デジタルトランスフォーメーション(DX)のトレンドを追い風に新たな市場創出に向かうIT産業。ただし、経済産業省が昨年9月に発表した「DXレポート」に端を発する一連の指針などは、大企業のデジタル変革のみにフォーカスしているのが現実で、本来、日本の経済基盤をアップデートするためには、裾野を支える全国の中小企業のDXも不可欠なはず。そして、DXの流れから地方の中小企業が取り残されないためには、地方の市場を知る地方発のITベンダーの奮起が不可欠だ。松山市をフィールドに、地方発ITベンダーの成長戦略と地場市場の現実を探る。(取材・文/本多和幸)
松山市のケース
pick up
松山発の有力ベンダー
アイサイト
HRソリューションを成長エンジンに、ヘルスケアは手堅い収益の柱
体成分分析システムが好調
アイサイトは、受託開発を手掛けるSIerとして2005年に松山市で創業した。やがて、受託開発をベースに、より大きな成長が見込めるパッケージソリューションの品ぞろえを充実させ、現在ではフィットネス・ヘルスケアソリューションが稼ぎ頭になっている。また、ドキュメントソリューションも重要な経営の柱だという。こうしたビジネスモデルの変化により、「アイサイトのユーザーは全国に広がっており、ことさら地域に重点を置くという方針ではない」(仙波克彦・代表取締役)状況だ。東京、大阪、広島(福山市)のほか、一部製品の多言語化と海外販売も進めるために香港にも拠点を構えている。
仙波克彦代表取締役
主力のフィットネス・ヘルスケアソリューションは、フィットネスクラブやスポーツジム、スイミングスクール、公共運動施設などで導入実績が多い。「i☆Series」というブランドの下、会員管理システムの「i☆Member」や、運動プログラムの処方を中心とした会員定着ツールの「i☆Trainer」、スタッフ管理システムの「i☆Manager」、体成分分析システムの「i☆Scanner」といったパッケージ製品を開発・販売している。
特にi☆Scannerは、近年好調だ。スポーツジムなどで体内の水分量や体脂肪、筋力量などを測定し、そのレポートを見ながらトレーニングに励んている人は多いだろう。まさにそうした機能を提供するのがi☆Scannerだ。i☆Scannerでは韓国InBody社の測定機器を採用し、そのデータを基に分かりやすさを重視したビジュアルのレポートを作成するソフトウェアをアイサイトが開発・提供している。仙波代表取締役は「アイサイトは日本で唯一、InBodyからデータ出力のインターフェースを開示してもらい、i☆Scannerを開発した。InBody製品は、国産大手メーカーの製品よりも測定精度が高いという評価があり、レポートの分かりやすさと相まって、i☆Scannerがメディカル系のフィットネスクラブで広く採用される大きな要因となっている」と説明する。
行動特性分析システムで新市場開拓
新たな成長エンジンも生まれてきている。同社が直近で大きな伸びを期待しているのが、HR領域のパッケージソリューションだ。今年初頭から本格的な販売を開始した行動特性分析システムのSaaS「LISACO」は、すでに関東のスーパーマーケットチェーンが2000人規模でファーストユーザーとして活用しているほか、150~200人規模での活用を前提とした中小企業からの引き合いも多数あり、具体的な商談がいくつか進んでいるという。
LISACOは、導入企業の従業員一人一人に60問の質問に回答してもらい、その結果を基に各々の行動特性をタイプ別に分類する。行動特性のタイプは平常時と高ストレス時で変化することもあり、それぞれの結果も分かるという。エンドユーザーは、自身の行動特性の分析や年齢別のアドバイスなどを受けることができる。さらにLISACOは、任意の個人同士のコミュニケーションを円滑にするためのアプローチ方法なども提案してくれる。例えば自分と部下、自分と上司、もしくは部下とその部下など、個人ごとの行動特性分析を基に、二者間のコミュニケーションで留意すべきポイントを表示する。また、管理職の中途採用候補者の適性確認機能や、行動特性分析結果のデータベースとリンクして職場でのコミュニケーションのアドバイスをしてくれるチャットボット機能も提供している。チャットボットのAIエンジンには「IBM Watson」を採用している。
チャットボットが職場でのコミュニケーションのアドバイスをしてくれる
