国内PC市場がいま、思わぬ需要で沸き立っている。2020年1月の「Windows 7」サポート終了に伴う特需の反動を受けて、今年度のPC市場は縮小に向かうと見られていたが、新型コロナウイルスの感染防止策としてテレワークの導入が広がり、PC需要が急増。しかし、これまでに経験がない新たな需要の創出に、業界関係者の間でもこの勢いがいつまで続くのかは見通せない状況だ。そうしたなかで、ニューノーマル時代に向けた新たなPCづくりの模索も始まっている。
(取材・文/大河原克行 編集/前田幸慧)
業界の予想を超えた
PC市場の伸び
業界団体の電子情報技術産業協会(JEITA)の発表によると、20年4月の国内PC出荷は前年同月比5.3%増の69万9000台と、前年を上回る結果となった。
これは、いい意味で業界の予測を大きく裏切ったといえる。JEITAが20年2月に発刊した「AV&IT機器世界需要動向~2024年までの展望~」によると、20年度の国内PC市場は前年比33.4%減の985万台と予測され、市場規模は3分の2になるという厳しい見方だったからだ。
国内PC市場の縮小が予測されていた最大の理由は、20年1月のWindows 7のサポート終了に伴う買い替え特需の反動にある。
MM総研の調べによると、19年(1月~12月)の国内PC出荷台数は前年比41.5%増の1570万台となった。19年度上期(4月~9月)は、法人市場において前倒しで新たなPC環境への移行が進んだことに加え、消費増税前の駆け込みが見られたことで、前年比50.2%増と、半期単位で過去最大の伸び率となった。それまでPC出荷は年間1000万台強の規模で推移していただけに、20年度に大きな反動が来ることは当然視されていた。そうしたことからも、20年4月の前年実績を上回る状況は、業界の想定外だったことがわかる。
テレワーク需要で
「店頭」の動きが活性化
想定外の市場成長をもたらした背景にあるのは、テレワーク需要の急増だ。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、多くの企業が在宅勤務に移行。それに伴い、テレワークを急きょ取り入れる企業が増加し、在宅で仕事ができるようPCを用意する動きが顕在化した。インテルの鈴木国正社長は、「テレワークやオンライン授業などによってPCの価値が再認知され、予想外に需要があり(国内PC市場は)顕著な伸びを示した」と振り返る。
経団連が会員企業を対象に4月に実施した調査によると、有効回答が得られた406社のうち、テレワークや在宅勤務を導入していると回答した企業は397社。全体の97.8%に上り、大企業でのテレワーク導入が促進されていることが明らかになっている。
主に中堅・中小企業から構成される東京商工会議所の調べでは、3月の調査(回答数1333社)でテレワークを実施している企業は26.0%だったが、6月の調査(回答数1111社)では67.3%と、41.3ポイントも増加している。テレワークを実施している企業のうち半数以上が緊急事態宣言発令以降に開始したと回答しており、中小企業においてもテレワークが一気に浸透していることがうかがえる。また、従業員30人未満の企業のテレワーク実施率は45.0%だが、30人以上では74.1%、300人以上では90.0%と、従業員規模が大きくなるに従い実施率が高いことも明らかになっている。これらの調査からもわかるように、テレワークの導入が急速に拡大しており、それに伴ってPC市場も活性化しているのだ。
特に堅調なのがコンシューマーPC市場だ。テレワークは企業主導で実施されるため、法人向けPCの需要が伸びるようにも見えるが、在宅勤務用のPCをいち早く用意したいという緊急性から、中堅・中小企業を中心に家電量販店で購入するといったケースもかなり多いようだ。ビックカメラでも、3月以降、同一機種をまとまった数で購入していく来店客が増加していたといい、在宅勤務用に店頭でPCを調達するケースが増加していたことを示している。富士通クライアントコンピューティングでも、「在宅勤務用途で使えるPCを優先的に仕入れる動きが目立つ。量販店でも、テレワークのためにPCを購入するユーザーが増えているのは明らか」だとする。
