Special Feature
スポーツテックに熱視線 ITベンダーが新規事業に挑む
2018/08/22 09:00
週刊BCN 2018年08月06日vol.1738掲載
TIS
オープンイノベーション通じ参入
スタートアップと強みを融合
小宮邦夫
インキュベーションセンター
主査
同プログラムは、TISとスタートアップ企業が、3か月間にわたってスポーツ産業やその周辺市場を対象とした事業やサービス案を仮説検証するもの。TISは、実証実験に必要な運営資金やコワーキングスペース、技術検証やプロトタイピングなどの開発サポート、協業案の具体化に向けたメンタリングなどを提供する。関西1部リーグに所属する社会人サッカークラブ「おこしやす京都AC」の協力も得ており、同クラブチームの選手や監督、ファンクラブ、グラウンドといったリソースを利用できる。
スポーツテック市場に参入するための手法として、スタートアップ企業やスポーツクラブと手を組むのは、TISにとってこの領域が未開拓だからだ。同社は近年、ビジネス創造に向けたコミュニケーションプレイス「bit&innovation」や、オンラインのビジネスマッチングサイト「bit-finder」を運営しているが、今回のスポーツテックもその一環。小宮邦夫・インキュベーションセンター主査は、「自分たちだけでできることは限られている。新しい領域に新しいサービスをつくりだす場合は、外部との協業を通じて広い意見を取り入れたほうが、単独でやるよりも効率がよい」と説明する。
現在、プログラムには、ドリコス、ワイアードゲート、ventus、レイ・フロンティア、primesap、AuB、国際交流推進機構の7社・団体が参加。例えば、ワイアードゲートは、センサーを搭載した靴のインソール「Smart Insole」など、海外の技術・製品の日本展開を推進している企業で、今回のプログラムでは、遠隔地にいるトレーナーが、競技選手のインソールから収集した重心移動などのデータをもとに、効果的なトレーニングを提供するためのシステムの開発に挑戦している。資金力に優れない地方都市のスポーツチームが、首都圏にいる優秀なトレーナーから遠隔で指導してもらうといった用途を想定しているという。
プログラムでは、8月20日にイベントを開いて最終成果を発表。それぞれの取り組みを共有し、TISは今後の展開を検討していく。小宮主査は、「まずは一つの成功例をつくれれば」と期待を込める。SPRING UP! for Sports自体はR&D投資の一環であり、あくまで中長期的な事業化を進める方針だ。終盤に差し掛かっているが、小宮主査は、「プログラムを通じて、スポーツ産業はサービスをつくれる市場だとも思えてきた」との感触を得ており、「ここでつくった技術を他業界に展開することもありえる」と話す。実際に、ある参加企業とは、実証実験で検証したサービスを他産業向けに販売していくことで協業を検討している。
スポーツ産業はIT活用の余地が大きいものの、ベンダー側にとってはマネタイズ面での課題も残っている。小宮主査は、「他産業への展開によって、収益をあげながら持続的にスポーツ産業の開拓に挑戦し続けられる」と説明。その際には、TISがこれまで培ってきた経験やノウハウも生かすことができる。
Link Sports
スポーツテックのスタートアップ
チーム管理ツールでアマチュア市場開拓
竹中玲央奈
スポーツデジタル
マーケティング部
部長
TeamHubは、スポーツチームの管理者が、メンバーへの連絡や練習・試合の出欠確認、日程調整などを手軽に行えるツール。アンケートや費用管理、試合のスコア管理といった機能も提供する。例えば、スコア管理の機能では、実際のグラウンドに模した仮想マップ上の選手の配置に合わせて、視覚的にスコアを記録でき、成績表としてデータ分析につなげることが可能。竹中玲央奈・スポーツデジタルマーケティング部部長は、「草野球では、少年野球から必ず試合でスコアを記録する。ただし、紙ベースでのスコアリングは、専門用紙への記録方法を知っている人がいないとできない」と話す。
同社のユニークな点は、主なターゲット層がプロではなく、アマチュアのスポーツチームであることだ。竹中部長は、「アマチュアはまだ手つかずの未開拓市場」と説明。Link Sportでは、この市場に300億円規模の潜在力があるとみているが、ここにITベンダーはあまり参入していない。
