Special Feature
激動!! 国内PC市場 GIGAスクールの影響は“文教限定”にあらず
2021/04/01 09:00
週刊BCN 2021年03月29日vol.1868掲載
グーグルの躍進で市場全体に「激震」
GIGAスクール構想でOSシェア約44%を占めたグーグル
PC市場にとって、GIGAスクール構想によって生まれた「激震」ともいえる変化がある。それは、グーグルのChrome OSが、圧倒的なシェアを獲得したことだ。
MM総研が21年2月に発表した全国1478自治体から回答を得た調査では、GIGAスクール構想で調達する748万7402台の端末のうち、OS別ではChrome OSが43.8%と圧倒的なシェアで首位となり、2位がiPadOSの28.2%、僅差ではあるが最下位がWindowsの28.1%となった(四捨五入の関係で構成比の割合は100%にならない)。

これを限定市場での出来事として見過ごすのは誤りだ。約750万台というのは、過去最大となった20年の国内全出荷台数である1591万台のおよそ半分の規模に匹敵する。その規模の市場で、これまで国内市場ではまったく存在感がなかったChrome OSが一気にシェアを拡大した。教育分野向けPC市場の規模が累計で200万台強、児童生徒5.4人に1台という水準(19年3月時点)だった時代は約8割と圧倒的シェアを獲得していたWindowsが、長年培ってきた地盤を生かすことができずに、わずか1年で圧倒的なポジションを覆されて最下位に沈んだ。GIGAスクール構想という普及フェーズでは完全に後手に回ってしまったといえる。ゆえに「激震」なのだ。
MM総研によると、Chrome OSを搭載したChromebook は、人口密度の高い都市部での採用が多い傾向があり、これに対してWindows は地方部での採用が多く、既に広く普及しているOSを活用したいという意向が強かったようだ。
では、多くの自治体でChrome OSが採用された理由は何なのか。MM総研が昨年11月に発表した調査結果(小中学生の児童生徒数が1万人以上の全国自治体が対象、126自治体から回答を得た)によると、用意された21の評価項目のうち、約7割にあたる14項目でChrome OSが最も高い評価を獲得したという。具体的には、「セキュリティアップデート」「運用コストへの配慮」「データ漏えいリスクを考慮に入れているか」「端末初期設定」「アカウント管理」などのセキュリティ、運用管理に関わる項目で高い評価を得ている。「Chrome OS はクラウドを活用した運用管理の負担軽減への貢献などが自治体から高い評価を得た」と、MM総研では分析している。
教育現場からは、「Chromebookは、クラウド・バイ・デフォルトの管理ツールを採用しており、先生たちの働き方と、児童生徒のセキュリティ、ユーザビテリィの両方を担保でき、教材アプリは、プラットフォームアプリのものが利用できる」といった声や、「シンプルさが特徴であり、情報端末の維持や管理に関する教員の負担を少なくし、教育そのものに専念できる環境を実現している」、「G Suite for Education(21年2月からGoogle Workspace for Education Fundamentalsに名称変更)によって、教員が教育アプリを簡単に利用し、それにより、授業づくりに集中できるといった効果が生まれている」といった声があがる。
これに対してWindowsは、「既存データ資産との連携」、大型モニターやプリンタなどとの「物理的な接続環境への対応」などの4項目で最高の評価を獲得。その一方で、教育現場からは「Windowsは急に更新が始まってしまい、授業中に使えなくなったり、Windowsは起動が遅く、あらかじめ電源を入れておかないと授業がすぐに始められないといった不安がある」といった声も聞かれ、それがマイナス要素になったようだ。
対抗するグーグルでは、「Chromebookは、セキュリティ、スピード、シンプル、スマート、シェアビリティ(共有)の五つの『S』を備えている」という点を積極的に訴求。Windowsに対する不安をカバーできるデバイスであることを強調したことも功を奏したといえそうだ。
一方、iPadOSは、「教育アプリケーションとの連携」「授業中の利用における利便性」「ユーザービリティとアクセシビリティ」の3 項目で最も高い評価を得ており、小学校低学年や特別支援学級、特別支援学校など、キーボードレスでの活用を想定するケースで採用が多い傾向にあるという。
