大手ベンダーも攻勢
総合力では新興勢力に圧倒的な優位性
これまで見てきた企業は、どれもHRテックが注目を浴びたこの3年の間に関連事業を開始したベンチャーだ。各社に共通する戦略は多い。例えば、販売面では直販が中心。ビズリーチもネオキャリアも、ヒューマンキャピタルテクノロジーの親会社であるリクルートも、企業の人事部門とは既存の人材サービス事業で深い関係にあり、これを提案の起点としている。一方で、従来からHR商材を手がけてきた大手ITベンダーの取り組みの状況はどうか。また、彼らはHRテックベンチャーをどう認識しているのか。
SAPジャパン
フルクラウドで人事全域をカバー
稲垣利明
人事・人財ソリューション
事業本部長
バイスプレジデント
「SAP SuccessFactors」を提供しているSAPジャパン。同社は5月17日、日本市場における2018年度戦略を発表。稲垣利明・人事・人財ソリューション事業本部長バイスプレジデントは、「今日の人事部門は、過去に経験したことのないような変化の時期に直面している」と述べ、3つの観点で支援する方針を示した。
一つは、人事業務のフルクラウド化だ。これまで、SuccessFactorsはタレントマネジメントのソリューションとして提供してきたが、今回、日本市場向けにクラウド型の給与計算、労務管理の機能を追加し、新たに「SAP SuccessFactors HCM Suite」として提供を開始。あらゆる人事業務をクラウドサービスとしてカバーする。人事システムが複数に分散している企業では、従来バージョンアップや改修時に手間とコストがかかっていたが、SAP SuccessFactors HCM Suiteでは、SAP側が更新を行うため、ユーザーは負担を軽減できる。
二つめは、グローバル展開の支援だ。日本企業のグローバル化が進むにつれて、海外拠点での人材育成・マネジメントに対する需要が増しているからだ。SuccessFactorsは、すでに91か国の人事関連法規例に対応しており、直近では、5月25日に施行された「EU一般データ保護規則(GDPR)」にも対応した。海外に拠点をもつ日本企業は安心して利用できる。
三つめは、エコシステムの強化。パートナー経由での販売に重きを置くSAPジャパンでは、SuccessFactorsで37社のパートナーを抱えているが、18年は新たに100人の専門コンサルタントを育成。顧客ニーズへの対応を強化する。
SAPジャパンとHRテックベンチャーと比べた場合、包括的なクラウドサービス、グローバル対応、間接販売の3点は差異化ポイントとなる。とくに海外対応は、歴史の浅いHRテックベンチャーが不慣れな部分で優位性は大きい。
SuccessFactorsは、日本市場では12年から17年までの間に、事業規模が7倍に拡大したという。稲垣・バイスプレジデントは、「タレントマネジメントなど攻めの部分はもちろん、各国の法規制対応といった守りの部分も強固にして、日本企業の人事の方々に攻めと守りの武器を提供していく」と抱負を述べた。
日本オラクル
人事部門の「ビジネスパートナー化」を支援
近年、クラウドビジネスに力を注いでいる日本オラクル。HRテック領域では、人事業務を包括的に支援する「Oracle HCM Cloud」を提供している。過去3年間で、販売実績は倍々のペースで拡大しているという。
使いこむほどパーソナル化されたUIに進化していくユーザービリティ、複雑な組織構造に対応する拡張性、データをどこからでも取り込み分析できるインテリジェント性などが同製品の特徴。ERPやCX(カスタマーエクスペリエンス)といったオラクルの基幹システムと併用すれば、統合的なデータ分析によって新たな価値を生み出すことが可能だ。
クラウド・アプリケーション事業統括の丸島美奈子・事業開発本部ビジネス企画・推進部HCM担当シニアマネジャーは、「これまで人事部はコストセンターとみられていたが、Oracle HCM Cloudでは、人事部門が付加価値の高い業務を遂行し、各事業部の活動に貢献する“ビジネスパートナー”に変わることを支援する」と説明する。
クラウド・アプリケーション事業統括の津留崎厚徳・
ソリューション・プロダクト本部HCMソリューション部部長(写真右)と
丸島美奈子・事業開発本部ビジネス企画・推進部HCM担当シニアマネジャー
