リモートワークを契機に改革を推進
多様な観点から議論が活発化
週刊BCNのアンケートでリモートワークを定着させていくと回答したSIerに個別にインタビューし、回答の裏側にどのような狙いや課題があるのかを探った。コロナ禍をきっかけに、客先にSEが常駐する“分室ビジネス”の改革に乗り出したり、キャリアパスの在り方の議論を活発化させたり、社内のIT基盤を全面的に見直すなどの動きが目立つようになっている。
SCSK
分室ビジネスの改革に乗り出す
SCSKは、今回のコロナ禍を契機として、分室ビジネスの改革に乗り出す。同社では、ビジネスパートナー社員(協力会社社員)も含めて1万人余りが客先(分室)に勤務しているが、4~5月の緊急事態宣言中は平均50%、その後の7月末までの期間は平均43%がリモートワークに切り替えた。客先常駐の人員の半分弱がリモートワークをしても仕事が回ることが実証された形となった。
SCSKでは、かねてから地方拠点の開発リソースを活用するニアショアに積極的だったが、SEが客先に常駐して開発する仕事についてはニアショアに持ち出しにくい状況だった。その対応策として、顧客といっしょにビジネス戦略を考え、客先の事業部門のニーズを探り、積極的に提案していくことで顧客のビジネスを支える“共創起点”の人材を客先に重点的に配置。開発フェーズに入った業務はリモートワークやニアショア、海外のオフショアに切り出すことで、コスト競争力の向上につなげる。
山口 功 労務部部長
人材育成やキャリアパスの観点でも、客先で指示通りに作業をするより、自社の開発拠点で生産性を高める独自の工夫をしたり、新しいツールや手法を取り入れたりするほうが、スキルの向上には有益だ。山口功・人事・総務グループ労務部部長は、「分室ビジネスの改革は長年議論が続いていた課題だったが、この半年で改革に向けて大きく動き始めた」と話す。
とはいえ、本社・支社などの拠点での勤務者が緊急事態宣言は平均82%、7月末までの期間が平均71%がリモートワークだったのに比べて、分室勤務者のリモートワークの比率はそれよりも低い。分室ビジネスのリモートワーク移行のハードルの高さがうかがえる。
NTTデータ
「やればできる」ことが判明
NTTデータは、この半年間のリモートワーク比率を俯瞰すると、客先常駐を含めて平均7割で推移した。東京五輪会場からほど近い豊洲に本社を置くNTTデータは、五輪開催中の混雑緩和に備えてリモートワークの下準備を進めてきたものの、本社・支社支店、客先を含めて「『やればできる』ことが分かってしまったのが正直なところ」(岡田和恵・人事本部制度企画担当部長)と驚きを隠さない。
岡田和恵 部長
リモートワークを定着させる理由として、ダイバーシティや健康経営の促進がある一方、とりわけ客先常駐していたSEのキャリア形成でもプラス要素が大きいとみる。
例えば、客先の数世代前の古いシステムの改修スキルを高めるのもSEとして重要な仕事だが、並行して最新技術を身につけておくこともキャリアパスを描くのには欠かせない。客先常駐で顧客に評価され、重宝される存在であればあるほど、常駐先が固定的になる傾向があり、結果的にローテーションのサイクルが長くなり、スキル転換もしにくくなる。
客先常駐の仕事であっても、リモートと常駐の割合が現在のように7対3くらいであれば、「(それぞれのSEが)スキルアップのための時間も確保しやすくなり、ローテーションも進みやすくなるのではないか」と関口太郎・人事本部制度企画担当課長は話す。
関口太郎 課長
NTTデータでは特別なスキルを持つ社員を外部から市場価値に応じた報酬で採用する仕組み「アドバンスドプロフェッショナル(ADP)制度」も立ち上げ、現在、7人のプロフェッショナル社員が活動中だ。ほかにも「テクニカルグレード制度」によって専門職、技術職のまま能力に応じて報酬を増やす仕組みも導入している。従来の課長、部長、事業部長といった管理職コースとは違うキャリアパスを用意しているのだ。これらはジョブ型に近い職務を明確にした成果重視の制度であり、リモートワークの定着化とともに「さまざまな働き方、評価基準を選択できるようにしていく」(岡田担当部長)方針だ。
TIS
「時間」と「場所」から自由に
TISは、豊洲に新しい大型オフィスを2021年度に開設するに当たって、コンセプトの一つとして「『時間』と『場所』を自由に選択できる働き方の実現」を掲げている。新オフィス開設の発表はコロナ禍前の19年11月で、新オフィスの立ち上げをきっかけに従来の働き方を大きく変えていく方針だった。
ところがコロナ禍によって直近半年間で約7割が半ば強制的にリモートワークに移行。客先常駐の勤務者も含めて、「オンラインで商談をしたり、クラウド上の仮想空間に集まってリモートでシステム開発を行うといった変化が進んだ」(細谷悦子・人事企画部働き方改革推進室室長)という。新オフィスの開設を待たずに働き方が変わった形だ。
細谷悦子 働き方改革推進室室長
健康経営やダイバーシティを推進するとともに、実質的に男性社員が担うことが多かった転勤や単身赴任の在り方なども見直しを進めている。リモートで仕事ができる環境や制度を充実させることで、「転勤を減らし、働き方の自由度を高めていくことが、組織の活性化につながる」(細谷室長)と、リモートワーク定着の効果に期待を寄せる。
