デジタルトランスフォーメーション(DX)の気運が盛り上がる中で、そもそもDXを実現するためには何から始めればいいのかという疑問に多くの企業はぶち当たる。その解決策として改めて注目を集めているのが、業務プロセス最適化ソリューションだ。直近で特に大きな盛り上がりを見せているのが、プロセスマイニングツール市場といえよう。BPM、RPAなどと組み合わせた統合的なソリューション提供やAI活用による機能向上なども進み、DX時代の業務プロセス最適化の中核を担うツールとして、市場の成長も期待される。DXに向かう第一歩としてのプロセス最適化について、ITソリューションの進化を踏まえて改めて考えてみる。
(取材・文/本多和幸)
日本市場はプロセスマイニング元年?
有力ベンダーが続々本格上陸した2019年
「プロセス最適化」の観点で、ITソリューションとして現在日本市場で大きな注目を集めているのがプロセスマイニングだ。プロセスマイニングとは、システム内のイベントログデータ(トランザクションデータ)を分析して業務プロセスの可視化や改善を行う取り組み。2019年は、有力プロセスマイニングソリューションベンダーの日本市場における営業が本格化した年と言える。
トップベンダーの独セロニスが日本法人の活動を本格化
グローバル最大手の独セロニスは9月24日、日本法人の活動を本格化し、国内市場でのサービス展開を拡大させると発表した。同社は2011年にミュンヘンで創業したプロセスマイニングツールベンダー。評価額10億ドル以上のユニコーン企業の一社でもある。
セロニス日本法人 小林裕亨社長
日本法人の小林裕亨社長は、「プロセスマイニングツールのグローバルシェアは9割近いと自負しているが、スタートアップではあるので一気に全世界で営業展開をするという体力はなかった。欧州から英国、米国東海外、西海岸へと徐々に営業地域を拡大し、ようやく日本でも本格的に営業を開始する準備が整った」と説明する。前年度のグローバルの売上高は1億ドル以上で、Uber、BMWなど700社を超えるユーザーを持つという。
同社は当初、オンプレミス版のソフトウェアパッケージを提供していたが、近年、クラウドに軸足を移している。日本市場では基本的に「Intelligent Business Cloud(IBC)」というクラウドサービスを提供する方針だ。
IBCは、ビジネスプロセスの可視化・分析というプロセスマイニングツールの普遍的な機能について、高速化やビジュアル的に分かりやすいレポートのUIなどを磨いてきたのはもちろん、「競合他社と決定的に違うのが、分析にとどまらず、AIを活用してよりスムーズなビジネスプロセスになるような改善策をサジェストし、その効果測定までを動的に行うこと」だという。
グローバルでは直販により事業を拡大させてきたが、日本市場ではパートナー経由の間接販売を重視する方針で、すでにSAPジャパンや三菱総合研究所、アビームコンサルティングなど計10社とパートナーシップを結んでいる。中でもSAPジャパンとは戦略的な協業関係を確立し、SAPのERPやプロセス最適化関連ソリューションと組み合わせて提供していく。
SAPジャパンの福田譲社長も、「生産性向上で従来のビジネスプロセスをそのまま効率化したのではあまり意味がなく、根本から見直す必要がある。しかし、ERPを含めたこれまでのシステムは業務のパフォーマンスを向上させることが目的のため、データを持っていてもビジネスプロセス自体を可視化することは苦手だった」として、SAPとセロニスが強力な補完関係にあることを強調している。
中長期的には国産の大手・中堅SIerとの協業も拡大し、販路に厚みを出したい意向だ。
プロセスマイニングの歴史
一人の“ゴッド・ファーザー”から始まった
プロセスマイニングツールの有力ベンダーは、欧州発の企業がほとんどだ。市場も欧州を起点に立ち上がっている。それは偏にプロセスマイニングの歴史に負うところが大きい。
約20年前、プロセスマイニングという概念を最初に提唱したのは、プロセスマイニング、ビジネスプロセス管理(BPM)、プロセスモデリングなどを研究するオランダの学識者であるウィル・ファン・デル・アールスト博士だ。現在はドイツのアーヘン工科大学に籍を置くが、プロセスマイニングの研究は、オランダのアイントホーフェン工科大学在籍時に着手したという。ウィル博士は、プロセスマイニング界の“ゴッド・ファーザー”ともいえる存在なのだ。
ハートコアは伊コグニティブ・テクノロジーと独占販売代理店契約を結んだ経緯から(詳細は本文参照)、プロセスマイニングツールの市場動向にも通じている。同社の松尾順・DX本部ProcessMining部シニアマネージャーは、「ウィル博士がオランダ発で提唱したプロセスマイニングは、彼の教え子たちがプロセスマイニングツールベンダーなどを興すことで周辺国に広がった」と説明する。
2010年にウィル博士の門下生であるアン・ロザント氏がオランダでフラクシコン社を立ち上げ、プロセスマイニングツール「Disco」を世に出したのが市場の幕開けで、11年にはドイツでセロニスが創業し、今やマーケットリーダーになった。セロニス日本法人の小林裕亨社長も、「ウィル博士がセロニスの成功をプロセスマイニングの必要性・重要性やプロセスマイニングツール市場の可能性を示す事例としてさまざまなところで紹介してくれているのは大きな意味がある」と話している。
