出につなげていくとみられる。
ITとの距離が遠くなる ユーザーと共通のビジネス目標を
IoTやAIによって新しい市場を創り出したり、価値を高める「市場/価値創出型」のビジネススタイルは、言い換えれば、SIerの提供する価値が“ITとの距離が遠ざかりつつある”現象でもある。ERPパッケージの販売やカスタマイズは、用途が明確なIT商材を販売するという意味で、従来のSIの延長線上にあったが、IoTやAIは用途が広範囲に広がるため、それ単体では価値に結びつきにくい。SIerのビジネススタイルは常に価値を創り出す方向へと向かっているが、今後はユーザー企業のビジネス創出により近い存在になる。
SCSK
谷原 徹
社長
SCSKの谷原徹社長は、「ユーザー企業の競争力を高めるために仕事をするのがSIerの基本」と指摘している。IoT/ビッグデータ、AIと新しい技術と、ユーザー企業のニーズとはギャップがあり、新技術だけをもっていてもうまくいかない。新しい技術をもっているのはIT企業としてあたりまえで、その上で「ユーザーと一緒に地べたを這ってでもビジネス目標を達成する」(谷原社長)ことが、これからのSIerの成長に不可欠な価値創造型モデル(SoE)の基本だと話す。こうした価値創造があってこそユーザーは高いお金を支払ってでもSIerにアウトソーシングする動機づけになる。