フリーランスが働きやすい島
「仕事を優先するなら東京になる」。奄美市産業創出プロデューサーを務める勝眞一郎・サイバー大学教授は、そう考えている。地方創生に取り組むも、思うような成果を出せていない地域がほとんど。問題はどこにあるのか。「どこにいてもできる仕事。ここにしかない暮らし」がポイントになると勝教授。それをヒントに奄美市が取り組んでいるのが、「フリーランスが働きやすい島」という働き方改革である。(取材・文/畔上文昭)
勝 眞一郎 奄美市産業創出プロデューサー
企業誘致よりも
フリーランス
奄美市がフリーランスに着目するのは、企業誘致には撤退のリスクがあるからだ。「企業を誘致しても、地域で雇用がうまくいかなかったり、業績が悪くなったりすると、数年で撤退してしまう。残された地域は、撤退の影響が大きく、リカバリするのは非常に難しい」と、勝教授は企業誘致のリスクを説明する。そこで、フリーランス。地域の実情を考慮すると、子育てを終えて時間に余裕ができた女性や、UターンやIターン希望者の受け皿としては、フリーランスに活躍の場を用意するのが最適という結論である。
奄美市商工観光部商水情報課の麻井庄二・課長補佐兼情報政策係長(写真左)、
稲田一史・情報政策係(フリーランス支援窓口)主査
フリーランスの対象の一つは、ITエンジニア。首都圏とは地理的に遠く、輸送コストがかかる。そのため、インターネット回線があれば首都圏の仕事を請け負うことができるIT産業に注力ということになる。「奄美市では、地域産業の柱である農業と観光に加え、将来を見据えて情報産業にも注力している。それも企業誘致ではなく、Uターンや移住など、個人に対して支援をしている」と、奄美市商工観光部商水情報課の麻井庄二・課長補佐兼情報政策係長は同市の施策を説明する。同施策の名称は「フリーランスが最も働きやすい島化計画」。今年は5年計画の3年目で、島で暮らしながら稼ぐITエンジニアを増やすことに注力している。また、後述するように、島内のIT産業としても、フリーランスのITエンジニアが活躍できる場を用意している。
ちなみに、フリーランスが最も働きやすい島化計画の対象は、ITエンジニアだけでなく、子育てを終えた女性や、仕事を求めて移住してきた人なども働けるように、島の写真を撮って記事を書くフォトライターや、首都圏の企業が運営するウェブサイトの記事をライティングするといったフリーランスの仕事ができる仕組みを用意している。「未経験者がITのスキルを身につけるのは難しい。インターネットを使ってできることを掘り起こしていく」と、奄美市商工観光部商水情報課の稲田一史・情報政策係(フリーランス支援窓口)主査は語る。5年計画のゴールは、フリーランスの育成で200人、移住者で50人。目標達成に向け、定住のための住宅整備などを進めている。
島のエンジニアを育てる
専門学校
奄美市には、奄美情報処理専門学校があり、ITエンジニアを輩出してきている。前身は、2002年設立の奄美情報処理専門学院。05年に専門学校の認可を受け、現在に至る。
アイ.タイムズ 原永秀浩 システムソリューション事業部
奄美ニアショア開発センター プロジェクトマネージャ
学費が安いことと、豊かな自然を求めて、県外からくる生徒もいるが、多くは島内出身者。1学年で平均10名程度のアットホームな専門学校で、少人数ゆえ、しっかり勉強できると好評を博している。
奄美情報処理専門学校
福山洋志
学校長
島内には約20社のIT企業があるが、奄美情報処理専門学校では都市部のIT企業への就職を基本としている。「ITの最先端は首都圏に行かないと知ることができない。島内のIT産業は、都市部のニアショア開発を請け負うケースがほとんど。島内だけでは、仕事の発注側がみえない。そのため、まずは都市部のIT企業で経験を積み、将来的にUターンしたいと望んだときに、島内のIT企業が受け皿になることを想定している」と、奄美情報処理専門学校の福山洋志学校長は説明する。
また、フリーランスとしてUターンすることも、奄美のIT産業は歓迎している。「奄美大島のIT企業は以前、仕事の奪い合いをしていたが、組合で請け負うようにして、価格競争にならないようにしている。個人事業主も、そこに参加できる」(福山学校長)。奄美情報処理専門学校の卒業生は、これまで約30人がUターンし、島内でITエンジニアとして働いているという。なお、島内最大手のIT企業、アイ.タイムズでは教育体制を整え、未経験者の採用も進めている。アイ.タイムズの原永秀浩・システムソリューション事業部奄美ニアショア開発センタープロジェクトマネージャは、「多くの案件を抱えていることもあり、エンジニアの確保が大きな課題になっている。Uターンだけでは補えないため、未経験者の採用を進めている。今年は4人の未経験者を採用した」と語る。専門学校に始まり、地域の受け入れ態勢が整ったことで、さらに次の一手へ。奄美大島のIT産業に好循環が生まれようとしている。
