Special Feature
AIを追い風に離陸寸前! そろそろ知っておきたい 量子コンピュータ
2017/10/18 09:00
週刊BCN 2017年10月09日vol.1697掲載
富士通がD-Waveを超える!
富士通は、量子アニーリング方式のコンピュータ「デジタルアニーラ」を、クラウド形式で今年度内の提供開始を予定している。計算能力は、D-Waveの量子コンピュータ以上とされ、すでに複数のユーザーに先行提供しているという。デジタルアニーラの特徴は、量子を使っていないところ。これまでのコンピュータで量子状態を再現し、量子アニーリング方式の処理を実行している。具体的には、「0」と「1」の両方のビットを用意して、並列計算している。疑似的に量子状態を表現しているとはいえ、その処理能力は量子コンピュータそのもので、前述の巡回セールスマン問題で、スーパーコンピュータ京で8億年かかる処理を、1秒で実行できる実力を備えている。
「8億年というのは、まじめにすべてのパターンを愚直に計算した場合。実際には、もっと短い時間で計算できるはず。とはいえ、膨大な時間であることには変わりない。それがデジタルアニーラであれば、1秒で終了する」と、東部長代理は明言する。
デジタルアニーラは、1024量子ビット。D-Waveの量子コンピュータの半分となる量子ビット数だが、アドバンテージはいくつもある。一つは、量子コンピュータで利用する超低温の冷却装置が不要で、常温で動作するということ。その分、小型化ができる。デジタルアニーラは、1ラックの大きさに収まるため、スーパーコンピュータ京とも比較にならないほど小さい。量子を使っていないため、安定して動作する。大関准教授も「既存のコンピュータを活用していることから、精度がいい」と評価している。
また、D-Waveの量子コンピュータはビット間結合が近接の6ビットだが、デジタルアニーラはフル結合。量子ビット間の“距離”の表現も、デジタルアニーラのほうが多く表現できる。量子ビット、ビット間結合、距離の3次元で考えると、処理能力は圧倒的になる。詳細は割愛するが、1024量子ビットという数字以上の実力を活用できるのである。
量子を使わずに量子コンピューティングを実現した富士通だが、東部長代理は「量子は必要。アニーリングでは同じようなことを実現したが、量子ゲート方式では量子が必要になる」とし、いずれは量子ゲート方式にも取り組んでいきたいとしている。
また、富士通は、カナダの1Qbitと提携。同社は、D-Waveの量子コンピュータでソフトウェアを開発しており、生命科学や金融分野、エネルギー分野、小売り流通分野などで多くの実績を残している。それらのソフトウェアは、同じアニーリング方式を採用する富士通のデジタルアニーラにおいても機能するため、協業に至った。1QbitはAIにも注力していて、富士通が提供しているZinraiのクラウドサービス上で「FUJITSU Cloud Service K5 Zinraiプラットフォームサービス Zinraiディープラーニング」のオプションとして、17年度内の提供開始を予定している。

量子コンピュータを無償開放
量子アニーリング方式が先行するなかで、量子ゲート方式に注力するのがIBMだ。同社は16年5月に、世界で初めて量子コンピュータをクラウド形式により無償で公開。より多くの研究者に開放することで、量子ゲート方式に最適なアルゴリズムが開発されることを期待している。デフォルトは5量子ビットで、今年の5月からは16量子ビットまで使えるようになっている。数年後には、50量子ビットにすることをIBMは当面の目標としている。ちなみに、D-Waveの量子コンピュータは2000量子ビットだが、方式が違うため、単純には比較できない。日本IBMの沼田祈史・研究開発ストラテジー&オペレーションズ Technical Vitality & University Relations課長は、無償で利用できることから、学生に紹介することで、量子コンピュータの普及に努めている。「行列やテンソルの計算など、大学で数学や量子力学を学ぶこともあって、量子コンピュータに興味をもつ学生は多い」。サイト上ではシミュレータも提供されているため、手軽に量子コンピュータを体験できる。

IBMが無償で公開している量子コンピュータのログイン画面。
同サイトでは、シミュレータも提供されており、疑似的に量子コンピュータを利用することができる
ただ、D-Waveの量子コンピュータのように、製品化するには至っていない。量子ゲート方式は、「理論は進んでいるものの、物理的に難しい面が多い。絶対零度に近い温度にして、外部のノイズから守らなければならない。長時間、量子状態を保つのも難しい」と、沼田課長は説明する。IBMの量子コンピュータは、ニューヨークのマシンルームに設置されており、外に持ち出せるような状態にない。
量子アニーリング方式よりも、後れを取ったかたちの量子ゲート方式だが、将来性は汎用性が高い量子ゲート方式に軍配が上がる。「アルゴリズムを考えれば、何にでも利用できる。IBMとしては、最適化問題やAIに加え、暗号化といったセキュリティ関連での応用も研究している」という。
IBMの量子コンピュータは、クラウドで提供されているため、場所を選ばずに利用できる。利用方法も簡単で、SNSのIDがあれば登録不要で使えるなど、クラウドならではの使い勝手になっている。
「これまで数万人が使っていて、多くの論文が提出されている。利用希望者が多いため、待ち状態になっていて、アルゴリズムの実行結果は後日メールで送られてくるようになっている」というほどの人気になっている。なお、使用にあたって量子コンピュータの知識は不要なものの、数学の知識なしで利用するのは現時点では難しいとのこと。数学の知識は社会に出ると忘れがちなので、若手に期待というところか。