TeamHubは16年8月のサービス開始以来、広告配信など主だったマーケティング活動は展開していないが、すでに約1万チームが利用している。竹中部長は、「当初の想定よりも早いペースで増えている」と好感触を示す。
営業手法も独特だ。アマチュアのスポーツチームは法人ではないため、電話営業などでのアプローチは難しい。そこで、スポーツ関連のイベントや大会に協賛し、実際の参加者に直接サービスを説明することで、ユーザーの獲得につなげている。昨年には、毎日新聞社と資本提携。これによって、同社が主催する野球などのスポーツ大会で、TeamHubを推奨アプリとして広めていく道筋を開くことができた。
また、最近では、TeamHubを通じた広告ビジネスも勢いを増してきた。竹中部長は、「セグメントがよくできているアプリなので、この市場にアプローチしたい企業からの広告を獲得しやすい」と説明。アマチュアスポーツのチーム向けに商品を提供しているユニフォームのメーカーなどから声がかかっている。
竹中部長は、「スポーツをするには、場所の確保やメンバーへの連絡、部費の徴収、試合相手とのスケジューリングなど、多くの手間がかかり、運営管理を行う側にとって負担が大きい。担当していたメンバーが転勤などでいなくなると、運営が機能しなくなって、チームが解散同然の状態になってしまうこともある。競技に問題があってやめるのではなく、運営が問題でやめるのはもったいないことだ。TeamHubを通じてこれを解決していきたい」と意欲を示した。
「Sports-Tech & Business Lab」が設立
発起人に聞く 日本スポーツビジネスの課題とヒント
河本敏夫
情報戦略事業本部
ビジネストランスフォーメーション
ユニット
シニアマネージャー/
スポーツ&クリエイション
グループ
グループリーダー/
早稲田大学
スポーツビジネス研究所
招聘研究員
──このタイミングで「Sports-Tech & Business Lab」を立ち上げた背景は。
チャンスと脅威という二つの背景がある。チャンスは20年の東京五輪・パラリンピック(オリパラ)のことだ。このタイミングでITを使ったソリューションや実証実験を世の中に知ってもらえれば、広く展開するきっかけになる。一方の脅威は、逆にオリパラがあることで、そこで終わりになってしまうという危機感だ。日本政府は25年にスポーツ産業の規模15兆円を達成しようとしている。しかし、20年から先のことについては誰も考えていない。今はオリパラに向けて興味をもって取り組んでいたり、お金を出したりしているが、20年が過ぎれば、途端に引いてしまう可能性がある。今のうちにきちんと仕込みをして、持続的な投資につながるような準備をしていかなければいけない。そのための仕掛けづくりという意味でコンソーシアムをつくった。
──日本のスポーツ産業は欧米より規模が小さい。何が要因か。
欧米のスポーツ産業が大きくなったのは、スポーツ産業のエコシステムがうまく循環しているからだ。いかに儲けるかをみんなが真面目に考え、それに必要な投資を行い、成果として実っている。例えば、よく米国のメジャーリーグと日本のプロ野球の市場規模が比較される。20年くらい前までは同程度の規模だったが、今では何倍にも差が開いた。儲けることに対する積極性の違いがこの差を生んだ。
──具体的にはどういうことか。
スポーツで儲けるうえで、一番規模が大きいのは放映権ビジネスだ。サッカーのW杯をイメージするとわかりやすい。世界中で放映されるようになれば、その権利は何千億円という金額に膨らむ。
放映権が高くなるには、チームが強く、試合が面白くないといけない。そのためにはチームの育成やスタジアムへの投資が必要だ。欧米はそこにきちんとお金をかけてきた。それによってコンテンツの魅力や視聴体験の質も向上し、さらなる放映権の高まりにつながる。
そして、そのためにITが活用されてきた経緯がある。例えば、チームの育成は、監督とコーチが勘と経験にもとづいて行うのではなく、ITで選手のコンディションを管理・調整したり、戦略を練ったりという具合だ。これをやり始めたのは、日本より欧米のほうが早い。こうした投資を行い、ビジネスとして回収する仕組みがうまく循環しているので、スポーツテック側にもお金が流れ、新しいサービスが生まれて、互いに発展している。
