Special Feature
変容する医療ITビジネス オンライン診療きっかけにデジタル化が加速
2020/07/30 09:00
週刊BCN 2020年07月27日vol.1835掲載
大手ベンダーも方向転換
新しい切り口でビジネスチャンスをつかむ
NEC、富士通の大病院向けの電子カルテを開発する大手ベンダーも、ビジネス環境の変化にスピード感をもって適応している。スマートフォン用アプリや顔認証といった従来の電子カルテとは毛色の違った商材を前面に押し出して、新型コロナの院内感染リスク低減に取り組む。これまで医療分野とあまり接点のなかった大手SIerの新規参入、オンライン診療の普及が進むことで、情報セキュリティベンダーのビジネスチャンスも拡大する可能性がある。テーマ 1
NEC、富士通の医療ITビジネスに変化あり
スマホアプリで“三密”回避へ
富士通は「病院内での感染拡大の抑制」を当面の重点施策に位置づけ、病院待合室の混雑解消や医療従事者間の“三密”低減に役立つIT商材の一部を、今年6月から半年間、無償で医療機関に提供することを決めている。
スマートフォンのアプリと連動する「HOPE LifeMark-コンシェルジュ」は、患者の位置情報を基に、病院の入り口を通るだけで自動で再来受付を行ったり、診察の順番が近づいたら患者のスマートフォンに通知を送ることができる。これによって、「非接触での受付が可能になり、マイカーで来院した人はマイカーの中で診察の順番を待ったりすることで、とかく混雑しがちな病院の受付や待合室の三密の緩和が期待できる」(國分出・ヘルスケアソリューション事業本部本部長)。
密閉・密集・密接の三密回避に神経を尖らせる病院のLifeMark-コンシェルジュに対する関心は高く、この第1四半期(4-6月期)は前年同期比で「3倍以上の引き合いをいただいている」(藤岡学・ヘルスケアビジネス推進統括部第一ヘルスケアビジネス推進部部長)と手応えを感じている。
このほか、電子カルテの情報をスマートフォンやタブレットで参照したり、入力できる「HOPE PocketChart」は、病院内の医療従事者の対人距離の確保に役立つ。コロナに感染した患者を受け入れている病院では、感染者用の区域とそうでない患者の区域を分ける“ゾーニング”をするケースが多い。院内を大きく二つに分けるには、電子カルテを閲覧できるパソコンも単純計算で2倍要ることになるが、実際にはそれほど多くの端末を用意するのは難しい。PocketChartを活用することで、手待ちのスマートフォンやタブレット端末から電子カルテを遠隔で操作できるようになり、「ゾーニングしても電子カルテ用のパソコンを大幅に増やさずに済む」(森田嘉昭・ヘルスケアソリューション事業本部第一ソリューション事業部長)と見ている。
コロナ感染の第二波が懸念される中、来年1~2月になれば花粉症の時期に備える患者の来院が予想される。富士通では無償提供の期間が終わった後も、有償で院内感染の抑制に役立つIT商材を継続利用してもらえるよう働きかけていく。こうした取り組みによって電子カルテの更改プロジェクトの一部延期など既存ビジネスの減少分をカバーしていく方針だ。
強みの顔認証で感染リスク低減
NECは、コロナ対策の最前線に立つ病院の安全確保を最優先すべき課題と位置づけている。病院内で対人距離を確保する「非集合」、モノを媒介とした感染を防ぐ「非接触」をキーワードに、同社の強みである顔認証や音声記録AIなどの技術を結集してソリューションを提供していく方針。人が集まって対人距離が縮まったり、ウイルスが付着したモノを触ることで感染するリスクを極力減らしていくことがITによって実現可能だと見ている。
その技術的な柱と位置づけるのが顔認証システムだ。「マスクやサングラスなどを装着した場合でも、事前に登録した画像データと照合して、本人かどうかを高精度で識別できる」(福井誠・医療ソリューション事業部上席事業主幹)としており、すでに実証実験を行っている段階だ。受付システムと連動させて顔認証で再来患者の受付を済ませられるようにすれば、接触による感染リスクの軽減につながる。
この顔認証の技術と体温測定用のサーモカメラを組み合わせることで、発熱している人を対人距離を保ったまま検知することもできる。誰が病院に来て、院内のどのルートを通ったのかを記録し、調べられるようになれば、「万が一、感染の疑いがある人が来院した際、誰と接触したのかが分かるようになる」(矢原潤一・医療ソリューション事業部マネージャー)。
また、音声認識AI技術を問診記録や電子カルテの入力に応用して、キーボードを触らずに入力できるようにする実証実験も進めている。例えば看護師が「体温36.5度」と言えば、手持ちのタブレット端末に表示された記録表の「体温」の枠に「36.5」と入力するイメージだ。一通り入力し終わったら、最終的に人の目で間違いがないか確認して入力を終える。二川康秀・医療ソリューション事業部ソリューション推進グループシニアマネージャーは、「キーボードを使うよりもモノと接触する箇所を大幅に減らせる」と話す。
これらの商材は、病院だけでなく他の事業所への応用も可能であるほか、海外への展開もしやすい。従来の電子カルテなどの病院向け主力商材は、国内の病院に特化しているため海外への展開はハードルが高かった。だが、顔認証や音声記録AIといった技術を軸とする「非集合」「非接触」のシステム商材ならば、「海外への展開も視野に入る」(福井上席事業主幹)と、感染拡大を防ぐ意識が世界規模で高まっている今のタイミングを商機と捉えている。
テーマ 2
データ活用やセキュリティに商機
健康情報のオンライン化がカギ
