SIerの上期決算を俯瞰すると、コロナ禍のマイナス要因とデジタル変革需要のプラス要因がせめぎ合っている様子がうかがえる。旅行関連や飲食など大きな打撃を受けた業種がある一方、行動様式の変容に対応するために、デジタル変革の投資を加速させる企業も少なくない。こうした企業の新しいIT需要に手応えを感じるSIer経営者からは、「第2四半期(7-9月)から受注環境が好転し始めている」との声が聞こえてくる。ただし、明るい兆候が垣間見られるものの、景況感が完全に持ち直したとは言い切れない。薄氷をふむ思いで経営を舵取りする状況が続く。
(取材・文/安藤章司)
玉虫色の景況感、ニーズ探しに奔走
コロナ禍の直撃を受けた上半期(2020年4-9月)は、SIerの多くが業績を落とした。予定していたプロジェクトが先送りになったり、旅行関連や飲食、旅客輸送など打撃が大きい業種によってはプロジェクトそのものの凍結といった影響が出ている。
だが、第2四半期(7-9月)以降は、コロナ禍をきっかけとした消費者の行動変容に対応するため、デジタル投資の拡大を進めるユーザー企業が出てきているのも事実で「明るい兆しが見え始めた」とする経営者も少なくない。
情報サービス産業協会(JISA)の向こう3カ月の売上高DI(売上高判断指数)値を見ると、今年3月を底に改善しているのが分かる(図参照)。プラス要素とマイナス要素が混在する玉虫色の景況感の中、SIerは経営リソースをダイナミックに移動させながらユーザー企業のニーズ獲得に奔走している。
NTTデータ
不況に強い公共分野に支えられる
上期はほぼ前年同期並み
会社設立以来31期連続で増収を記録してきたSIer最大手のNTTデータは、今年度(2021年3月期)は減収減益の見通しを示す。上期の連結売上高は前年同期比0.2%増の1兆801億円、営業利益で同0.1%増の638億円とほぼ前年同期並みの業績を確保できたものの、欧米で依然として深刻な感染拡大が続いていることから、通期の見通しは保守的に見積もった。本間洋社長は、「上期を振り返ると、全体的に期初に予想していたよりもコロナ禍の影響は少なかった」とし、下期の事業環境は上期と同じような状況が続くと仮定すれば、「通期業績予想の達成、または上振れはあり得る」と話す。
NTTデータ 本間 洋 社長
上期の主な事業セグメント別にみると、国内の公共・社会基盤セグメントが増収増益と好調だったが、その他の金融、法人・ソリューション、北米、EMEA(欧州・中東・アフリカ地域)・中南米などが伸び悩んだ。営業利益ベースで見ると公共・社会基盤を除いた全ての事業セグメントが減益だった(図参照)。「不況の影響を受けにくい」とされている公共分野が他の事業セグメントの不調を補う構図になった。
北米の構造改革、新規M&Aも実施
NTTデータの海外売上高は欧米を中心に全体のおよそ4割を占めており、コロナ禍が国内よりも深刻とされる欧米の市場動向が業績に大きなインパクトを与える。ITベンダー同士の競争が熾烈を極める北米市場は、同社の海外事業の“アキレス腱”で、市場の変化の影響を受けやすい。NTTデータでは北米の構造改革を優先的に行うことを決め、今期160億円の予算を組んで人的リソースの見直しやオフィス、データセンターの統廃合を推進する。
こうした手立てもあって、当初は前年同期比8%減を覚悟していたという北米での上期売上高は、結果的にはほぼ前年同期並み。第2四半期には100億円規模の大型受注もあるなど「当初想定に比べれば状況は改善している」(本間社長)と見る。
構造改革費用に関しては、今年度中に50億円相当の改革効果を得られる見込みで、差し引き110億円の支出となる見通しだ。また、今年8月には、ワークフロー管理「ServiceNow」の専業コンサルティング企業で従業員数約250人の米アコリオ(Acorio)をグループへ迎え入れることを発表。デジタル変革分野の知見に長けた企業や人材の拡充に力を入れている。
欧州はドイツの自動車産業に影
欧州に目を向けると、ドイツの自動車産業の停滞が見られるものの、イタリアでは昨年度来の事業構造改革の効果が出始め、特にデジタル変革分野の商談が活発化しているという。ただ、冬季の感染拡大が続けば、都市封鎖や移動の制限の範囲が広がりかねず「余談は許さない状況にある」(同)ことに変わりはない。
国内については、コロナ禍で打撃を受けた業種を中心にIT投資の縮小、延期、凍結がマイナス要因になる一方、国の行政サービスのデジタル化の推進、ならびに行政機関の業務変革を主眼とする「デジタル庁」の構想が具体化が、来年度以降のプラス要因になると見る。NTTデータでは、行政と民間企業のデジタル連携に弾みがつくことを見越して、この下期に「ソーシャルデザイン推進室」を設立。公共、法人、金融の垣根をこえた社会全体のデジタル連携ビジネスの企画・推進を行っていく考えだ。
ドコモの完全子会社化
NTTデータはどう向き合うか マルチキャリア需要は根強く存在
NTTグループの相互連携が急ピッチで進む中、NTTデータは難しい舵取りを迫られている。NTTはNTTドコモを完全子会社化。加えてNTTコミュニケーションズ(NTTコム)やNTTコムウェアをNTTドコモに移管するといった、事業会社同士の連携強化を検討している。こうした中、NTTデータは株式上場を維持。海外事業も独自に展開しており、グループ連携強化とどう向き合っていくのかの課題を突きつけられている。
SIerであるNTTデータは、顧客起点で最適な通信回線やデータセンター設備を選択して、システムを構築してきた。ライバルのSIerも同様で、顧客にとって最適な商材やサービスを複数のベンダーや通信キャリアの中から目利きをするマルチベンダー、マルチキャリアの提案を行っている。今回のNTTグループの連携強化の枠組みにNTTデータの名前があまり挙がってこないのも、安易に一体化を進めることでNTTデータの競争力に悪影響が出かねないとの判断があるものと見られる。
一方、スマートシティやグローバル企業の巨大なサプライチェーンの構築、第5世代移動通信(5G)のさらに先の6G、NTTの全光回線化の「IOWN構想」などを見据えたとき、NTTグループとの連携強化はNTTデータのビジネスにとってもプラスになる。
また、海外に目を向けると、「オールNTT」で戦略をすり合わせた方が規模のメリットを生かしやすい。すでに、NTTコムの海外事業と旧ディメンションデータなどの事業を統合してNTTリミテッドとして一本化。米国ラスベガス市のスマートシティ案件では、NTTデータ、NTTコムウェア、NTTコム、NTTリミテッドなどNTTグループの総力を挙げて遂行している。今年3月にはNTTとトヨタ自動車がスマートシティの領域で業務資本提携を行っており、「超」がつくような大規模案件への対応力を高めるのにも役立つ。
こうした背景を踏まえてNTTデータの本間社長は、「NTTグループの経営戦略の一貫性を保つ観点からも積極的にグループ連携を行っていく」と話している。個別の顧客向けにマルチベンダー、マルチキャリアの選択肢は残しつつも、スマートシティや次世代ネットワークなど、NTTグループとしての戦略の一貫性が強く求められる領域でのグループ連携の強化を進めていくものと推測される。
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