NECが創業119年目の大変革に挑んでいる。2016年4月に社長に就任した新野隆社長は、自ら策定した中期経営計画をわずか1年で撤回。18年1月から、20年を最終年度とする新たな3カ年計画を策定した。売上高3兆円、営業利益1500億円、営業利益率5%の数値目標に変わりはなく、達成年度を後ろ倒しにしただけにみえるが、その中身は大きく異なる。「これまでの『当たり前』を捨てて、本当に必要なものをいかに強くしていくか。そこに取り組んでいく」と、厳しい表情で語る新野社長。その言葉を裏付けるように、外部人材の登用や人事制度の変更など、従来のNECではタブーとされていた領域にも踏み込んできた。低迷が続くNECに光が射すのか、同社の挑戦を追った。(取材・文/大河原克行)
新野社長「不退転」の覚悟
18年1月30日、東京・大手町の経団連会館で行われたNECの新たな中期経営計画の発表会。席上、新野隆社長はいつにも増して厳しい表情で会見に臨んでいた。
「成長させようと思った事業がほとんど成長できていない。落ち込むと想定していた既存事業は、想定以上のスピードで落ち込んだ。市場の読みが甘かったことに加え、成長に向けた変革が遅く、実行力が弱かった」と、それまで取り組んできた「2018中期経営計画」の成果を反省した。
この中計は、前社長である遠藤信博現会長に、「社長になるのだから、次の中計は自分で作れ」と言われ、新野社長自ら策定を主導したものだ。このスタイルは、遠藤会長が自身の社長就任前に自ら中期経営計画「V2012」を策定し、社長就任に合わせて実行したことと同じである。
2人の違いを挙げるとすれば、未達ではあったものの、遠藤会長がV2012を最終年度まで推進したのに対して、新野社長は2018中期経営計画の旗をわずか1年で降ろし、中期経営計画を策定し直したことだ。
推進中の中期経営計画の遂行を諦め、策定し直すということは、自らの経営手法が失敗であったことを世間に認めるようなもの。それでも新野社長はそれを撤回し、新たな計画を策定した。
1月30日に行われた新中期経営計画の発表会。
前中計の撤回を余儀なくされた経営状況に、
新野社長は厳しい表情をみせた
「これだけ世の中が変わっているのに、NECの社員は頭だけで考えようとしている。実行力がまったく追い付いていない。その姿勢を根本的に変えないと、いつまでたっても変わらないことに気が付いた。今、NECはギアチェンジをしなくてならない」
そして発表したのが、国内の間接部門およびハードウェア事業領域を対象にした、3000人の削減である。
12年には1万人規模の人員削減を実施したNECだが、新野社長の基本姿勢は、海外では人員削減によって固定費を削減する一方、国内では人員削減ではなく、成長領域へのリソースシフトを前提としてきた。
「だが、それが最適な人材を確保できなかったり、成長領域のスピードを遅らせたりする原因となり、最適な投資ができない環境をつくった」と新野社長は振り返る。その上で、「スピード感を持って成長軌道に回帰するために必要な投資を実行するには、構造改革を行うことが避けられない。苦渋の決断ではあったが、構造改革によって次の成長につなげたいと考えている」と言う。国内体制にもメスを入れる決断は、新野社長の変化と「不退転」の決意を感じさせる最初の出来事だった。
強いNECを取り戻す
新たに策定した「2020中期経営計画」(18~20年度)では、20年度に売上高3兆円、営業利益1500億円、営業利益率5%を数値目標として掲げている。
これは、撤回した2018中期経営計画において定めた、18年度の目標数値と同じ。18年度から20年度へ、単に目標を2年先送りにしただけにみえる。
だが、「中身はまったく違ったものになっている」と新野社長は断言。「新たな中計で、最も重要なのは『実行力の改革』だ。企業文化や制度、仕組みを抜本的に変革し、社員の力を最大限に引き出すことで強いNECを取り戻すことを目指す」と語る。事業成長や収益改善を目指すだけにとどまらず、企業文化の変革にまで踏み込んだ内容としたのだという。
異例の外部人材登用
熊谷昭彦
副社長
(写真提供=NEC)
新たな中計で企業文化や制度の変革に挑む姿勢は、三つの人事からみることができる。
一つめは、18年4月1日付で、GEジャパンの社長であった熊谷昭彦氏が副社長に就任したことだ。事業責任を持つ経営トップを外部から招くのは、NECとしては極めて異例。熊谷副社長は、GEジャパンで34年間にわたりグローバル事業を手掛けた経験と実績を持ち、NECではグローバルビジネスユニット(BU)長として、5000億円規模のビジネスを担う。
2020中期経営計画における成長の核といえるグローバル事業。NECは熊谷副社長の招聘に加え、その推進体制も見直した。