ハートコアの松尾シニアマネージャーによれば、2011年頃から、欧州ではプロセスマイニングにかかわる人のための講演会やワークショップなど、イベントを核にしたコミュニティも立ち上がっており、前述のフラクシコン社のアン氏などがコアメンバーとしてコミュニティの活性化にも取り組んでいるという。その成果か、「2013年にはイタリアでコグニティブ・テクノロジーが登場し、オランダのプロセス・ゴールド(RPAベンダーのUiPathに今年買収された)も製品がよくなり、優れた実用性の高いツールが2010年代前半にどんどん出てきて、16年、17年で市場が一気に花開いた印象だ」(松尾シニアマネージャー)。これは、本文中のセロニス日本法人・小林社長のコメントからもうかがえる。18年からはようやく米国でも市場が立ち上がり、日本市場の今後の伸びにも大いに期待できるという。
NTTデータイントラマートとの協業でアクセル踏む独シグナビオ
NTTデータイントラマートは10月3日、ドイツのプロセスマイニングツールベンダーである独シグナビオとパートナー契約を結んだと発表した。近年、同社が注力しているBPMソリューションの一環として提供し、従来の製品ラインアップを補完する狙いがある。両社共同でマーケティングを行い、NTTデータイントラマートとして向こう3年で20件の(シグナビオ製品を採用した)BPMプロジェクト受注を目指す。
シグナビオは2009年設立。同社のプロセスマイニングツール「Signavio Process Manager(SPM)」は、すでに世界12カ国1300社以上で導入されているという。今年1月に日本法人を設立しているが、NTTデータイントラマートとの協業を機に、日本市場での拡販を一気に加速させたい考えだ。
SPMの特徴は、一般的なプロセスマイニングの機能に加え、新たな業務プロセスモデルを容易に記述(デザイン)できる機能や、実データに基づいてこれをシミュレーションしてボトルネックを可視化する機能なども提供する。SPMで作成した業務プロセスモデルはNTTデータイントラマートのBPMツール「IM-BPM」に取り込み、業務プロセスを再構築した上で実行を自動化できるという。短いスパンで継続的に業務プロセスを改善できる仕組みを提供する狙いだ。
NTTデータイントラマートの中山義人社長(左)と
独シグナビオのダニエル・フルトヴェングラー バイスプレジデント
NTTデータイントラマートの中山義人社長は、「両社のシナジーは大きい」とした上で、シグナビオの強みを「プロセスマイニング自体はある意味でコモディティだが、モデリング、シミュレーションの機能が素晴らしい」と話す。SPMがBPMプロジェクト獲得の追い風になるとの見方を示している。
一方、シグナビオのダニエル・フルトヴェングラー バイスプレジデント(アジア太平洋地域セールス担当)は、「プロセスマイニングとプロセスデザインを両方カバーしているベンダーは少なく、セロニスなど競合との差別化ポイントになっている。BPM関連ソリューションはカイゼンの文化がある日本でこれから幅広い領域におけるニーズが拡大していくと期待している。NTTデータイントラマートという補完的に提携できるパートナーが見つかったことも非常にポジティブだ」と話す。
myInvenioはハートコアが探し当てた最上のツール?
海外の優れたITソリューションを独自にローカライズしたり、機能を付加して日本市場で提供するビジネスモデルで成長を続けるハートコアも、プロセスマイニングへの注力度合いを強めている。
同社は18年1月に、英T-プランの製品をベースにしたRPA「HeartCore Robo」の提供を開始。「マルチブラウザー、マルチOS対応で、オフコンからスマートフォンまで、幅広く業務システムをカバーできるのが強みで、着実にシェアを伸ばしている」(松尾順・DX本部ProcessMining部シニアマネージャー)という。そして、プロセス最適化のソリューションとして同社のラインアップに今年新たに加わったのが、伊コグニティブ・テクノロジーのプロセスマイニングツール「myInvenio」だ。1月、日本市場での3年間の独占販売店契約を結んだ。
松尾シニアマネージャーは、全ての有力プロセスマイニングツールを調査・比較した上で「myInvenioが一番優れているという結論に達した」としている。プロセスマイニングツールとしての機能の網羅性は競合と全く遜色なく、直感的に操作できるユーザビリティを日本のユーザーにも享受してもらうべく、UIの日本語化も進めたという。サポートの充実やパートナー網の整備も進め、日本市場における先行者利益の確保にこの1年は努めてきた。
ハートコア 松尾 順シニアマネージャー
「日本ではプロセスマイニングツール市場はまだ立ち上がったばかりで未開拓。ここで先駆者になりたいと考えている。現在のところ、(トップベンダーである)セロニスと同じ土俵には立てていると思っていて、毎日のように問い合わせがある。狙った通りの状況になっている」と手応えを語る松尾シニアマネージャー。セロニスの日本法人立ち上げやシグナビオとNTTデータイントラマートの協業により、当面は3社(グループ)の争いが日本のプロセスマイニングツール市場をけん引することになると見ている。
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