HRテックベンチャーが提供するソリューションは、採用管理、勤怠管理など、部分的な機能が多く、主な導入メリットは生産性の向上だが、オラクルの場合、人事部の役割に変革をもたらすソリューションという点でコンセプトで異なるという主張だ。クラウド・アプリケーション事業統括の津留崎厚徳・ソリューション・プロダクト本部HCMソリューション部部長も、「訴求の仕方が違うため、HRテック企業は、競合にはならない。実際、コンペで競争したことは一度もない」と話す。
また、津留崎部長は、「データベース(DB)を含めて統合されたプラットフォーム上で包括的なサービスを提供している」と強調する。例えば、オラクルは12年にタレントマネジメントの米Taleoを買収したが、多額の投資をかけて再開発を行い、同一のプラットフォーム上に構築している。一方、競合のSAPは、買収したSuccessFactorsやAribaをUIレベルでは統合しているものの、DB層は別々の構成のまま。データ活用での利便性が異なるのだ。
HRテックベンチャーでは、包括的なソリューションの提供を目指す企業もあるが、津留崎部長は、「対応している人事業務の幅の広さと、その業務ひとつに対する深さという点で、当社製品とは充実度が異なる」と説明。HCM領域で30年の実績・経験をもつオラクルに、新興ベンダーが数年で追いつくことは難しいとみている。
ワークスアプリケーションズ
HRテックベンダーとは競合より協業
プロダクトソリューション
事業本部
ソリューションプランニング
グループ
松本耕喜
バイスプレジデント
国産ERP大手のワークスアプリケーションズ。2016年1月に販売を開始したクラウドネイティブのERP「HUE」でも人事システムを提供しており、プロダクトソリューション事業本部ソリューションプランニンググループの松本耕喜バイスプレジデントは、「18年6月期は昨年度比で順調に伸びている」と好調をアピール。既存顧客の更改案件だけでなく、新規顧客も精力的に開拓している。
あらゆる機能を標準搭載した製品として提供し、無償バージョンアップによって顧客側でのカスタマイズが不要というのが、同社の基本戦略。HUEについては、これに加えて検索サジェストなど、AI機能を搭載しており、ユーザーのオペレーションを大幅に効率化できることが強みとなっている。
松本バイスプレジデントは、現在のHRテック市場のトレンドについて、「システム化の声は高まっているが、実際のユーザー企業の要望は、AIで人事業務を自動化したり、蓄積したデータを分析したいという技術的なニーズよりも、人手が不足するなかで、採用のプロセスを改善するなど、業務効率化の面での需要が大きい」と分析する。HUEの自動化機能も現時点では機能が限られ、例えば勤怠管理で遅刻欠席が増えている社員についてアラートを出すことはできるが、メールの会話内容や業務品質などから多角的に分析して、離職予測を行うといった機能はこれからの段階だ。
HRテックベンダーが勃興している状況については、日本オラクルと同じく「あまり競合することはない」という。むしろ、松本バイスプレジデントは「たくさん優れたプロダクトが出てくることを期待している」と余裕をみせる。これは、人事業務の大部分はHUEが担いつつ、部分的な機能は新興ベンダーのプロダクトを利用したいというニーズがあるためだ。実際、すでに特定のHRテックプロダクトとの連携で検証を進めているという。
人材サービスで端を発しているHRテックベンダーでは、ウェブサービスで培ったノウハウを生かしたUI/UXに自信を見せる企業が多いが、松本バイスプレジデントは、「エンタープライズ領域で必要なUIと、コンシューマが使いやすいUIとは別物」と指摘。例えば、勤怠管理では、入力するエンドユーザーが使いやすいUIでも、その後、人事担当者が集計したり、労務管理したり、給与計算したりするフローを考慮すれば、一連の業務プロセス含めて優れたUIが求められるというわけだ。
大企業を中心に、人事領域で1000社以上の顧客を抱えるワークスアプリケーションズ。松本バイスプレジデントは今後について、「国内の新規マーケットで積極性を示しつつ、10年、20年と使っていただいているお客様の人事システムについて、さらなる価値を提供していきたい」と意欲を示した。