価格戦略でも
優位に立ったChromebook
GIGAスクール構想では、国内の教育分野に強いNECのほか、国内最大シェアを持つレノボ、世界の教育向けPC市場で多くの実績を持つデルなどが、全国の教育委員会に対して、Chromebookを積極的に提案したことが見逃せない。大規模な自治体では、10万台以上のChromebookが一気に導入された例もあったほどだ。
もちろん、Windows陣営も製品ラインアップはそろっていた。むしろGIGAスクール構想向け製品の数ではWindows PCの方が多かったともいえる。実際に、GIGAスクール構想の予算が20年1月30日に成立した直後では、GIGAスクール構想対応のChromebookは6社14機種であったのに対して、GIGAスクール構想対応のWindows PCは8社17機種。ラインアップの上では、Windows陣営が優勢だった。
だが、ラインアップの広さは武器にはならなかった。ここで差別化のポイントとなったのは価格戦略だ。
1台あたり4万5000円以下という価格設定に対して、Chromebookは競争力を発揮。中には3万円を切る価格で納品するといった例も見られたほどだ。同じChromebookを提案するメーカー同士が熾烈な価格競争を繰り広げるという場面も見られたが、これも結果としては、Chromebookの導入を促進することにつながったといえる。
さらに、グーグルとマイクロソフトはGIGA スクール構想向けパッケージとしてそれぞれクラウドサービスを無償で提供しているが、ここでもグーグルが一歩抜きんでた。
MM総研の調査によると、GIGAスクール構想によって学校が導入・利用しているクラウドサービスは、グーグルの「G Suite for Education」(現Google Workspace for Education Fundamentals)が54.4%と過半数を突破。「Microsoft 365」が38.4%となり、「どちらも利用しない」は14.8%となった。これは、Windows PC環境であっても、G Suite for Educationを選択している学校が多いことの裏付けでもある。デバイス以上に、グーグルの存在感が高いことが分かる。
Google for Educationアジア太平洋地域マーケティング統括本部長のスチュアート・ミラー氏は「GIGAスクール構想でChromebookが受け入れられた理由は、安全で、安心であること、管理がしやすいこと、コストが安いこと、多くのツールが最初から提供されている点である。700以上の教育委員会にChromebookが導入されており、G Suite for Educationは、クラウド型学習プラットフォームとして、共同作業、協調学習、遠隔授業、校務支援が可能である点が高く評価された」と手応えを語っている。
モバイルノートの平均単価は3分の1に
GIGAスクール構想では、Windows PC、Chromebook、iPadの中から、それぞれに定められた仕様のデバイスを導入すれば、1台あたり4万5000円の補助が行われる。そのため、PCメーカー各社もGIGAスクール構想に準拠したPCをラインアップし、4万5000円以下で調達できるようにしている。この価格設定が、PC市場に大きな影響を及ぼしている。それが平均単価の大幅な下落だ。JEITAによると、21年1月の平均単価は、市場全体で5万9610円、ノートPCで5万5286円、モバイルノートでは3万9452円となっている。
GIGAスクール構想によるPC導入が始まっていない20年1月の平均単価は、市場全体で10万3939円、ノートPCで10万6079円、モバイルノートは11万5000円となっていた。もともとノートPC市場は、15型液晶ディプレイを搭載したノートPCが普及モデルとされ、購入しやすい価格設定となっており、軽量化や小型化などの付加価値を持ったモバイルノートの方が、市場全体やノートPC全体よりも高い傾向にあった。だが、GIGAスクール向けモデルがモバイルノートに加わったことで逆転し、モバイルノートの平均単価はわずか1年で3分の1にまで下がった。GIGAスクール構想によるPC導入が、市場全体の平均単価を驚くほどの勢いで下落させている。
市場の変化こそがビジネスチャンスを生む
買い替えサイクルの新たな波が生まれた
