「第3次AIブーム」といわれるようになって、はや数年。ソフトウェアベンダーやコンサルティング企業はいま、こぞって自社製品やサービスにAIを組み入れている。一方、ユーザー企業側では、時代の進歩に取り残されたくない経営者が、エンジニアに「AIで何かやれ」と号令を出し、現場ではAIの可能性を感じて取り組みたいと思ってはいても、どうすれば具体的なビジネスの成果になるかが見えずにいる。互いに腰が引けた状態で、リスクの少ない実証実験(PoC)を繰り返しているだけという企業もみられ、散発的なPoCを続けるだけで、次に生かす活動も少ない。これではAIの本質を見極めることができない。AIでビジネスをどう変えることができるのか、またAIをどのように導入・運用していけばいいのか。AIビジネスを手掛けるITベンダーの取り組みやAI研究の専門家の見解から明らかにしていく。AIが現時点で持ち合わせている能力と、その生かし方が分かれば、恐れることも、逆に過小評価する必要もなくなる。(取材・文/指田昌夫)
ITベンダーの視点1
ABEJA、ゴールや課題設定が重要、AIの不足部分は人が補う
AIソリューション専業ベンダーであるABEJAは、小売業界を皮切りに現在では製造業、ヘルスケアなどまで幅広い業界のAI導入をサポートしている。
ABEJA 徳田有美子・テクノロジー・コンサルタント
同社でテクノロジー・コンサルタントを務める徳田有美子氏は、「バリューチェーンのどこにAIを入れるのかを決めるのが重要」と話す。「私たちが7年間、AIに取り組んできて分かったのは、事業性の検証から始めて最後の本番運用までをきちんとつないでいかないと、ほしい成果が得られないし現場には入っていかないということだ。AIのモデルを開発することももちろん大事だが、同じようにその前後が重要。この前後の部分がなければ、開発PoCだけで終わってしまう恐れがある」
少し前までは、企業に「AI予算」が付いてしまって、AIを使うことが目的化しているプロジェクトもあったという。「AIはどうやら画像分析が得意なようだから、うちの会社の持っている画像を分析させよう」とスタートして、結局ROI(投資対効果)が合わずに終了するようなケースもあった。
「ABEJA自身も、AIブームに乗って顧客企業と多くのPoCをやってきたが、全てが本当に顧客の成長にとって正しいものではなかったかもしれないという反省もある。むしろ大事なのは、ゴール設定や課題設定にある」
だが、最近はようやくその間違いに気が付く企業が増えてきた。いくつかのPoCの不調を経験して、AIありきでなくビジネス課題に向き合うプロジェクトが増えてきたという。
「AIプロジェクトを始める際、PoCの前にその目的と成果地点などをはっきりさせるために、およそ1カ月かけてアセスメントを実施する。そうすると、実は必要なデータが取れていないということが分かり、プロジェクトの根本部分も修正する必要が出てくる。ただこれは良いことで、データを集める部分から始めることで、きちんとステップを踏むことができる。結果的により精度が出やすくなる」
ある物流関連企業のケースでは、「『倉庫の中を可視化したい』という要望を持ち込んでこられたが、それで何を目指すのかの部分が曖昧だったので、われわれはアセスメントから取り組んで、バリューチェーンの中でどこにAIを入れていくべきかを徹底的に議論した」
徳田氏は、PoCを始める際に三つの評価軸を持つべきだと説く。ビジネス視点、テクノロジー視点、そして横展開が可能かの視点だ。
「ビジネス視点では、やはりROIが合うのかということ。また技術的にはAIを入れて精度が上げられるのか、そして横展開の可能性はといったことは、得られた成果を単発で終わらせないために必要な視点になる。ビジネスと技術のバランスを取りながら設計に入ることが重要だ」
逆に、検討の結果データ不足などで当初見込んだ成果が得られそうもないときでも、企業がそれを長期的に改善していく見込みがあればPoCを実施する。「最初は不十分な成果でも、段階を踏んで良くなっていけばいいので、むしろ過剰な期待がない分落ち着いて取り組むことができる」
AIをどう使うのかを、企業側も改めて考えてほしいと徳田氏は言う。「アーリーアダプターになって先行したいのか、逆に汎用的になってから使いたいのかということでも立場は違う。これは経営判断だと思うが、それによってもやるべきことが変わる」
AIで人間の業務を置き換えたいという話が入ることも多い。その時にABEJAでは、二通りの返答を用意しているという。一つは、今のままの置き換えではなく、AIを生かせる仕組みに転換する、いわゆるデジタルトランスフォーメーションを勧めるケースと、AIと人間の分業体制(セミオートと呼んでいる)の提案だ。
業界ごとのノウハウも蓄積している。特に製造業では以前はデータが取れないと言われていたが、今ではデータを取る環境が整備されてきたため、分析しやすくなり、引き合いも多い。また医療系も、データが取りやすくなってきたので需要が増えている。
AIの評価を左右するのは分析データの「アノテーション」
ABEJAのAIソリューションは、教師データを作る際の「アノテーションツール」に強みがあるという。アノテーションとは分析にかけるデータに注釈をつける機能だが、この注釈の出来がAIの精度に直結する。「アノテーションについてはノウハウも必要で、大量のデータの場合は時間もかかる作業。BPOを含めて支援する」と徳田氏。