──スポーツを「する」「観る」「支える」体験でIT活用の潜在力が大きい。しかし、エンタープライズ領域のITベンダーにとっては、事業化のハードルも高い。
二つの考えがある。一つは、スポーツだけでビジネスを考えるべきかということだ。グローバルなIT企業がスポーツに投資をしているのは、これをショーケースとして利用するためだ。スポーツは、みんなが知る機会になるし、印象が大きい。他の事業で儲けるための投資と位置づけている企業が多い。
もう一つは、スポーツにおけるIT化の市場は従来のIT支出だけでないということだ。例えば、小売業界では、アマゾンが新しいビジネスモデルや顧客体験を創造して、あれだけ大きな企業に成長した。スポーツも同じだ。産業そのものが、ITを使うことによって大きく変わる可能性がある。その全体感でIT化を捉えるべきだ。
──スポーツビジネスの新たな取り組みで注目しているものはあるか。
スポーツを「する」「観る」「支える」とよくいわれるが、それだけでなく、「創る」というのがある。今までスポーツとして定義されていなかったものを、ITを活用することによって、新しく生み出すというものだ。裾野が広がれば、産業の規模も底上げされる。
例えば、多くのスポーツは、人間の身体能力を競っているが、健常者と障がい者が同じ土俵で競えるものをつくれば、もっといろいろな人たちが楽しむことができる。ARゴーグルを使って、手からビームを発射して闘う「HADO」というスポーツがその好例だ。
もう一つは、eスポーツだ。従来の野球やサッカーといったスポーツ業界がeスポーツを活用しようという動きがある。
──こうした新たな取り組みを支援していくのが今回のコンソーシアムか。
そうだ。とくにスポーツの世界の人たちは、これまでその中だけでやってきたので、外部のものを取り入れたり、一緒に何かをつくったりということをしてこなかった。そのきっかけづくりとしてコンソーシアムがある。異分野・異業種が連携して、それぞれがもっているアイデア、技術を出し合い、今までと違うスポーツビジネスを生み出す動きをつくりだしたい。
──設立から数か月経っての感触は。
すでに実証実験の企画をしていて、まずは小さくてもいいので早期に一つの成果をつくりたい。ずっと検討するだけの研究会のようなかたちにはしたくない。ビジネスを重要視しているコンソーシアムなので、実体のある動きをして、成果を世の中に出していきたい。
現在は36会員だが、20年には100会員に増やせるとうれしい。コンソーシアムを起点にエコシステムをつくっていけるようになる。また、スポーツ関係の団体との横の連携も進めたい。それぞれの団体がバラバラに活用しても成果は限定的だからだ。すでに、超人スポーツ協会やスポーツアナリスト協会との連携を進めている。
――ありがとうございました。
スポーツにITを活用する動きが盛んだ。先日開催された2018 FIFAワールドカップ(W杯) ロシア大会では、ビデオ・アシスタント・レフェリー制(VAR)やゴールライン・テクノロジー(GLT)が活躍し、試合を左右する重要な場面で重宝されたことは記憶に新しい。日本代表のグループリーグ第3戦のポーランド戦では、ゴールキーパー(GK)の川島永嗣選手が、相手選手のシュートをギリギリのラインではじきだすファインプレーがあったが、この際の判定にGLTが利用されたことは印象的だった。
2020年に東京五輪・パラリンピックを控える日本。政府はスポーツビジネスを「日本再興戦略」の柱の一つに位置づけ、25年の市場規模を現在の約3倍の15兆円に拡大する目標を掲げている。スポーツを「する」「観る」「支える」体験に、ICTが果たす役割は大きい。IT企業が取り組むスポーツテックビジネスを探った。(取材・文/真鍋武)
2020年に東京五輪・パラリンピックを控える日本。政府はスポーツビジネスを「日本再興戦略」の柱の一つに位置づけ、25年の市場規模を現在の約3倍の15兆円に拡大する目標を掲げている。スポーツを「する」「観る」「支える」体験に、ICTが果たす役割は大きい。IT企業が取り組むスポーツテックビジネスを探った。(取材・文/真鍋武)
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