存在感増す上海のITベンダー
“四小龍”の一角も
開発や施設の設置、資金援助などでAIの発展を推進しようとしている上海市では、地元の企業も着実に育っている。なかにはAI業界の“四小龍”として注目されている企業もある。8月の世界AI大会では、国内外の有力企業が上海市に集結した。企業にとって、上海市の魅力はどこにあるのか。
李強・書記
世界のAIの発展に貢献 中国のトップ企業が集結
8月29日~31日、上海市で2回目となる世界AI大会が開催された。上海市の最高幹部のほか、中国で非常に知名度が高い阿里巴巴集団(アリババグループ)の馬雲(ジャック・マー)前会長や騰訊控股(テンセント)の馬化騰(ポニー・マー)会長も参加した。ほかにも米電気自動車メーカー・テスラのイーロン・マスクCEOも登場した。主催者によると、3日間で60カ国以上から8万人以上の専門家が交流し、一般の来場者は24万人を超えたという。
前日の専門家会議で発言した上海市トップの李強書記は、開幕式で登壇し「AIは新しい科学技術革命と産業変革の重要な駆動力として、世界を深く変えている」と強調。そのうえで「近年、上海は時代の流れに積極的に対応し、AIを発展させることを優先戦略にしている」とし、開発などを通じて「上海で一流のイノベーション・エコシステムの構築に全力を注ぎ、世界のAIの発展に貢献する」と宣言した。
テンセントの馬会長は「これまでの1年間で、テンセントは上海地域でAIやクラウドコンピューティング、文化的創造性に多額の投資をしてきた」と上海市への貢献度をアピールし、「これからも上海市のAIの発展を全力で支持する」と協力を約束した。
アリババの馬前会長「上海市」には触れず
テスラのマスクCEOとの対話に臨んだアリババの馬前会長は、AIの将来性や役割などについて意見を述べた。テンセントの馬会長が上海市への投資や協力について述べた一方、上海市については言及しなかった。
マスクCEO(右)と対談する馬前会長
対談では、テスラCEOが、工場を建設した上海市を引き合いに出し、「上海に来れたことについて非常に興奮している。テスラは上海市にスーパー工場をつくり、中国チームは大きな進歩を遂げた。中国の未来はとても刺激的だ」と語り、さらに「環境の持続性の面で中国は世界のリーダーになり、人々を驚かせている」と持ち上げた。
YITUネットワークテクノロジーのブース
YITUネットワークテクノロジーの顔認識技術のデモ画面
これに対し、馬前会長は「AIは人間がつくった賢い道具にすぎない。人間はこれから、もっとスマートな道具をつくり、AIよりもさらに賢くなる」と持論を展開し、「AIは脅威のものではなく、恐怖のものでもない。われわれはAIで世界をアップグレードできる」と説いた。
さらに、社会でAIの活用が進むことで「これからの仕事は1日3~4時間、週3日の労働で済むようになるだろう」と推測し、「機械はチップだけで、人間は心をもっている。心はスマートの原動力だ」と語った。
対話のテーマはAIだったが、マスクCEOは自社工場を挙げながら上海市や中国に触れた。大きな権力を持つ地元政府の最高幹部らが出席する場で、馬前会長が地元について話さなかったことは、何か理由があったのかもしれない。
中国の3分の1の人材 AI活用のモデル地に
中国のITベンダーのなかでは、アリババとテンセントに検索最大手の百度(バイドゥ)を加えた「BAT」が最も有名だ。AIの領域では、注目企業4社が、「四小龍」と呼ばれている。そのなかの1社の依図網絡科技(YITUネットワークテクノロジー)は、上海市に本社を構えている。
同社は、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で統計学の博士号を取得し、米マサチューセッツ工科大学AIラボの研究員などを務めた朱瓏氏らが2012年に設立した。その後、順調に資金調達に成功し、19年の米メディアのCNBCが選ぶ「業界を破壊する新興企業トップ50」(ディスラプター50)に、中国のAI企業で唯一ランクインした。
現在、画像認識や顔認識、自然言語処理、音声識別などの研究開発を進めており、セキュリティや医療、金融、リテールなどさまざまな領域向けのソリューションを展開している。とくに顔認識の領域では、米国立標準研究所(NIST)が開催するテスト(FRVT)で、18年に最高の成績を獲得した。
AI大会では、多くのソリューションに加え、自社開発したAIチップも展示した。
同社の担当者は、上海市の優位性について「上海には中国トップクラスの大学があり、優秀な人材を採用しやすい」と語った。
中国メディアの第一財経によると、中国国内のAI人材のうち、3分の1が上海に集まっており、企業数は1000社を超える。また、AI関連の産業規模は700億元を上回り、AI活用のモデル地になっているという。
新興企業も続々 先端技術の活用も
中国では、各地で第5世代移動通信システム(5G)の実証実験などが進められている。IT業界でも活用の動きがあり、上海市で14年に設立した深蘭科技(ディープブルーテクノロジー)も、そのなかの1社だ。
今回のAI大会では、静脈認証で買い物ができる無人コンビニ「テイク・ゴー」などの既存のソリューションを展示。さらに、5Gを活用した掃除ロボットなどを展示し、5G時代の到来に向けて着々と準備を進めていることをアピールした。
ディープブルーテクノロジーの5G掃除ロボット
大会期間中の講演で、同社の陳海波CEOは「われわれは上海のAI企業で、上海を基盤として世界にサービスを提供する」と語り、今後も上海市を重要視する考えを強調。展示エリアにいた同社の担当者は「上海は経済が発達しており、ソリューションの応用シーンがたくさんあるのが魅力だ」と語った。
バンマーネットワークのブース
上海市には、ほかにも特色的な新興AI企業がある。マイクロソフト出身者が16年に設立した拡博智能は、風力発電施設の点検ソリューションのほか、リテール向けソリューションを展開している。
カメラで冷蔵庫内を撮影し、飲み物の売れ行きなどを分析する拡博智能のソリューション
同社によると、すでに40を超える特許を所有し、社員の40%は海外で留学か仕事をした経験がある。研究開発チームの25%は、博士かそれ以上の経歴を持っている。
大会では、冷蔵庫の扉に設置したカメラで内部を撮影し、飲み物の売れ行きなどを分析するソリューションなどを展示した。
同社は、調査業務などを手掛ける中国の億欧が発表した19年の中国人工知能ビジネス研究報告で、中国のAIスタートアップAI企業トップ100に入った。上海市では、風力発電施設の点検ソリューションが18年、上海市政府による革新的なAI製品リストに入っている。
大会ではこのほか、アリババグループと自動車最大手・上海汽車集団が15年に共同設立した「斑馬網絡技術」(バンマーネットワーク)が出展。アリババが開発したモバイルや産業、IoTデバイス向けOS「AliOS」上で構築した車載システム「MARS」などを展示し、来場者の注目を集めた。