奄美大島ではIターンを希望するITエンジニアも受け入れているが、続かないケースが多いという。その要因を福山学校長は、「奄美大島の自然が気に入ってIターンしても、生活しにくいと感じてしまいがち。それは、島の暮らしを知らないから」と考えている。勝教授は、働き方改革の問題点も同様だとして、次のように指摘する。「働き方改革の取り組みは、それ単独ではうまくいかない。同時に暮らし方も考慮する必要がある。都会で働くのも、島で働くのも、どちらでもいい。大事なのは、暮らし方の選択」。青く透き通った海と仕事。奄美大島の取り組みは、働き方改革ではなく、暮らし方改革である。
奄美市ICTプラザかさり
フリーランス施策に注力する奄美市だが、島内には情報通信産業の企業を誘致するためのインキュベート施設「奄美市ICTプラザかさり」もある。奄美空港が近く、周辺には豊かな自然。都市部から自然を求めて転居してくるスタートアップ企業の受け皿となっている。
別館にはコワーキングスペース。なんと、1時間50円という格安価格で利用できる
同施設がオープンしたのは、5年ほど前。奄美大島紬(絹織物)の生産工場を改装し、サーバールームや高速インターネット回線を整備した。台風の影響で停電することがよくあるため、自家発電施設も装備している。
インキュベート施設を用意して、IT企業の誘致に動く地域は多い。とくにソフトウェア産業は、インターネット回線さえ整備されていれば、問題なく業務を遂行できるからだ。ところが、その思惑通りに企業誘致に成功している地域は少ない。では、奄美市ICTプラザかさりはどうか。同施設には七つのインキューべートルームがあるが、6社が入居しており、1社が検討中という人気ぶりとなっている。その成功要因について、奄美市産業創出プロデューサーの勝教授は、「地域が好き、自然が好き、だけでは続かない。奄美市ICTプラザかさりでは、入居を希望する企業に奄美大島で末永く活動してもらいたいと考え、しっかりと審査している。例えば、首都圏の顧客をつかんでいるかどうか。奄美大島に来てから、市場を開拓するのは難しい。また、腕を磨くという姿勢があるかどうか。2から3か月に1回は、首都圏に行くというフットワークの軽さ。そして、奄美大島の自然が好きであること」と説明する。
奄美市ICTプラザかさり。
奄美空港から車で3分というアクセスのよさから、首都圏の仕事を抱えるスタートアップ企業が入居している
奄美市ICTプラザかさりでは、入居する企業同士のコミュニケーションを高めるため、月に1回はバーベキューなどを実施しているという。とはいえ、「余計なおせっかいはしない」が基本方針。大自然のなかで、のびのびと仕事ができることを望んでいる。
フリーランスを支援する「しーまブログ」
奄美大島の情報をブログで発信することで、地域の活性化に取り組んできている、しーまブログ。奄美大島の住民が情報を発信するためのポータルとしての役割を担っており、2010年のスタートから延べ5000ブログ、月間平均250万ページビューの実績を誇る。
しーまブログを運営していくなかで、多くの観光客が印刷物での情報を求めていると知った深田小次郎代表は、島内の飲食店ガイド雑誌を創刊。そこから横展開し、現在では島内の住民に向けた女性誌や転職情報誌なども手がけており、内製化のための編集部体制も整えている。
その編集機能を必要としたのが、奄美市の「フリーランスが最も働きやすい島化計画」だ。しーまブログは、奄美市と首都圏の企業との連携によって推進している、ウェブ制作系フリーランス(ライター)のサポート役を担っている。「9月は33本の記事を納品した。記事は主にSEO対策用で、ウェブサイトを運営する企業からの依頼となる」(深田代表)という。
しーまブログの深田小次郎代表(左)と編集部のみなさん(左から三番目は勝教授)
また、同社では観光フォトライター講座を実施し、島の情報発信をするフリーランスのライターを支援している。「奄美大島の観光は右肩上がりで成長しているが、情報が足りない。島の発展は情報量に比例する。情報量を増やすためにも、フリーランスとしての働き方が成り立つように支援していきたい」と、深田代表の島に対する想いは熱い。継続は容易ではないとしつつも、自分の世代で島が発展する仕組みづくりを確立することを目指している。