オンライン診療を進めていくに当たって課題も見えてきた。代表的なものは、対面に比べて医師が得られる情報量が少なくなってしまうことだ。この課題を解決するに当たって、健康医療分野の研究に力を入れる三菱総合研究所(MRI)は、「デジタル化が十分に進んでいなかった個々人の健康情報のデジタル化」(大山元・ヘルスケア事業戦略チーム主席研究員)に着目している。個人の健康情報を記録する「PHR(パーソナルヘルスレコード)」と呼ばれるデータを蓄積し、これを患者の同意を得た上で医師が参照できるようになれば、オンライン診療における情報不足の課題解決につながると見ているのだ。
PHRは決して特別な情報ではない。一般的な社会人の健康診断の数値、もっと簡単なものだと一日の運動量や体重、血圧、血糖値程度のものでも、その変化を見ることは「診断にとって有用なPHR情報になる」(前田由美・ヘルスケア事業戦略チーム主席研究員)という。健康グッズとして安価に提供されている体重計、血圧計に加え、近年ではウェアラブル端末によって睡眠の状況や運動量なども容易にデータを得られるようになった。
大学や研究機関、デバイスメーカーなどが参加して2018年まで行われた「IoT活用による糖尿病重症化予防法の開発を目指した研究(PRISM-J)」によれば、こうした日常の運動量や体重、血圧、血糖値といったデータを基に患者の行動変容を促したグループと、そうしなかったグループを比較すると、有意な差が見られたという。前田主席研究員は、「これまで患者個人がとった健康データをあまり重視しない傾向が見られたが、こうした研究によって個人で取得したPHRが一部の疾患の治療に有効であることが明らかになってきた」(同)と話す。
オンライン診療は、肥満や糖尿病、高脂血症(高コレステロール)、高血圧をはじめとする生活習慣病を中心に、コロナ禍が収束した後も医療業務の効率化策の一環として定着することが期待されている。同時に健康データを患者自身が記録し、それを医師と共有することで、医師に丸投げではない医療の新しい形が浸透していく可能性がある。オンライン診療をより効果的なものにするには、患者側のそうした意識の変化を促していく必要もありそうだ。
セキュリティ需要も増える見込み
ただし、PHRのデータ形式はバラバラで、現時点で標準的なデータ流通基盤があるわけではない。国はマイナンバー(社会保障・税番号制度)のマイナポータルに健診情報を集約する方向で検討しているが、実現にはまだ時間がかかる見込み。PHRのデータ流通に潜在的な需要をいち早く見いだしたTISは、日本マイクロソフトが進める標準参照モデル「ヘルスケアリファレンスアーキテクチャ」に準拠するかたちで、「ヘルスケアプラットフォーム」を7月に発表。同プラットフォーム事業分野に本格参入した。
TISの主力サービス事業の一つにキャッシュレス決済プラットフォーム「PAYCIERGE(ペイシェルジュ)」があり、スマートフォン決済やクレジット、プリペイド、デビットの各種カード決済のデータを受け渡すノウハウを持っている。このノウハウをPHRのデータ流通に応用することで、「オープンな健康や医療に関するデータ流通プラットフォームとして、PHRデータ活用市場の活性化に役立てていく」(TISの伊藤浩人・執行役員サービス事業統括本部ヘルスケアビジネスユニットジェネラルマネージャー)考え。
PHRプラットフォーム事業に参入
医療関連データのオンライン化は、情報セキュリティビジネスの拡大にもつながる。NRIセキュアテクノロジーズは、オンライン診療やPHRデータ流通のセキュリティリスクの分析に意欲的に取り組む。コロナ禍で特例的、時限的な措置で規制が緩和されたオンライン診療については、医師や患者のなりすましを防ぐために身分を証明できるものを提示するなど、「まずはできることから始めるべき」(松本直毅・上級セキュリティコンサルタント)と指摘。その上で、今後は「多要素の本人確認の導入やアクセス記録を取る仕組みの実装など、より高いレベルのセキュリティ対策が求められる」と話す。
PHRデータは体重や血圧といった個人でも測定できるデータが中心だが、「政治家や有名人のデータは狙われる可能性が高い」(内橋七海・セキュリティコンサルタント)という。オンライン診療でも、脆弱性を狙って「サービスを止めるぞ、などと病院や診療所の業務を不当に差し押さえて金品を要求するランサムウェアを仕込まれることも想定される」と木村匠・セキュリティコンサルタントは話す。
今後、例えば家庭の血圧計のPHRデータをオンライン診療のネットワークに流して医師が確認するといったデータの流れが成立するとすれば、血圧計のデバイスメーカーやオンライン診療サービス事業者などの各パートごとにセキュリティを保っていく必要に迫られる。NRIセキュアテクノロジーズは、IoTの分野で先行する自動車、決済や認証の分野で進んでいる金融業のセキュリティ技術や知見を参考にしながら、デバイスメーカーやサービス事業者向けのセキュリティコンサルティングのビジネスを伸ばしていく。

医療分野のITビジネスが大きく変容している。対人距離を保つため、オンライン診療の需要が急増。ビデオ通話や決済のサービスから始まり、ITを活用した院内感染リスクの低減、健康情報の管理、情報セキュリティに至るまで、幅広いIT需要が見込まれている。一方、電子カルテの更改需要など既存の医療ITビジネスは、主要顧客である大規模病院がコロナ禍への対処に追われていることから、プロジェクトの一時中断、先送りが一部に見られる。ITベンダーはこうした市場環境の変化にいち早く適応し、ビジネスを伸ばす取り組みを加速させている。
(取材・文/安藤章司)
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