GIGAスクール構想は、今後の国内PC市場にどのような影響を与えるのだろうか。まず見逃せないのが、PC市場において、新たな買い替えサイクルの波が生まれたという点だ。
これまでにもPC市場は、14年のWindows XPのサポート終了、20年のWindows 7のサポート終了という特需のサイクルがあり、偶然にもそこにはそれぞれ消費増税前の駆け込み需要が加わり、特需の波の高さを増してきた。特需はPC業界にとってはプラスだが、その波が高すぎると供給体制が追いつかなかったり、付加価値提案よりも供給優先の状況が生まれ、結果として価格競争に陥ったり、低価格モデルが優先して販売され、利益確保の面で課題が生まれやすかった。
今回のGIGAスクール構想でも、1台あたり4万5000円という補助金が確保されているにもかかわらず、より低価格なモデルに需要が集中したり、ネットワーク整備のための技術者が確保できずに整備が遅れたり、運用面での予算確保が行われないために現場が苦労するといった課題が生まれている。
Windows 10への移行によってバージョンアップという考え方がなくなり、サポート終了に伴う特需はWindows 7が最後と見られていたが、GIGAスクール構想が前倒しとなり、750万台以上の新規需要を生んだことで、この買い替え需要を生むベースができたことになる。ポイントとなるのは、GIGAスクール構想で整備されたPCが全てノートPCであるという点だ。教室で使用するノートPCはバッテリ駆動が前提となる。バッテリ寿命を考えると、4~5年後には確実に買い替えサイクルが訪れる。今後もこの需要サイクルにPC業界は対応していく必要がある。
有償サポートの導入を
いかに促すかがカギ
価格下落の影響も大きい。先にも触れたように、GIGAスクール構想では、4万5000円以下のPCが導入されている。言い換えれば、授業を行うPCとしては4万5000円のPCで済むという新たな常識を生む可能性がある。今後、子供用のPCとして、同じ端末を購入したいといったニーズや、小学校入学前からPCに慣れさせたいという要望も増えるだろう。そこには4万5000円の価格帯のPCの需要が生まれる。家庭内での1人1台PCの実現に向けて、平均単価の下落は避けては通れないだろう。
そして、こうした需要が拡大すれば、GIGAスクールで市場シェアを拡大したChromebookに対する注目度は高まることになる。グーグルにとっては、国内PC市場における突破口を作ったともいえる。
一方、今後の教育市場での成長という観点では、有償サポートの導入をいかに促していくかがカギになりそうだ。NECでは、「GIGAスクールの導入後、端末が配られただけで、使うところまでは事業者がサポートするが、ID管理やアカウント管理が重くのしかかっている。NECが提供する有償サポートでは、ID管理を代行し、進級処理などはNEC側で専門スタッフが対応している。GIGAスクールの利活用、運用を考えたときに課題に早く気が付いた自治体は、有償サービスの予算を確保している。今後、年間を通じた運用の際に、学校や教育委員会、自治体では管理しきれないという状況に陥る可能性がある。新たなビジネスチャンスがある」と期待する。
また、21年度は、高校向けの端末整備が進むことになるが、予算規模が小さいことから、各家庭で端末費用を負担して1人1台環境の整備を早期に行うことを考えている自治体もある。そこでは、入札方式による導入だけでなく、各家庭が身近な環境から適切な端末を検討し、選択する状況が生まれるという。
さらに、GIGAスクール構想では、普通教室のネットワーク環境整備にも予算措置が行われている。ここでは20年度中に、全ての小学校、中学校、高校、特別支援学校に、1Gbpsの高速大容量通信ネットワークを完備することが盛り込まれ、普通教室から無線アクセスできる環境の整備が進められている。校内無線LANの整備が一気に進んでいるが、在宅学習環境を整備するために、LTEや5Gなどの活用もこれからは課題の一つになる可能性もある。すでに熊本市や調布市などの一部の自治体では、LTEでの整備を進めている実績もある。
このように、GIGAスクール構想で生まれた環境では、新たなビジネスチャンスを生む可能性も大きい。教育市場は、PC業界にとって、残された大規模市場の一つであったが、それがこの1年で一気に顕在化した。これまでは儲からない市場の代名詞でもあったが、継続的な需要を生む市場において、いかにビジネスチャンスを生むことができるか 、業界全体で考えていく必要がありそうだ。