仙波代表取締役は、「行動特性は日々変わっていく可能性があり、継続的に活用してもらうことで組織内のコミュニケーションをスムーズにして、チームとしての力を最大化するためのマネジメントがしやすくなる点が特に高く評価されている」とLISACOの仕上がりに自信を見せる。さらに、「もともと人事コンサルの専門家や学識者と共同で開発したという経緯があるが、愛媛大学と共同でサービスの進化にも取り組んでいる」として、サービスのブラッシュアップとともにビジネス拡大を加速させたい考えだ。
ウイン
地場の基幹産業にフォーカス、旅館業のデジタル化は「オーダーメイド」必須
「中番」システムを手組みで
松山市に本社を置くSIerのウインは、1997年の設立。システム開発事業では、道後温泉を擁する同市の基幹産業の一つである旅館業で本格的なデジタル化案件が出てきつつあるという。市内の高級旅館「道後温泉八千代」に、「中番」機能を代替するシステムを提供したことをきっかけに、旅館業のIT活用推進に取り組もうとしている。
小林弘幸プロジェクトマネージャー
中番は旅館によって多少役割が異なるというが、今回のケースでは調理場と配膳の連絡係を指す。道後温泉八千代は、部屋食スタイルで和食のコース料理を提供するため、どの品をいつ調理して、どのタイミングで運ぶのか、スタッフ間の綿密な連携ができているかどうかが、顧客満足度に直結する。ウインの小林弘幸・ITソリューション事業部システム開発部開発グループプロジェクトマネージャーは、「道後温泉の旅館は、業務効率化や生産性向上というよりも、おもてなしの満足度を上げるために設備投資をしようという意識が強い。道後温泉八千代の案件も、とにかく顧客満足度を上げるために、スタッフ間の連携の精度を上げたいという相談があってスタートした」と説明する。
厨房やフロント、仲居が調理の進捗や配膳の状況をリアルタイムに共有できる
全ては顧客満足度向上のために
このシステムでは、どの部屋で何時からどんな料理をどんな順番で提供しなければならないかというスケジュールを、厨房やフロントで大型のモニターを通して共有できる仕組みになっている。一方、館内を動きまわる仲居も各自がスマートフォンを持ち歩き、同様の情報を共有する。厨房では、料理が完成するとタブレットからその情報をシステムに登録。それを見て仲居が各部屋まで配膳し、配膳が完了したらスマートフォンからその情報も登録する。なお、厨房では衛生面からキーボード入力もタッチパネルによる入力も適さないため、例えば手を握って上下に動かすと画面がスクロールする、人差し指を立てて腕を振るとチェックボックスにチェックが入るといったように、特定のモーションをカメラで認識して画面操作ができる仕組みを採用した。
調理場では、煮物、焼き物などの担当者が自分の担当料理を提供スケジュールのタイムラインに沿って調理すればよく、予定時間を過ぎてもシステム上で調理完了になっていない料理についてはアラートが出る。客室でコース料理以外の別注が発生した場合は、仲居がスマートフォンからこれを入力し、調理依頼がタイムラインにダイレクトに反映される。「提供すべき料理を忘れるなどの漏れがなくなったし、料理ができてから提供するまでの時間のロスも少なくなり、スタッフ間の連携精度は非常に高まったという評価をいただいている」(小林プロジェクトマネージャー)という。
また、仲居同士で連絡を取り合うチャット機能も実装しているほか、宿泊客のアンケートも電子化し、このシステム上でリアルタイムに共有できるようにした。小林プロジェクトマネージャーは、「宿泊客がアンケートを書く場合、何かクレームを言いたいから書くことが多い。従来のように紙ベースでチェックアウト時に渡されると、クレーム対応が宿泊客の滞在中にはできないということになってしまう。クレームが上がった瞬間に旅館全体でこれを共有して対応することで、顧客満足度を上げることができる」とその狙いを解説する。
素人目には、この仕組みをパッケージ化して地元の旅館を中心に水平展開することも考えられそうだが、小林プロジェクトマネージャーは「そう簡単にはいかない」と慎重だ。「道後温泉八千代は現在、全てのお客様に部屋で食事を提供するスタイルだが、道後温泉には宴会場で食事を提供する旅館もあるし、オペレーションも千差万別だ」。道後温泉八千代のプロジェクトでも、旅館側の要望を丁寧にヒアリングした上でスクラッチでシステム開発を進め、プロトタイプで何度も実際の業務をシミュレーションしたという。「結局は、全ての課題をITでは解決できない。何をIT化して、何をIT化しないのか、旅館側の業務をよく知った上でITベンダー側が有効な提案をできなければ、この種のIT導入プロジェクトは失敗する」というのが小林プロジェクトマネージャーの率直な感想だ。
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