富士ソフト
IT基盤、セキュリティを抜本的に見直し
新しい技術を積極的に自社導入する社風の富士ソフトが在宅勤務制度を始めたのは1989年。以降、90年代にVPNを導入し、その後はUSBシンクライアント(09年)、リモートデスクトップ(13年)、VDI(15年)を導入し、環境整備をしてきた。13年のリモートデスクトップ導入を機に、在宅勤務制度の利用対象を全社員に拡大。サテライトオフィスや、昼間の利用客の少ない時間帯は提携先のカラオケボックスでの業務も認めている。
岡嶋秀実 常務
リモートワークの環境整備に力を入れてきた富士ソフトでも、コロナ禍で大半の社員がリモートワークを経験する事態に直面し、「IT基盤の再整備が急務となった」と岡嶋秀実・常務執行役員技術管理・セキュリティ担当は話す。具体的には、社外からの接続がVPNの接続口に集中することによりボトルネック化するリスク、なりすましなどで防御壁をすり抜けられてしまう境界型防御の脆弱性を問題視した。
そこで、コロナ禍の緊急事態宣言の発出と前後して、今年4月から対策に乗り出した。2カ年計画で、業務アプリケーションごとにユーザー権限を認証するゼロトラスト・ネットワークの構築や多要素認証、不正侵入されてもその振る舞いから即座に検知して被害の拡大を防ぐEDRセキュリティの全面的な採用を進めていく。コロナ禍を機に業種・業態を問わずリモートワークが浸透することを見越して、先進的なIT基盤をまずは自社で導入。そこで得た知見や実績をもとに、顧客企業に向けた提案、販売につなげていく。
JBCC
自社技術を活用しスムーズな環境整備
JBCCは今年4月の緊急事態宣言の直後、リモートワークの意思疎通に使うビデオ会議、チャット機能などを備えたTeamsを導入した。社内のオンプレミス型の業務アプリケーションに接続するVPNの接続口も、当初は300口だったが、2000人が同時接続できるまで拡大。今後はゼロトラスト・ネットワークの基盤整備や業務システムの刷新を進める。
具体的にはソフトウェアライセンスの仕入れをEDI(電子データ交換)で自動化したり、電子印鑑によるオンライン承認フローの徹底、20年来使っている基幹系業務システムの刷新を視野に入れる。SIerは業務アプリを自分たちでカスタマイズする能力に長けているため、「手直ししながら何十年も使っている古いアプリが意外と多く残っている」(武田雅大・DX推進事業部長)という。
武田雅大 執行役員DX推進事業部長
JBCCグループでは、API連携プラットフォームの「Qanat Universe」を開発しており、この技術を応用することで、まずはオンプレミス型のアプリとクラウドネイティブのサービスを連携させ、徐々にクラウドネイティブなアプリを増やしていく。これにより、スムーズにIT基盤の移行を図る方針だ。
テクノスジャパン
「生産性向上した」が過半数に
テクノスジャパンでは、リモートワークで社員の生産性がどう変化したかを注意深く調べている。社員の9割が在宅勤務を経験した直後の今年6月に社内のアンケート調査を実施した際は、生産性や成果が「大きく向上した」「やや向上した」と回答した割合は55.2%、「分からない」が28.2%、「やや悪化した」が16.2%、「大きく悪化した」は0.4%という結果だった(図参照)。
リモートワークの生産性を阻害する要因は、やはり紙やファックスの書類が残っていること。田中琢馬・執行役員管理本部長は「注文書を例に挙げても、先にメールにPDFを添付して送った後、清書した正式な注文書を郵送するという業務が残っている」と説明する。同社では企業間のサプライチェーンの自動化や注文決済サービスを行うコネクティッドビジネスプラットフォーム(CBP)を開発しており、自社のサプライチェーンにもCBPをより積極的に取り入れることで、業務改革、生産性の向上につなげていく。
田中琢馬 執行役員 管理本部長
都築電気
新卒研修で多くの気づきを得る
都築電気は、今年度に採用した新卒社員の研修を完全オンラインで実施した。例年は6カ月間の新人研修のうち前半3カ月はチームワーク醸成を重視した集合研修を実施。後半3カ月はOJTをメインにしてきた。コロナ禍でいずれもオンラインで実施することになったが、西村雄二・取締役執行役員は「多くの気づきがあった」という。
左から西村雄二取締役、渡辺剛史人材開発部部長
新人のオンライン研修でカギを握るのが社員同士のコミュニケーションで、4月の研修開始時点では「チームワークの醸成ができるのか不安だった」と渡辺剛史・人材開発部部長は明かす。ところが、蓋を開けてみるとオンラインで新卒社員たちが自由闊達に意見を交換し、「チームとして仕事に取り組むスキルを身につけられた」(同)と話す。
むしろ、オンラインでのコミュニケーションに不安を覚えるのは、これまでリアルの職場で机を並べて仕事をしてきたベテラン社員のほうだという。西村取締役は、「新卒社員は生まれる前からオンライン環境がある世代。入社以前から相当の適応力を持っていた」と見る。コロナが終わった後も全社でリモートワークを定着させていく上で、ベテラン社員を含めてオンラインで円滑なコミュニケーションのスキルを身につけることがチームワークを大きく左右すると言えそうだ。