既存の資産を量子の世界へ
AI関連のビジネスが動き出したことで、次の事業として日本ユニシスでは量子コンピュータの研究に着手している。とはいえ、そのスタンスはユニークだ。ハードウェアを開発するのではなく、これまで培ってきたノイマン型コンピュータのノウハウを量子コンピュータに適用することに注力しているのである。「コンピュータのいいところは、物理的にどうかを知らなくてもプログラムが書けるところ。PCが「0」と「1」で処理しているということを知らなくてもいい。量子コンピュータの仕組みは難しいが、知らなくてもプログラムを書けるようにしなければならない。人類はこれまで、膨大なプログラム資産や知見がある。部分的には量子コンピュータでも活用できる。ただ、量子コンピュータが普及してからではなく、今からできることをやっておくべき」と、日本ユニシスの川辺治之・総合技術研究所上席研究員は、これまでのIT資産を量子コンピュータでも生かすための研究を進めている。
量子力学では、量子を説明するのに「シュレーディンガーの猫」がよく用いられる。箱に入った猫は、ふたを開けるまで生きているか死んでいるかわからない。生と死の両方の状態にある。結果は、調べたタイミングで変わる。
「量子コンピュータも、デバッグをすると、1回目と2回目で結果が変わる。これは現在のコンピュータにはない。これまでのデバッグやソフトウェア検証が使えないので、動かして確認ではなく、プログラムの“字面”を確認する形式的手法になる。それが確立すれば、量子コンピュータを使わなくても、量子コンピュータ用プログラムがうまく動くことを判定できる」ことから、川辺上席研究員は量子コンピュータ用プログラムを今から用意しておくことは可能だと説明する。ちなみに、「シュレーディンガーの猫」のシュレーディンガーとは、量子物理学を築き上げた物理学者である。
川辺上席研究員は、量子アニーリング方式ではなく、より汎用的な量子ゲート方式を対象に研究を進めている。「実は量子ゲート方式がどのような処理に向いているかは、あまりわかっていない。暗号化で使用される因数分解といった数学的な部分では進んでいるが、それ以外はこれから。そもそも古典的な計算機の上でいろいろ考えているため、それをうわまわる考え方をするのは難しい。ついつい、無意識で考え方が古典的になっている。それでは最適な量子アルゴリズムが生まれない。その点では、量子コンピュータが身近にある“量子ネイティブ”な世代に期待したい」。
量子コンピュータとAIの関係については、「同じようなデータをたくさん計算するAIの世界は、量子コンピュータ向き。その点では、組み合わせ最適化問題を得意な量子アニーリング方式がいいのではないか」と、川辺上席研究員も親和性が高いと考えている。

人間も宇宙も量子でできている
大関准教授は、10月1日に国内の大学としては初めてとなる「量子アニーリング研究開発室(QARD)」を立ち上げた。D-Waveの量子コンピュータを使い、社会問題の解決に取り組む。「日本独特の観点で、実例を示したい。例えば、津波発生時の避難指示。機械学習で、最適な逃げ道を支持できるようなソフトウェアを開発していく」とのことである。そして、未来に向けた取り組みとしては、やはりAIがある。現在のAIではなく、人間の知能と同等の汎用人工知能だ。「汎用人工知能を実現できないのは、人間のことがわかっていないから。囲碁や将棋はルールが明確だから、AIで対応できる。人間は、量子が集まってできている。そのルールがわかれば、汎用人工知能がみえてくる。量子力学という物理法則は、そこで必要とされてくる」。つまり、AIには量子コンピュータなのである。
究極の大規模光量子コンピュータ
東京大学は9月22日、工学系研究科の古澤明教授と武田俊太郎助教が、どれほど大規模な計算も最小規模の回路構成で効率よく実行できる究極の光量子コンピュータ方式を発明したと発表した。同方式のポイントは、ループ構造をもつ光回路を用いて、計算の基本単位となる「量子テレポーテーション」回路1個を無制限に繰り返し用いて大規模量子計算を行うところにある。これによって実現する量子コンピュータは、原理的に100万個以上の量子ビットを処理できるという。内容を理解するのは容易ではないが、量子ビットの数から、尋常ではない規模感を得られるのではないだろうか。量子ビット数だけでなく、光回路規模が極限まで小さくなるうえ、計算も効率よく実行できる。この結果、量子コンピュータの大規模化と、それに必要なリソースやコストを大幅に減少することが期待される。
AIに注力するマイクロソフト
マイクロソフトは9月26日、フロリダ州オーランドで開催した年次イベント「Microsoft Ignite」において、量子コンピュータへの取り組みを発表した。将来的に同社のクラウドサービス「Microsoft Azure」上で提供できるようにし、「Visual Studio」と統合した開発環境も用意するという。開発者は、デバッギングやその他サポート、最新のシミュレータをローカルでもAzureでも実行できる。しかも、これらのツールは本年末までに無償で提供開始するとのこと。近年、AIへの注力を明確にしてきたマイクロソフト。量子コンピュータへの取り組みも、将来的にはAIと融合していくはずである。利用者が多いVisual Studioだけに、量子コンピュータとAIの発展に大いに貢献すると期待したい。
Quantum Computer
現在のAI(人工知能)は、音声認識か画像分析、データ分析など、得意分野が明確になりつつある。逆にそれは、現在のAIに限界を感じるポイントにもなっている。AIでイメージする「人間の代替」の実現は、どうしてもみえてこない。原因がどこにあるのか。もしかしたら、現在のコンピュータにあるのもしれない。「脳が量子でできているのなら、AIも量子力学の性質を利用するべき」。量子コンピュータの周辺がざわついてきたのは、そうした背景があるからだ。(取材・文/畔上文昭)
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