SIerの人手不足が深刻化している。受注環境は良好に推移しているものの、「仕事はあっても人繰りができずに受注に踏み切れない」(SIer幹部)と、大きな経営課題になっている。SEやプログラマーの絶対数が不足しており、需給ギャップが発生しているのだ。SIerは定年後の再雇用制度を見直したり、協力会社のリソース確保に奔走したりと、あの手この手で人手不足の緩和策を打つ。主要各社がどのような手立てを講じているのかをレポートする。(取材・文/安藤章司)
人的リソースの確保が分水嶺に
底堅いIT需要に支えられて主要SIerの業績は好調に推移している。2020年に開催される東京五輪のあとの景況感を懸念する声も一部にあったが、25年の大阪万博の大型イベントが決まったことで、その懸念は大きく後退した。AI(人工知能)やIoT、5G(第5世代移動通信)などIT業界側の商材にも事欠かない恵まれた状況にある。しかし、今後の成長の大きな阻害要因となるのが人手不足だ。
マクロで見ると就労人口が減り、その中でも若年層の減少は顕著。ミクロでみると、大手上場SIerの協力会社としてプロジェクトに参加する中小の協力会社の人手不足が一層深刻化している。システム構築(SI)プロジェクトの多くは、元請けの大手SIerだけでこなせるものではなく、複数の協力会社に人的リソースを供給してもらっている。そのリソースが十分に確保できないとなると、プロジェクトそのものの受注や運営が難しくなることもあり得る。
22年度までの次期中期経営計画の数値目標を達成できるかは、「人的リソースを確保できるかが分水嶺になる」(野村総合研究所の此本臣吾社長)と、人手不足をどう解決していくかが次期中計達成の分水嶺だと位置付ける。新日鉄住金ソリューションズの謝敷宗敬社長は、「IT投資は全般的に活況だが、人材供給が成長の制約要因になりつつある」とし、アイティフォーの東川清社長も「開発人員のリソースをどう確保するかは重要な経営課題」と頭を悩ませる。
もちろん、SIerはただ手をこまねいているばかりではない。人手不足対策の特効薬はないが、緩和策ならいくつか打ち出すことができる。主な手立ては再雇用制度の見直しや、地方中核都市の活用、外国人の就労ビザ緩和に対する期待感など、主な七つの緩和策を図にまとめた。ここからは各緩和策ごとにレポートしていく。
1.定年退職者の再雇用制度の見直し&充実
定年後の報酬を“現役”並みに
高い専門性を持つベテラン社員を少しでもつなぎ止めようと、一部のSIerは定年退職者の再雇用制度の見直しを積極的に進めている。すでに再雇用制度を始めている上場SIer幹部は、「数年後には再雇用者の割合が全社員の10%に迫っていく見通し」と、再雇用者が仕事の重要なボリュームを引き続き担っていく構図にあると話す。
定年後は、「引退」「年金がもらえる程度の部分的なお手伝い」「現役とほぼ変わらないフルタイム勤務」と大きく三つの選択肢がある。SIer側が欲しているのは、「高度な専門性をもった士気の高い社員が、その専門性を生かして65歳まで働いてほしい」というもの。再雇用希望者のスキルセットと仕事がうまくマッチできれば待遇を見直すというSIerが多い。特定分野のスキルを持ち、そのスキルが今でも有用であること。そして本人の働く意思が合わさって現役と遜色のない報酬で65歳まで働ける道が開ける。
NI+C
廣瀬雄二郎
社長
日本情報通信(NI+C)では、60歳で定年したあとの再雇用制度そのものはあったが、現役時代と同じ水準の報酬ではなかった。そこで、19年4月から始める予定の新しい案では、今のプロジェクトで必要とするスキルセットを持っている人を対象に、現役の7割程度の報酬水準を維持することを柱としている。パートタイム程度の仕事から、今回の現役時バリバリの仕事まで、幅広い選択肢の中から「ご自身の状況や働く意欲、スキルセットに応じて選んでもらえる」(廣瀬雄二郎社長)ように、就労パターンの選択の幅を広げていく予定だ。
専門性重視で意外な“副次効果”も
TISも60歳で定年退職したあとの再雇用を希望する人たちの中から専門的なスキルを持つ人を選抜に取り組んでいる。専門的なスキルに見合うよう、現役とほぼ変わらない報酬で活躍してもらう制度を段階的に拡充していく。桑野徹会長兼社長は、「60歳になった瞬間に、その人の専門性が消失するわけではない。これまでの年齢で一律に報酬を決める仕組みを改める」と、専門性を生かせる分野があれば、そのまま生かし続けてもらえるように制度を設計していく。
定年後に専門性に見合った報酬を得られる仕組みは、意外な“副次効果”も生んでいるという。報酬を維持したまま再雇用への道を開くことによって、社内のみならず外部の高スキル人材の採用にも有利に働くようになった。