また、NECパーソナルコンピュータが3月に実施した調査によれば、テレワーク勤務で会社支給のPCを使っている人は55%、会社支給と個人購入のPCを併用している人が23%、個人購入のPCを利用している人が22%となっている。つまり、45%の人が在宅勤務で個人のPCを利用していることになる。この内訳を従業員数別にみると、セキュリティポリシーが確立され、個人のPCの活用が難しい企業が多い1000人以上の大手企業では、個人PCの利用が併用をあわせても30%にとどまるのに対して、100人未満の企業では65%に達しており、3分の2が在宅勤務時に個人のPCを利用している状況だ。コンシューマーPCの売れ行きが好調な背景にはこうした要素も見逃せない。
なおJEITAの発表では、5月の出荷台数が21.7%減と前年割れになっているが、同協会では、「法人向けが前年需要増の反動があったが、個人向けが好調に推移した」としており、コンシューマーPCについては、5月も引き続き前年実績を上回った模様だ。
需要の増加で
個人PCの単価も上昇
コンシューマーPCの好調ぶりは、全国の主要家電量販店・ネットショップの実売データを集計した「BCNランキング」のデータでも明らかになっている。直近3カ月をみると、4月の販売台数は前年同月比(以下同)39.0%増、5月は43.4増、6月は19.1%増となり、3カ月連続で前年実績を大きく上回っている。
ここで特筆されるのが、ノートPCの売れ行きの好調ぶりだ。デスクトップPCの販売実績は、4月が前年同月比16.3%減、5月が7.4%減、6月が8.8%減と減少傾向が続いているのに対して、ノートPCは4月が46.4%増、5月が51.1%増、6月が23.5%増と大幅な伸びが続いている。テレワーク利用において、ノートPCを活用する動きが見られている。
PCの平均単価も上昇している。BCNの調査によると、20年5月の平均単価は11万3600円となっているが、これは前年同月に比べて6700円上昇している。ノートPCでは7000円、デスクトップPCでは1万3100円の上昇だ。6月のデータでも、平均単価は11万2300円。前年同月に比べて、3800円上昇している。ノートPCでは4600円、デスクトップPCでは2000円の上昇が見られている。
これら単価の上昇にも、テレワーク需要が影響している。19年に見られたWindows 7のサポート終了時に伴う特需では、新たな環境への移行が優先されたことで、法人需要においてはエントリーモデルの導入が先行される傾向が強く、個人でも特に長期間PCを利用していたユーザーには同様の傾向が見られたという。だが、今年4月以降のテレワーク需要では、オンライン会議システムの利用や、持ち運びを想定して軽量ノートPCを選択するなど、高付加価値の機種が売れる傾向が高まっており、これが単価の上昇につながっている。業界関係者からは「当初は、特別定額給付金の10万円以内でPCの購入を検討するといったケースも多かったが、在宅勤務で『Zoom』や『Microsoft Teams』をはじめとするオンライン会議システムの利用が増加するのに従い、ある程度のスペックを持ったPCが必要であることがわかり、それが単価上昇につながっている」という声が聞かれる。
Zoomの推奨スペックは、インテルCPUの場合にはCore i3以上、メモリは4GB以上となっている。エントリーモデルに搭載されるCeleronではなく、Core i3を最低限のスペックとして、仕様を引き上げながら検討する結果、PCの単価が上昇しているとみられる。
「在宅からオンラインで商談する際に、自社の商品などをより見やすく表示するために高解像度のカメラを内蔵したPCを選んだり、オンライン会議のために、音声を拾いやすいマイク、聞きやすいスピーカーを重視して購入したりするケースが明らかに増加している。これまではあまり重視されていなかった、テレワークに最適な機能が注目されている」などの声もあり、テレワーク需要が、単価を押し上げる要素になっているのは明らかだ。
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