データでコロナ後の店舗を支援する
“3密”を客観的に防ぐ
小売業にとって、コロナからの再開後にどれだけ客足が戻ってくるかは一番の関心事だ。単純に売り上げがどれぐらい戻るかだけでなく、消費者の行動がコロナ後にどう変わっているのかを知ることも重要になる。
ABEJAは、アパレルや雑貨販売の企業に対して、センサーを使って来店客の動きを見える化することで、店舗施策の検証と改善提案を行うサービスを提供している。
入店者数の確認や、店内でどういった動きをしているかを、赤外線センサーでトラッキングする。さらにビデオカメラに写った顔の画像から年代や性別を判定できる(個人情報は記録しない)。同社はこのシステムをSaaSで企業に提供している。
今、その仕組みを使ってコロナ後の店舗運営を改善したいと考えている企業が増えているという。同社の菊池佑太・取締役 最高製品責任者は、小売店のニーズについて次のように話す。
ABEJA 菊池佑太 取締役 最高製品責任者
「当社の空間計測の技術を使って、『3密の可視化』をしていきたいと考える店舗がある。混み合っている状況がわかれば、データに基づく効果的な対策を取ることが可能だ」
営業再開した店舗では、“ソーシャルディスタンス”を店内で実現するために、床にマーキングをしたり棚の配置を変えるなどの対策が取られているが、それで本当に人の動きをコントロールできているのかは未知数だ。広々とした店内でも、通路の一部分では人が混み合う可能性もある。そのため、実際の客の動きをトラックした客観的なデータは非常に重要だ。
感染を心配する消費者も、そうした対策を施している店舗だとわかれば、安心してショッピングを楽しむことができる。ABEJAの空間情報の可視化技術は、店舗に限らずさまざまな場所で利用できそうだ。
「店舗のリアル」を知るべき
ここまで述べてきたように、コロナ後の消費者はオンラインを中心に行動し、リアル店舗の役割は大きく変わるため、それに対応しなければいけないという見方がある。菊池取締役は、コロナ後は全体としてリアル店舗の運営は見直しを迫られるという見通しを示しながらも、それで店舗の役割が一気に変わってしまうとは考えていない。
「確かに、ウェブ会議システムやチャットツールなどを使えば、オンラインの接客もできるようになっています。また、オンラインで全て決めて、最終的に試着などをするためだけに店頭に来る消費者が増えるという意見もあります。ですが私たちは、消費者はそうした“最適化された購買行動”を好む人ばかりではないと思っています。今後も、何を買うのかがぼんやりしている状態で店舗を訪れ、いろいろ試していくうちに購買に至る消費者は多いということだ」
その上で菊池取締役は、「まずやるべきは、コロナの前後で消費者の行動の差がどれだけあるかを可視化すること」が重要だと語る。
ABEJAが見ているのは、店舗運営のリアルの世界だ。商品を売らない体験型ショップに、全ての店舗が変われる訳ではない。ならば既存の店舗の状態をデータ分析によって可視化し、運営の効率化を進めることが目の前の課題として浮かび上がる。
「企業が店舗の従業員に求めるのは、接客への集中。それ以外の作業はできる限り省いて負担を減らす必要がある。例えば、棚だしの作業や接客の記録などの報告(日報)は、可能な限り自動化して来店客への対応を第一に考えるべきだ」
まだ消費者が店に完全に戻ってきていない状況では、店員の数も調整が必要で、少ない人員で対応しなければいけない。接客以外の業務が多いと、さらに負担が増してしまう。「来店者の人数、時間帯などの定量的なデータを取ることで、AIによる来店人数を予測することができれば、最適な人員の数が計算できる」と話す。
AIに関しては、コロナのような前例のない事態の下では、過去に学習したデータが使えない場面もあった。だが今後環境が落ち着いてくれば、一時的に感染の第二波、第三波という事態が発生したとしても、予測の精度は維持できるとみている。
DXへの一歩を踏み出す
緊急事態宣言や、営業・移動の自粛要請が解除され、企業の活動は徐々にリアルの場へ戻ろうとしている。アドビの祖谷考克・DXマーケティング&セールス デベロップメント本部本部長は、「コロナによって、消費者は大きく変わってしまったかもしれないのに、企業側が変わらずに元に戻ってしまうと、ギャップが埋められず取り返しが付かないことになる」と指摘する。
