ユーザー企業のなかで十分に活用されずに眠っていたデータを、ビジネス変革に生かそうとする取り組みが始まっている。富士通と東芝は、データ活用を重視する戦略子会社を相次いで立ち上げた。SIer各社もこれまでにも増してユーザーの業務に深く入り込み、ユーザー企業と二人三脚となってデータの整備・活用を推進しようとしている。ITベンダーとユーザー企業の、データを活用した価値創出への挑戦をレポートする。(取材・文/安藤章司)
データ活用の戦略会社を立ち上げ
データの分析やAI(人工知能)の活用によって、業務を改善したり、新しいビジネスを立ち上げる手法が盛んに提案されている。富士通は4月1日、時田隆仁社長が陣頭指揮をとるかたちで、先進技術とデータを駆使して革新的なサービスやビジネスプロセスの変革を行う新会社「Ridgelinez(リッジラインズ)」を本格始動した。
時田社長は、リッジラインズの立ち上げに際して「データを活用して顧客や社会に価値を還元する仕組みが、富士通本体には十分できていなかった」とし、リッジラインズはこの部分を補完する役割を担う。リッジラインズの社長に就任した今井俊哉氏は、「暗黙知ではなく、データにもとづいて非効率な業務をなくし、ここで確保したキャッシュを成長に向けた投資にまわせるよう支援していく」と話す。
リッジラインズ 今井俊哉 社長
東芝もデータを価値ある形に変え、社会に還元していく事業を行う新会社「東芝データ」を今年2月に設立。東芝データ代表取締役に就任した島田太郎CEOは、「これまで世の中になかったような新しいビジネスを創れる人材をグループ内外から意欲的に集めていく」と意気込みを話した。東芝データがまず取り組むのが、業界屈指のシェアを誇る東芝テックのPOSレジのデータの活用である。
スマートフォン決済を通じたデータ収集・活用が注目を集めているが、「どのような商品を購入したかのデータは実はPOSレジのなかにしかない」(東芝データの北川浩昭・代表取締役COO)。これまで小売店のなかに閉じていたデータを引き出し、全国規模で活用することで、消費者や小売店にとっての価値を創出できると話す。購買データの次は健康データ、人材データ、行動データなど、ユーザーの同意をもとにさまざまなデータを活用したビジネスを立ち上げていく方針だ。
東芝データの島田太郎CEO(左)と北川浩昭COO
東芝データの島田CEOは、東芝本体の執行役上席常務最高デジタル責任者(CDO)を兼務するとともに、この4月1日付で東芝グループの中核SIerである東芝デジタルソリューションズの社長にも就いている。3月末まで東芝デジタルソリューションズの社長だった錦織弘信氏は、この6月をめどに東芝テックの社長に就任する予定だ。POSデータを持つ東芝テックとグループ屈指のSI力を持つ東芝デジタルソリューションズ、そしてデータ活用を専門とする東芝データのラインを、島田氏と錦織氏のツートップで牽引していく布陣とみられる。
ユーザーと共に考え、共に創る
データから価値を創り出せることを社会に強く印象づけたのは、GAFAをはじめとするインターネットを主戦場とする企業である。ここに来て各社がデータ活用に本腰を入れた背景には、産業分野においても、データを活用することでコスト削減や売り上げ・利益の拡大につなげられるという判断がある。東芝では、米調査会社IDCのリポートを引用する形で、2018年の世界のデータ総量は約33兆ギガバイトだったのに対し、25年には約5.3倍の175兆ギガバイトに増えると説明。そして、18年当時にはインターネット上のデータと、産業分野を中心に実世界から得られたデータの比率がおよそ半々だったが、25年には後者のデータが全体のおよそ3分の2を占めると見ている。
産業分野のデータの伸びが大きいのは、これまで活用されていなかったデータがビジネスに生かされるようになることが理由として挙げられる。例えば、建設業で採用が進んでいる「BIM(ビルディング情報モデリング)」は、建築物の三次元形状に加え、部材の情報など、設計、施行、維持管理などのあらゆる工程で活用するデータを集約するシステムだ。
竹中工務店では、施工中の建物で掃除や運搬、警備などを担う「建設サービスロボット」の運用のため、BIMデータを活用した情報プラットフォームの構築を進めている。
サッポログループは、グループ内の物流データを起点とするデータ共有基盤の構築をキヤノンITソリューションズ(キヤノンITS)と共同で進めている。この基盤づくりプロジェクトの特徴は、酒類を中心としたサッポロビール、飲料・食品のポッカサッポロフード&ビバレッジ、メーカー物流のサッポログループ物流というサッポログループ各社とキヤノンITSが共同で研究し、設計している点にある。キヤノンITSは従来の受注者の枠組みを超えて、このプロジェクトに深くコミットしている。
一般的なSIプロジェクトでは、データ保護の観点から、本番データに似せてつくったダミーデータを用いてシステムを開発するが、今回のプロジェクトではキヤノンITSが独自に開発してきた需要予測・必要数計画の数理エンジン「FOREMAST(フォーマスト)」をベースとしながらも、サッポログループの実データを使って共同で開発するスタイルを採用。キヤノンITSでは、25年に向けた長期経営ビジョンの中で掲げた、ユーザー企業と共に考え、共に創る「共想共創カンパニーの実践例の一つ」(キヤノンITSの村松昇・上席執行役員SIサービス事業統括副担当)と位置づけている。
垣根を越えた新しい価値づくり
富士通とジェーシービー(JCB)は、信用情報をベースとした新しい「決済連携プラットフォーム」の開発で協業を進めている。人と人の取引に加えて、自動車やドローン配送のシェアリングといった「人とモノ」「モノとモノ」を与信の範囲内での自動契約への応用も視野に入れる野心的なものだ。
事業者は信用情報をによってリスクを予測でき、取引や契約に関する業務の自動化が可能になる。同プラットフォームでは、利用者本人の同意を得た上で、これまで得られなかったような網羅性の高い、多様なデータも取得できる。従来の自社の決済サービスの範囲内でしか得られなかった限定的なものではなくなり、「サービスの垣根を越えた新しい価値を生み出す道が開けるのではないか」(富士通の花森利弥・デジタルウェア開発統括部第一開発部シニアマネージャー)と予測している。
データ流通を促進するプラットフォームをつくることで、これまで活用しきれていなかったデータがビジネスに生かせるようになる。GAFAはインターネット上で独自のプラットフォームを構築し、世界規模でデータ流通を促進したが、産業分野では業種や業態ごとにデータ流通のプラットフォームを構築していく動きがあり、ITベンダーはこのプラットフォーム構築にビジネスチャンスを見いだせる。
データ活用のプラットフォームづくりでは、個人情報や機密情報を含む、ユーザー企業の“本番データ”をITベンダーと共有することになる。ユーザー企業から見れば、本番データをITベンダーに提供することにはリスクをはらむが、単純なアウトソーシングではなく、データを活用したビジネスの結果を出すまで伴走してくれるITベンダーに対してであれば、データ共有のリスクともバランスがとれる。近年では、大手ITベンダーを中心に、ユーザー企業と共にデータを活用してビジネスを創り出す「共創」を掲げるケースが増えており、ITベンダー側もユーザーのこうした挑戦に応えようとする前向きな姿勢が目立つ。
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