従来は、グローバルBUが営業機能と地域統括機能を持つものの、事業責任は、国内にある各BUが持つという仕組みだった。つまり、海外で事業を展開する際には、日本のBUの意見が強く反映される仕組みとなっていたのだ。しかも、BUをまたがる案件が増加する中で、複数のBUの意見を反映しなくてはならず、結果としてビジネススピードが落ちる要因になる。また、国内外の複数のBUが海外事業に関与することで、責任の所在の明確さにも課題があった。
「長年続けてきた体制の中で、さまざまな手を打ってきたものの、一向に成果が出ない。どうしても各BUとの利害関係が発生し、スムーズにビジネスが動かない。この延長線上で続けても駄目だと判断した」と新野社長は語る。NECの海外売上比率は26%(17年度)にとどまり、国内電機大手8社の中では圧倒的に低いままだ。
4月1日付で変更した新体制では、グローバルで責任を持つことができる事業は国内事業から切り離し、グローバルBUに移管。製販一体の体制を確立した。具体的には、テレコムキャリア部門の海外サービスプロバイダー向けソフト・サービス事業、ワイヤレスソリューション事業、海洋システム事業と、システムプラットフォーム部門の海外向けユニファイドコミュニケーション事業、ディスプレイ事業、そして、コーポレート管轄だったエネルギー事業を、グローバルBUに移管。これにより、同BUの売上規模は約5倍にまで拡大した。
「これまで国内でやってきたやり方と、グローバルで事業を成長させるやり方とは違う。同じマインドや、同じ経営体制では、海外で成長できない。そこで、熊谷氏にお願いした」と新野社長は語る。
また、熊谷副社長には、グローバル事業の成長以外にもさまざまな効果を期待しているという。
一つは、スピード感を持った仕事のやり方を、NECに定着させることだ。熊谷副社長の就任以降、業務の見直しなどが進み、グローバルBUの中で無駄な作業が減り、意思決定が迅速に進んでいるという。
もう一つは、不採算事業や非成長領域事業の再編に、本腰を入れて踏み出すことだ。その最たる例が、マイクロ波無線通信システム「パソリンク」の事業。かつては新興国を中心に事業を拡大し、世界ナンバーワンシェアを誇った製品だ。遠藤会長がモバイルネットワーク事業部長時代に育て上げてきた肝いりの製品でもある。
だが、ここ数年は赤字が続いている。新野社長は「いままでのしがらみを一度断ち切り、将来に向けてどうすればいいのか、事業の観点から冷静な目で見て、やるべきことはやっていく。私が熊谷さんをしっかりとサポートし、一心同体のかたちで取り組んでいく」と、パソリンク事業についても例外とはせず、メスを入れる姿勢を示した。
世界で戦える人事制度に
佐藤千佳
執行役員
二つめの人事は、「カルチャー変革本部」を設置し、日本マイクロソフトなどで人事部門の責任者を歴任した佐藤千佳氏を、執行役員本部長として起用したことだ。人事部門の要職に外部の「血」を入れるのも、NECにとっては異例である。
新野社長は「NECの人事制度は、これまでにもいろいろなことに取り組んできたが、どうしても古い制度を引きずる傾向が強く、現場の変化に追随できているとはいえなかった」と前置きした上で、「期待しているのは、社員一人一人が実力を最大限に発揮できる文化への変革だ。新たな人事評価制度の導入により、厳しく成果を評価し、これを報酬に反映する仕組みや、変革を促すためのコミュニケーション、オープンでカジュアルな風土を醸成していく」と説明する。
新野社長は、2020中期経営計画の発表時点で、「成果を上げた人には明確な差をつけるといったように、メリハリが効いた人事制度に変えていく」と語っていた。そして、その新たな人事制度で目指すのは、「グローバルで戦える人事制度」とすることである。
その一つの成果として生まれたものが、米シリコンバレーに設立した「dotData」。世界トップレベルのAI研究者の一人といわれるNEC データサイエンス研究所の藤巻遼平主席研究員をCEOに起用して設立、データ分析をAIで自動化する事業を推進する。
ここでは、外部資本を入れながら事業開発を加速する戦略的カーブアウトスキームを用いる。「モノになるのであれば、自分でやってもいいし、売ってもいい。そうした意識で、技術をいち早くマネタイズする仕組みの一つ」としている。
従来のNECは、良い技術を持っていても、それを製品として完成度を高めるために、国内で徹底的にPoCを繰り返すことが多かった。その結果、市場に投入した時にはすでに同様の技術が世界中に溢れているといったことの繰り返しであったと、新野社長は指摘する。dotDataは、そうした課題を解決する「実行力」を具現化するための仕組みだ。加えて、活躍できる人材をNEC内にとどめず、さまざまな形で生かすことも狙いにある。こうした事例が生まれれば、次の新たな人材を獲得するための土壌を育むことにもつながるからだ。
これらの取り組みから、NECは優秀なタレントを生かし、市場の変化や複雑化にスピーディーに対応することを目指した人事制度の実現に踏み出し始めているといえよう。
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