アドビ 祖谷考克 本部長
店舗の役割はコロナで大きく変わるというのが祖谷本部長の考えだ。「オンライン購入には、便利さが間違いなくあると思う。各所で報道されているとおり、コロナを機にさまざまなものがネットで買われており、新たにネットショッピングを始めた層も急拡大しているのは間違いない。リアル店舗が再開しても、ネットで買えるものはもう店で買わないという人も増えたはずだ」
そうした環境下では、店舗の売り上げは従来通りには回復しないだろう。オンラインとオフラインで、ブランド体験の鮮明な役割分担の世界が出てくるとみている。
ブランドショップでないような、飲食店の場合は様相が異なると分析する。外出自粛で自宅での飲食消費が爆発的に増えた。一方で、コロナ後も企業によってはオフィスへ出社させる人員を大幅に絞るところも出ている。オフィス街にある店舗は、昨年までのような客数を確保するのが難しくなる。
「日本でも欧米のように自宅でくつろぐ時間が再発見された格好だが、このことをただ店の客が減ると捉えるのは一面的だと思う。飲食店は、自分の店の中で消費者に提供していた価値観、世界観を、店というキャパシティを超えて消費者の手元まで届ける機会を得たと考えられないだろうか。もちろん簡単ではないと思うが、ECやデリバリーの技術は進化しており、チャレンジは可能だ」
飲食店がプロとして提供できる価値を、飲食営業以外でどう探していくか、料理のデリバリーをはじめ、関連する商品の通販、動画コンテンツでもいい。それらがビジネスチャンスになってくる。
祖谷本部長は、こうしたチャレンジの炎はもともと企業内にくすぶっていたと話す。「以前から、顧客に近い部門ほど、『新しいことをやりたいのに“上”がわかってくれない』という声が出ていた。それがコロナを機に、企業のトップが生存をかけた変革をためらっていられない状況に追い込まれている。現場はようやく報われる時が来たといえるだろう」
その際に、デジタルは強力な武器になる。
「デジタルを使えば、顧客が多数でも、ある程度は個別に予測して対応できるというメリットがある。つまり、1対1の時のきめ細やかさと、1対多数の時の最大公約数的な対応のいいとこ取りができるわけだ」
ただし、機動力を持って対応するためには、業務プロセス全体を早く動かして改善していくことが求められる。そのために必要なのが、顧客データの安全で統制の利いた一元管理だ。アドビが現在力を入れている分野でもある。顧客体験を管理する基盤としての「Adobe Experience Platform」は、それを実現するために作られた。
「これまでオムニチャネルというと、店舗は店舗、オンラインはオンラインのチャネルでそれぞれデータを持っていて、その間の情報を連携するというイメージがあった。しかし、これからは顧客のデータは1箇所にあって、そこに各チャネルから情報が集まってくる形に変えなければいけない」
同社では、SaaSなどのサービス提供と合わせて、ニューノーマルに向けてデジタルで顧客をどう捕まえるかといったノウハウを、企業に提供していきたいとしている。
「オンラインでは買ってもらえないと思っていたものも、きっかけがあれば常連になってもらえる。例えば生鮮食料品のデリバリーをどうするか、という話で、オンラインでほうれん草を買った顧客が、その品質のよさを知り、ほかの食品も買うようになったといわれる。食品以外の商材でも、何かが突破口となる場合がある」
やってみなければ何も始まらない。今こそ一歩を踏み出す時だと、祖谷本部長は繰り返した。
<まとめ>顧客と直接、強くつながる
小売業本来の価値が問われる
「アフターコロナのB2Cビジネスのあり方」をテーマにした取材を通じて見えてきたのは、リアル店舗でもECでも、企業と消費者との関係を強く、長く保つことがなにより重要ということだ。取材時に各社が挙げた事例の中では、顧客と直接太いつながりを持っている企業は、コロナでも強かったというコメントが聞かれた。
顧客とより深くつながるには、販売して終わりでなく、コミュニケーションを継続していくことが必要だ。「『商品が入りました』と伝える程度でいい。重要なのは、短くていいので小まめに情報を出していくこと」とBASEの山村氏は語る。幸いなことに、それを可能にするツールは揃っている。