「例えば『部品の傷』をAIで検知しようとしてデータを集めようとしても、何を傷と判定するのかは、企業ごとに基準が異なる。このような基準は一般化するのは難しく、企業ごとにアノテーションした教師データを作る必要がある」
もちろん汎用的な教師データによって、おおまかな傷検知は可能だ。「しかし、それが例えば60%の検知能力であれば、ビジネス的に使いものにならないわけで、結局個別対応が必要なのが現状だ」
また、日本の企業でよくあるのが、従来の人力のパフォーマンスと比較をしてしまうことだという。
「人がやると97%の精度で分類できる作業を、AIを入れたら当初80%しかいかなかったとする。それを97%になるまでPoCを続けなければいけないと考えがちだが、80%程度から97%まで上げるのは極めて困難な道程だ。それならば、80%の段階でAIを本番投入し、20%の部分は人間が担当することをお勧めしている」と徳田氏は話す。
ビジネスで必達なポイントを決めて、その中でAIが得意とするところだけに部分的に使っていく。不足する部分は人の手でカバーしてAIを早く本番環境に乗せることで学習できるデータを増やし、AIのカバー領域を増やしていくのが、ビジネスでAIを活用していくときに有効だという。
ITベンダーの視点2
富士通、AIの強みを理解して人の支援に使い切る
富士通は1980年に日本初のAI搭載コンピューター「FACOM α」を発表するなど、古くからAIの開発を進めてきた。同社で現在のAIソリューションである「Zinrai」を発表したのが2015年。当時から同社のAI推進の中心人物である、デジタルビジネス推進本部AIビジネス統括部統括部長の橋本文行氏は、現在のAIブームにこれまでとは違う手応えを感じているという。
富士通 橋本文行・統括部長
「日本で第3次AIブームと呼ばれるようになって4年ほどになるが、今でも続いていることに“本物”だという思いを強めている。Zinraiの商談件数も4年で2000件を突破した。いまやAIは全ての業界で注目のテクノロジーだ。ただ成果という軸で見ると、例えばコールセンターでは非常に大きなビジネスへのインパクトが得られているのに対して、製造業での取り組みはまだこれから本格という段階で、濃淡がある」
橋本氏は、AIに関する認識は、現在でも企業ごとの差が大きいと感じているという。
「AIに関するプロジェクトで失敗したものを調べてみると、目立つのは二つのパターン。まず、AIに関して過大な期待を抱いてスタートし、結果とのギャップに苦しむもの、もう一つはプロジェクトそのものが情報収集目的で、失敗しても放置されているものだ。後者のケースは、その後改善すればいいとも言えるが、失敗であろうとしっかり検証できるデータが取れているのかが重要だ」
とはいえ、前者のAIに過大な期待を抱くほうが問題は大きいという。AIは何でもできる、無敵だという認識のまま富士通に話を持ってくる企業は、少し落胆して帰っていく。中には、ITの課題でないことまでAIを使えば解決できると考えている企業もあるという。
橋本氏は、AIを導入するには、基本的に「データ」「プロセス」「ロジック」の三つがそろっている必要があると説明する。中でも重要なのはデータだ。
「こんな例がある。ある企業が当社にAI導入の相談に来られ、『データは豊富にあります』というので見せていただくと、それが全部紙に印刷されたグラフで、そのグラフを描いた元の数値データもない。これをコンピューターに取り込むには相当な前準備が必要になり、結局データ化を断念せざるを得なかった。また、画像の場合でも、AIに読み込ませて十分学習させるには1万枚程度の枚数がほしいところ。保有している画像の数が多いといっても、特定の分野の画像をそれだけ持つところはそう多くない。さらに画像の解像度が不足していて分析にかけられない場合もある」
富士通ではAIに関心がある顧客をワークショップに招き、議論する中で何が課題でどう解決していけるのかを明らかにしていく。その過程で抱いていたAIへのイメージと現実とのギャップを知ることも多いという。
「だが、最初の段階でAI以前の問題に気付いていただければ、何をすればいいのかがはっきりする。富士通は総合IT企業なので、例えばデータを取る方法が分からないのであれば、われわれがその仕組みの部分から提供することができる」
また、AIの効果についても、あまりに過大に見積もっていると実現困難になるという。どのような業務であれ、100人の仕事を全てAIで置き換えるというのは難しい。100人の仕事を例えば10人で済むように考えてシステムを設計するが、10人になった人の役割が極めて重要になる。
「そこでわれわれのAIのスローガンでもある“ヒューマンセットリック”(人間中心)の思想が必要になる。人間の全てをAIが置き換えるのでなく、あくまで人間を中心にした仕組みの中で、AIにどう支援させるかを考える。逆に言えば、AIの進化はわれわれ人間がAIを使いこなせるかにかかっている」
AIの適用分野をみると、これまで多かったのはコールセンターなど主に業務効率化、人件費などコスト削減に主眼を置いた領域だった。
橋本氏は、今後は製造分野、研究開発などのビジネスを大きくする分野に使われることになると期待している。「AI導入も企業にとっては投資だ。これからは投資に見合うリターンを生むものとしてAIの能力が認知され、生かされてくるものと信じている」と話す。
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