2020年(1月~12月)の国内PC市場は想定外の成長を遂げた。それを支えたのが、小中学校において児童生徒1人あたり1台ずつPCを整備する「GIGAスクール構想」である。最低でも750万台以上の新たなPC需要が創出され、その効果は21年3月まで継続。さらに4月以降も、高校を対象にPCの導入が促進されることになる。GIGAスクール構想は、国内PC市場にプラスの効果を及ぼしただけでなく、今後の市場勢力図やPCビジネスの変化にまで影響を与える「大波」となった。GIGAスクール構想をきっかけとした国内PC市場の変化を見ていこう。
(取材・文/大河原克行 編集/前田幸慧)
PCメーカーの勢力図に 明確な変化
過去最高を記録した2020年のPC出荷
調査会社の発表をみると、2020年の国内PC市場は、想定外の好調ぶりとなったことがうかがえる。IDC Japanは、今年2月に発表した調査で、20年の国内PCの出荷台数は前年比0.1%減の1734万台で微減の実績となったものの、「20年は19年に続いて記録的な出荷数を達成した」と総括した。同社ではこの1年の状況について、「19年はWindows 7の延長サポート終了前の買い替え需要が発生し、国内PC市場は過去最大規模を記録。20年はその反動減が見込まれていた」としながら、「新型コロナウイルス感染症の感染拡大がきっかけとなり、在宅での仕事や学習にPCを使用するケースが急拡大したことに加えて、GIGAスクール構想の始動により、コンバーチブルノートブックPCやデタッチャブルタブレットの特需が発生した」と説明している。
一方、MM総研は、今年3月に発表した調査で、20年の国内PCの出荷台数は前年比1.3%増の1591万台となり、同社が調査を開始した1995年以来、過去最高だった19年を上回り、出荷台数記録を更新したと明らかにした。同社では、「20年の国内PC市場は、新型コロナ対策のための家庭からの支出と、教育市場向けの政府支出であるGIGAスクール構想に支えられた」と分析。Windows 7のサポート終了に伴う特需を超える需要がGIGAスクールによって発生したと指摘した。
業界内では当初、20年の需要は前年比3割減にとどまるとの予測が出るなど、Windows 7特需の反動が大きく影響するとの見方が支配的だった。実際、電子情報技術産業協会(JEITA)の調査によると、20年1月14日にWindows 7のサポートが終了した直後の20年2月は、前年同月比20.4%減と大幅に減少。3月も22.6%減となり、月を追うごとに減少幅が拡大するとみられていた。
だが、新型コロナの影響により、4月以降はテレワーク需要が顕在化。それに加えて、GIGAスクール構想によるPC導入が徐々に加速した。JEITAの調査では、20年度第1四半期は前年同期比7.4%減だったものが、第2四半期は2.4%増とプラスに転じ、GIGAスクール構想による導入が本格化した第3四半期は43.2%増と大幅な伸びを示した。そして、21年1月は前年同月比109.8%増と、Windows 7特需の駆け込みがあった前年実績の2倍という出荷台数を記録している。
MM総研の調査では、法人向けPCの出荷実績の中からGIGAスクール構想による需要を除くと、29.0%減の実績になっている。テレワーク需要の多くが個人向けPCで賄われていたことを考えると、この減少水準が20年の本来の実力値とみることもできる。テレワークとGIGAスクール構想が、国内PC需要全体を3割ほど押し上げたというわけだ。
GIGAスクール構想は、19年12月5日に閣議決定した「安心と成長の未来を拓く総合経済対策」において、23年度までに小中学校の児童生徒1人1台の端末を整備することが盛り込まれ、同年12月13日に閣議決定した令和元年度補正予算案で予算を計上し、20年1月30日に成立した。だが、新型コロナの感染拡大の影響によって緊急時におけるオンライン学習環境の整備の遅れが表面化したこともあり、整備を前倒しで進めることを決定。当初、20年度の整備対象は小学校5・6年生と中学校1年生だけだったが、小学校と中学校全学年を対象にする計画へと変更した。児童生徒の学びを止めないための施策に位置づけられた形だ。21年度以降は、高校などでも“1人1台”の環境整備が本格化することになる。
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