TISが特定の業種・業務に特化したパッケージソフトやサービス商材を独自に開発したり、特定業種の顧客と共同で新事業を立ち上げるときは、TIS側にも当該業種・業務に詳しい専門家がいると話がスムーズに進みやすい。業務ノウハウを持っている技術者は多いが、やはりその業務の第一線で活躍する当事者にきてもらうのが、一番手っ取り早い。
TIS
桑野徹
会長兼社長
外部人材の狙いどころは、55歳頃に本社から子会社へ出向、数年後に子会社に転籍するエグゼクティブ。本社で培ってきた専門性が必ずしも子会社で生かせるとは限らない。しかも定年は60歳まで。もし、その人のスキルと、TISが必要とする業種・業務の専門性と適合するようであれば、「TISで65歳まで働きませんか。報酬は今の水準とほぼ同じで」とリクルーティングをかける。新しい再雇用制度のおかげで、その人の専門性に応じた報酬を提示できるようになったことが強みとなる。直近だけで4~5人の特定業種のプロフェッショナルの採用を成功させ、TISの業種への提案力、独自商材の開発力の向上につなげている。
2.国内地方都市のラボ(ニアショア開発拠点)の活用
地元志向を尊重、人の近くに拠点置く
「東京本社採用」を望むSIerや就業希望者は多いが、一方、地元で働くことを望む人も一定数存在する。地元の大学を卒業してから、上京せずに地元で就職。転勤も望まない。こうした人材にいち早く目をつけたSIerがコアだ。
コアは約1500人の社員の過半数を、首都圏以外の地方都市に戦略的に配置している。組み込みソフト開発を強みとするコアは、中部地区や中国地方など自動車メーカーが多い地域に精力的に拠点を開設してきた。いわば客先に近いところに拠点を置き、何かあればすぐに日参できるようにするためだ。
コア
松浪正信
社長
今、これとは別に開発中心のラボを北海道や九州に開設。地元の大学から人材供給を受けて、開発者が地元から通える拠点を充実させている。「ニーズがあるところに人を送り込むのではなく、仕事を人がいるところに持ってくる逆転の発想だ」と、コアの松浪正信社長は話す。地元志向の技術者は、勤務条件に対する満足度の高さから総じて離職率が低く、ノウハウを蓄積しやすいメリットも大きい。
とはいえ、ITの仕事は首都圏に偏重しており、自動車など産業関連は太平洋ベルト地帯に集中分布している。そこで、例えば自動車向け組み込みソフトを中部地区で受注したら、開発は北海道で行うといった“拠点間連携”、“ニアショア開発”を積極的に推し進める。車載向け組み込みソフトはコアが得意とする領域で受注単価も高い。「安い案件を地方に回すのではなく、粗利のいい案件こそ地方にやってもらうべき」と、付加価値の高い仕事を意識的にニアショアで開発。報酬面でも満足度が高まるよう配慮している。
SCSK
谷原徹
社長
SCSKも営業拠点とは別に、開発ラボを地方都市に置いて「ニアショア体制の強化に力を入れている」(谷原徹社長)。直近では熊本に開設。全国7拠点、約650人体制に拡充している。営業拠点は顧客の近く、開発は人材の集積度が高い場所に分散させる手法だ。
国内IT投資のうち首都圏が7割を占めるといわれている。この偏重した構造が首都圏への一極集中を招くため、狭い場所でライバル他社と人材を奪い合うというレッドオーシャンに陥りやすい状況にある。採用方法や、働き方、評価制度そのものを見直し、ニアショア開発の比率を高めることが人手不足の緩和につながる。
3.国内の夜勤は極力させず、海外との時差を効果的に使う
無理のない働き方で人手を確保
人手不足は「働き方」とも密接に関連する。「長時間労働」と並んで問題が多いのが「夜勤」である。子育て中の社員は対応が難しく、独身の若手などごく限られた人員でしか対応できない実態がある。
NSSOL
謝敷宗敬
社長
そこで、新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)では18年2月、日本と昼夜がほぼ逆転している米国東部にヘルプデスクを開設。NSSOLが自社データセンターサービスと連携して手掛けるITアウトソーシングサービス「NSFITOS (エヌエスフィットス)」の夜間対応を米東部に移したことで、ヘルプデスク部門の国内での夜勤をなくした。「夜勤は人員が確保しにくいことが課題だったが、米東部ならば昼間の勤務になるため人員が確保しやすい」(謝敷宗敬社長)ことから問い合わせ窓口の夜間移転を決めた。立ち上げ当初は日本のNSSOLから人員を送り込んだが、現地で日本語ができる人材の採用を進めており、早い段階で日々の運用は全て地元の社員に任せられるようになる見込みだ。
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